第3話 襲撃と撃退

 クローガ村の村長に、リザードマンを殲滅するのではなく、迎撃するのなら、この村の用心棒にならなければいけない、と言われ、カルドは思わず眉間にしわを寄せた。

 言っている意味はわかる。リザードマンを殲滅しなければ、この村に訪れる脅威は去らない。そのため迎撃するのなら用心棒としてこの村に滞在し、リザードマンが襲撃してくるために迎撃せよ、ということだ。

 意味はわかるが、この取引は平等ではない。なにしろカルドがこの村を出て行く手段はないに等しいのだ。人間の足で日の光の降り注ぐ不毛の大地を越えて次の地下空間に行くのはほぼ不可能だ。そのため、この取引を断った場合のカルドの立ち位置はかなり危ういものになる。

 カルドが用心棒としてこの村に留まることを迷う理由は黒騎士だ。カルドには両親と育ての親を黒騎士によって殺害されたという過去がある。仇を取るために黒騎士を追いたいのだが、黒騎士討伐を職業にはできない。そのため、行商人や、乗合馬車など、地上を移動する業者の用心棒として働いてきた。それならばひとつところに留まっているよりは遭遇できると考えたからだ。働いているうちに、黒騎士の目撃情報を得ることもできる。

 そして、ついに先日黒騎士に遭遇することができた。結果は決していいものではなかったが、無事に生還することはできた。そして、先の戦いで幾つか収穫もあった。その収穫を生かした戦略も試してみたい。もう既に黒騎士の行方はわからないが、すぐに追いかけてどうにかなるものではない。旅をしながら腕を磨こうと思っていたのだ。旅を続ける中で黒騎士に遭遇することを狙ってだ。この村に留まっていては黒騎士に遭遇することはほぼないだろう。

「・・・・・・もしもここでリザードマンを殲滅することも、用心棒としてこの村に滞在することも断ったらどうなるんだ」

 カルドの質問に、村長は何も言わなかった。ただその顔の笑みを濃くしただけだ。察しろ、ということだろうか。

「この話を受けるかどうか、少し待ってくれ。明日には結論を出す」

「わかりました。今日1日ゆっくり考えてください。選択肢はあまり多いとは思えませんが」

 最後の一言に、内心でその通りだ、と思いつつも、口に出すことはなく、村長の部屋を後にした。


******


 クローガ村に滞在する間、カルドには今朝目覚めた部屋がそのまま割り当てられた。カルドとしては、前の雇用主に切り捨てられたことと直結しているこの部屋で過ごすのは気乗りしないが、他に部屋は余っていないのだろう。日の光を遮れるだけでもありがたいと思うことにした。 

 村長の話を終えて、部屋に戻ったカルドは、先日の黒騎士との戦いで得たものを整理していた。その右手には銃弾があり、カルドの右手はその銃弾を握ったり指の間で転がしたりしている。

 黒騎士のことでわかったのは、歩いて移動すること。攻撃を受けた方向に進行方向を切り替えることの二つだ。これらのことは、戦闘開始前から情報としては知っていたので、直接自分の目で確認したこと、と言い換えた方がいいのかもしれない。そのため、新しい発見はない。あえて挙げるとすれば、黒騎士は目の前にいるものにはあまり執着せず、攻撃してきたものに向かっていく、ということだ。ただ、それはたびたび行われた黒騎士の大討伐計画でもわかっていたはずだ。と、なれば、黒騎士を討伐するためには大量の遠距離武装で多方面から攻撃を加えればいいことになる。攻撃が通用しないほどの装甲ではあったが、それがわかっていれば、黒騎士のことを知っている人はもっと多くいてもいいはずだ。

「とにかく、攻撃を与えて、危なくなれば別方向から攻撃すればいいわけだからな・・・・・・」

 しかし、実際にはそうではない。黒騎士に相対して生き残っている人はかなり少ないのだ。

「なにか、なにかあるんだ。もっと恐ろしい攻撃か何かが・・・・・・」

 今のカルドはそれを知ることはできない。次に黒騎士を見つけるまでにそれが何かを調べなければ、今回のように生き残ることはできないかもしれない。

「襲撃!!襲撃ー!!」

 考え事をしているカルドの耳に、部屋の外を慌ただしく走っていく音があった。カルドは立ち上がると、部屋の扉を開け、通路に出る。すると、通路には手にそれぞれの得物を持った男たちが慌ただしく出て来ていた。

 カルドはそのうちの一人の肩を掴む。

「おい、どうなっている。何が来た?」

 男は見慣れないカルドに一瞬眉をひそめた。しかし、詳しく事情を説明する時間的余裕も心理的余裕もないかったのだろう。事情を話すと、カルドを振り払って他の男たちと合流していく。

「リザードマン・・・・・・だと?」

 男の話では、リザードマンが村に迫っている、というのだ。それは村長の依頼内容と一致する。カルドは、この依頼を受けるかどうかを判断するためにも、襲撃してきているリザードマンの規模を把握するために歩き始めた。


