黒騎士
皐月 朔
第1話 遭遇と依頼
「黒騎士だ・・・・・・」
荒野を走る馬車の中、誰かの呟きでカルドは浅い眠りから目を覚ました。荷台にもたれかかってうつらうつらとしていた意識がはっきりとする。馬車が走っている陽光大陸では、天頂にはいつも太陽がある。その陽光大陸では極めて稀な、幌のない馬車の荷台だ。日よけにかぶっている幅広帽から空を見上げれば、空には太陽が3つある。
太陽が3つあることを確認して、カルドは軽く舌打ちした。
太陽と月の数は、精霊がいかに活動的かを図る確実な指標となる。太陽の数が3つの時。精霊は最も数が少ない。そこから太陽が一つ減るたびにだんだんと数が増え、月も顔を出すと精霊たちはさらに数を増やし活発になる。太陽が1つに月が3つなら精霊は最も活発に活動する。聞きかじった話では、太陽の光が精霊を焼き、月の光が精霊を多くするのだという。
残念ながら今、精霊はあまりカルドに協力的ではない。しかし、精霊が協力的ではないからといって、依頼内容が変わるわけではないし、向こう、黒騎士もカルドが全力で戦える時に現れてくれるわけではない。あと1アリル経てば月が1つ昇る。さらに2アリル経てば太陽が1つ沈む。だがその3アリルは果てしなく遠い。それだけの時間があれば、黒騎士は間違いなくこの商隊をこの地上から、地底の王の元へと葬ることができるだろう。
カルドは立ち上がると、愛用の銃を手に取り、馬車から飛び降りた。荷台に乗っていた他の人間の半分が期待、残りの半分が疑惑の目で見つめてくる。それはカルドが黒騎士を見事打ち取ってくれるのではないか、という期待と、カルドが黒騎士と戦うことなくこのまま逃げてしまうのではないか、という疑いの目だ。
カルドは当然もらった金額分は働くし、できればあの黒騎士を討ち取りたいとも思う。しかし同時に、もう一人の自分がそんなことが本当にできるのかとも問いかけてくる。もう一人の自分は、次々と黒騎士の行ってきたことをあげてくる。曰く、砂漠の真ん中でそこにいた獣人100余名をなぎ払った。曰く、城下町の中、進む先にある建築物を破壊しながら先に進んだ。曰く、竜殺しとまで言われ、恐れられた騎士をただの一撃で再起不能にした。
聞くだけでも恐ろしい話だ。カルドもできればそんな相手とは戦いたくない。しかし、今回の依頼は馬車の護衛。次の補給拠点であるクローガ村まで馬車の安全を任されている。相手を選ぶ権利はカルドにはないのだ。
「さて・・・・・・。因縁の対決といこうぜ、黒騎士さんよぉ」
全てを見下ろす岩の上に立ち、カルドは誰にともなく言った。
カルドの戦闘方法はひどく簡単だ。相手から見えないところ、相手の攻撃の届かないところから狙撃する。弾丸は精霊の力を込められたもので、周囲に精霊がいればその威力を増しながら標的に向かって一直線に進んで行く。そのため、欲をいえば月が出ていて欲しかった。しかし残念なことに今、月は出ていない。それでも精霊がいないわけではないので、僅かだがその威力を増しながら進んで行く。
カルドは今回もそうした。
銃口から発射された弾丸は、螺旋を描きながら黒騎士に向かってまっすぐと進んで行く。今回の弾丸は火行の力を込めたもの。太陽が3つあるような日でも、他の精霊よりは数が多いため、威力が減りにくい。
銃弾の行く先には黒騎士の側頭部がある。もう少しで銃弾が当たる、というところで、黒騎士の手が下から上に振るわれた。その手に提げていた槍が唸りを上げ、銃弾を弾く。黒騎士に直撃はしなかった銃弾だが、銃弾に込められた精霊の力が振るわれる。
銃口から放たれ、火行の精霊を集めながら進んでいた弾丸は、弾かれたことで小さな火花を発した。その火花を見た精霊たちがテンションを上げる。精霊たちは自らも火花を起こす。精霊たちが起こした火花は互いに結びつき、大きな炎となる。炎を見た精霊たちはさらにテンションを上げ、その炎に負けじと互いに協力し炎を生み出す。結果、発生するのは炎の竜巻だ。あの中では精霊たちが互いに手を取り踊っているのだろう。
その結果を見たカルドは、その炎の渦を注意深く観察する。あの程度でやられるようなら、黒騎士はとっくの昔に誰かにやられているはずなのだ。
「だが、未だにいるってぇことは・・・・・・」
カルドが言葉を言い終わらなうちに、炎の渦から黒い影が飛び出してきた。攻撃を仕掛けるまでの移動速度からは想像もできなような速さだ。黒騎士は一直線にカルドの方に向かってくる。
「クソッ!!」
悪態を付くが、悪態をついても状況は変わらない。黒騎士は見えているものに例外なく襲いかかるとのことなので、ここにいる限りカルドは黒騎士の槍の餌食となるだけだ。戦闘状態になった黒騎士はとてつもなく早い。このまま逃げても、黒騎士の早さを考えると逃げ切れるとは到底思えない。
カルドは、銃を担ぎあげると馬車が進んでいった方向に向かって走り始めた。視界の端で、黒騎士が自分に標的を定め、進路をわずかに変えるのが見えた。
このままではカルドは自身の命だけではなく、依頼主の命まで危険にさらしてしまうことになる。
走り始めたカルドの耳に、微かだが金属同士のがぶつかり合う音が聞こえた。一度聞こえたそれは、一定の間隔を置いて響く。カルドが仕掛けた精霊弾だ。仕掛けたのはまたも火行の弾丸。精霊弾は、同じ属性の精霊が近づくと、そちらに引き寄せられる特性を持っている。