******


「これは・・・・・・」

 村の出入り口から出たカルドは、地上を進んでくるリザードマンの数に驚いた。およそ20。あまりにも少なすぎる。もう一つ驚いたのは、その体にまとっている鎧だ。体の要所要所を覆っているきらめきは、全体的に銀色だが、不規則に金色の線が波打つようにして入っている。もしもあの金色のラインが意匠でないのなら、リザードマンがまとっている鎧の素材は、希少価値の高い金属が素材だからだ。ただ、その鎧をまとっているにしても、個人で相手をするには苦労する数ではあるが、ある程度の強者になれば打ち勝つことはできるだろう。

 クローガ村陣営も、戦闘職のものはほとんどいないが、それでもどうにか応戦できているほどだ。

(なぜこれほど少ない・・・・・・?)

 今見えているリザードマンはどうにかできているようなので、カルドは周囲を見渡す。クローガ村を始め、多くの人間の住むところは出入り口を複数設けている。出入り口が一つであれば、空気が淀むからだ。そのほか、出入り口が一つであれば、そこが潰れれば生き埋めになってしまうため、という理由もある。

 とにかく、出入り口はここだけではない。他の出入り口にリザードマンが来ていないかを確認するため、カルドは太陽の下を駆け出した。


******


 襲撃してきたリザードマンを迎撃すると、リザードマンの迎撃に湧く村人たちをよそに、カルドは割り当てられた部屋にこもった。酒を飲みながら考えをまとめられる方ではない。昨日、村に着いた時だって気がつけばベッドの上で、どのくらい呑んだかを覚えていないのだ。

 結果から言うと、はじめに現れたリザードマン20人は囮だった。応戦していた出入り口から最も遠いところに50弱のリザードマンが現れたのだ。

 カルドは一人でこれに応戦。どうにか撃退することに成功した。

 しかし。合計しても100に満たない数のリザードマンの襲撃。近くの洞窟にあるというリザードマンの集落はかなりの大規模なものらしい。リザードマンは、大きな集落になればなるほど少数のリザードマンを出撃させ、相手の戦力を図る、という戦略をとるからだ。

 今回、20ほどのリザードマンをあえて見せたのはその戦力で十分村の戦力を引きつけることができるとわかっていたからだろう。のちに現れた兵力で、この村から食料品などを盗むつもりだったのだ。この過程がもしも正しければ、このリザードマンの群れは大規模型だ。カルド一人で殲滅できるようなものではない。迎撃にこの村に残っても、いずれはカルドの戦力を図られ、カルドを引きつけた上で村への襲撃は続くだろう。

 今後どうするかを整理すると、カルドは立ち上がり、村長に話をするために立ち上がった。

「すみません!カルドさんはいますか!!」

 しかし、立ち上がったカルドは、部屋に響く声で足を止めた。

 誰かを聞くまでもないだろう。おそらくアリアンスだ。なんの用かはわからないが、村長のところに行こうとしていたカルドにとっては都合がいい。要件をさっさと終わらして、村長のところに案内させよう。そう決めると、部屋の扉を開けた。


「このたびは本当にありがとうございました。おかげで村の被害はほとんどありませんで」

 アリアンスのかしこまった言葉に、カルドが思わずたじろいでいると、アリアンスがそれまで下げていた頭を上げた。

「い、いや。地下に入られると面倒だからな。俺も地上にいる方が戦いやすかった」

 カルドの言葉に、アリアンスが首をかしげた。

「今回の件は、村の防衛を請け負ってくれる、ということでいいのでしょうか?それともリザードマンを殲滅してくださるんですか!?」

 言葉の後半にいくにつれて、徐々に始めに出会った頃の語調になっていく。あぁ、やはりこちらが素なのかな、とカルドは思う。

「それも含めて、今後の話を村長としようと思っていた。案内してくれ」

 カルドの言葉に頷いたアリアンスに先導され、カルドは太陽が一巡するのを待たずに村長の部屋を訪れることになった。

******


「リザードマンの住処としている洞窟を教えて欲しい」

 村長の部屋に通され、椅子を勧められたカルドは、椅子に座るなりそう切り出した。

 カルドの言葉に、村長は目を瞬かせると、その後、目は線となり目尻は下がった。

「えぇ、えぇ。構いませんよ。リザードマンの住処に乗り込むのですね?お一人で大丈夫ですか?」

「今回はな。先ほどの襲撃で、リザードマンの規模がかなり大きなことがわかった。一度下見に出たい」

「そういうことでしたらお任せします。出発されるのはいつですか?」

「奴らは人間以上に天体に影響されずに行動するからな。月が3つ出ている時にでる」

 村長は、カルドの言葉を聞くと、緩やかに首を上下に振った。

「そうですか。ではそれまで何もないところではありますが、ゆるりとされるとよろしい。・・・・・・ところで、その間に襲撃があった場合は」

「あぁ、迎撃は手伝うさ」

 それ以上村長と話すこともなく、カルドは村長の部屋を後にした。

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