黒騎士は先ほど火行の精霊が起こした炎の中にいた。精霊弾が引き寄せられるには十分すぎるほどの精霊の気配を帯びているだろう。
走りながら再び後方を確認したカルドは、黒騎士が再び進路を変えているのを見た。それを確認すると馬車と合流するために走る速度をわずかに緩めて走った。
******
クローガ村に無事にたどり着いた馬車の乗客たちは、次々と酒場に乗り込んでいった。黒騎士を目の前にして、死を覚悟したものも多かったであろうが、無事に生き延びたのだ。勢いのついた感情は、アルコールの摂取による解放を望んでいるようだった。
地下にある店に入っていく彼らを眺めながら、カルドは村の外れへと歩いていく。
思うのは己の未熟さだ。まさか黒騎士を倒せるとは思っていないつもりだったが、渾身の一撃を与えてもひるませることすらできなかった事実は、カルドを打ちのめしていた。知らず知らずのうちに己の力に対する過信があったのだ、ということに気がつかされ、さらに落ち込む。
人気のない落ち着ける場所を求めて地上を歩くが、なかなか落ち着ける場所は見当たらない。そもそも、どの時間帯においても太陽が照らすこの大地で、地表に落ち着ける場所がないことなどないに等しい。家を地表に作っても、厳しい太陽光線に焼かれ、その寿命は長くないのだ。
カルドは空を見上げる。黒騎士と戦った後、太陽は一つ沈んだ。太陽はもう一つ沈もうとしており、あの太陽が沈めば月が出てくるまではそれほどの時間はいらない。
カルドは、地面に手を当てる。土行の精霊を呼び出し、土を隆起させることで日よけを作ろうと考えたのだ。
長時間火に焼かれる土は暖かい。もっとも日の多くなる時はとても触っていられないほどの暑さになるが、太陽が一つ沈み、二つ目も沈もうとしている今、土はだいぶ熱を失っている。
土に触れている手から外に向かって意思の力を流し込む。すると、その力に答えるように、土の中から赤茶色の土行の精霊が姿を現した。
カルドは構わず意思の力を流し続ける。すると次々と精霊が現れ、カルドの周囲を囲む。現れた精霊たちは、呼び起こしたカルドの意思に従って土を盛り上げ始めた。
あっという間にカルド一人を覆う土の祠が出来上がった。
カルドはそのできに満足すると、祠に入り、壁にもたれかかる。もたれかかると、それまでは意識していなかった疲労によって、体が一気に重くなったような気がした。思わず出たため息にカルドのほおが緩む。
壁にもたれ、疲れを取るためにぼんやりとしていると、外で足音が聞こえた。
カルドがこの祠を作ってからそれほどの時間は経っていない。あとをつけられたか、何かの目的を持って地表を歩いていたやつだろう。
そうあたりをつけると、カルドは立ち上がり、自ら外に出た。
そこにいたのは、カルドと同年代か、年下と思える女だった。
「・・・・・・なんのようだ」
日が沈み、幾分気温が下がったとはいえ、太陽の照らす地表を女が歩いていたことに多少の驚きを覚えながらそう口を開いた。
「あ、あの!カルドさんでしょうか!」
切迫した様子の女に、内心トラブルの予感を感じ閉口する。黒騎士と戦った直後と言える今、欲しいのは休養だ。
ともあれ、女の問いかけに、カルドは頷いた。
カルドの頷きを見たことで女は安心のためかため息をつく。
「よかった!あの、馬車の人に聞いたんですけど、黒騎士を追い払ったというのは本当でしょうか」
「ああ、本当だが・・・・・・。お前は誰だ」
「申し遅れました!私はアリアンスと言います。カルドさんの実力を見込んで、村の用心棒になっていただけないかを伺いに参りました!」
いちいち勢いのある言葉に、カルドは若干押され気味だ。
「それは・・・・・・。誰が雇うんだ?第一、今おれは雇われている。さっきお前が言った馬車の人にだ」
勢いに負けて、雇い主が誰になるかを思わず聞いてしまったカルドであったが、自分が今雇われていることを思い出してアリアンスと名乗った女にそういう。
「ああ、それでしたら問題ありません!馬車の人に聞けば、一度黒騎士を退けてくれたので、もう十分に役割は果たしてもらった。黒騎士も別の方向に向かっているらしいし、この村で雇うぶんには全然構わない。とのことですので」
開いた口がふさがらない、とはこのことだ。確かにカルドは黒騎士を退けた。黒騎士が進行方向を変えるのは攻撃を受けた時と、目の前に動くものを見つけた時だけなので、馬車が襲われることもないだろう。
だからと言って、カルドのいないところで契約を打ち切るなど何を考えているのだろうか。
ひとまず、話の真偽を確かめるために、アリアンスとは一度別れ、依頼主が入っていった酒場に向かって歩を進める。
酒場に入ったカルドが見たのは、乱痴気騒ぎ、という表現をそのまま形にしたような有様だった。
おとなしく座って飲んでいればいい方で、床で寝ているもので足の踏み場がないし、酒の入っていたであろう容器で殴り合いをしているもの、それを見てはやし立てる者、どちらが勝つかを賭ける者、テーブルの上に立ち歌うものなどなど・・・・・・。素面のカルドには付き合いきれない状態だった。
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