今、この時を生きている。
海岸線に沿って続く国道134号線を歩く。
9月にしては暖かく心地よい海風が僕らを舐める。
「ねえ、風馬はさ」
沈黙を破ったのは意外にも悠美からだった。
彼女は歩みを止めないまま、その先のことばを辞書を引くように慎重に選んでいる。
俺は相槌をうって、言葉の先を静かに待っていた。
「運、って、あるとおもう?運命って、あるとおもう?偶然、って何だろう?」
彼女は潤んだ瞳を隠そうともしなかった。
正直、彼女の意図が何なのか、この言葉に含まれる意図が何なのか、僕にはてんで検討もつかなかった。一つだけわかっているのは、彼女が投げたボールが、たった一つだけということだ。
「俺は、運も運命も偶然も、みんなに回ってくるものを【掴むか掴まないか】だと思ってる。それは、周りの環境から、自分の意志、今までの努力まで含めて、掴む準備ができている人にしか掴めないんだと思う。つまり、全部が”必然”ってことかな。」
僕は分からない。彼女が何を思っているのか、必然に縛られている彼女がどう今まで生きてきたのか、わからない。
僕の詭弁を彼女はどう受け取ったのか、俯いたままの彼女から返答はない。
2~3分ほど沈黙が続いただろうか。
彼女は下を向いたまま呟いた。
「あんた、本当に風馬?」
そういって彼女は歩みを止めた。
わけが分からない。昔から彼女は不思議な子供だったが、こんなに突飛なことは言い出さなかっただろう。
「それは、どういう意味だ」
なるだけ優しく、探るようにして問いかけた。
彼女は何かを理解したようなそぶりを見せ、
「あの夏のこと、覚えてる?」
と問いかけた。それもひどくおびえた様子で。
俺は二回目にもかかわらず、ひどく使い古されたように思える言葉で返す。
「もちろん。あたり前田のクラッカー、ってね。」
彼女はくすっと笑って、
「やっぱり風馬は風馬だったね」
少し元気を取り戻したように見える彼女は、小走りで僕の先を行く。彼女は道路の隣にある公園の、おそらく偉い人の銅像の台座に、ちょこんと座った。
俺はその隣に浅く腰掛け、
「ずいぶん歩いたな、こんなに距離あったっけか?」
そういって彼女の顔を見た。
彼女は、消え入りそうな声で、
「人はすぐに忘れるよ」
そういって立ち上がり、柵に寄りかかって海を薄眼で眺める
やはり彼女は変わらず美しかった。
彼女が勢いよくこちら側を向いて、満面の笑みで声を張る。
「ねえ、私たちが出会ったのって、運命だと思う?」
俺も立ち上がり、彼女の隣で言い聞かせるように、諭すように
「いいや、必然だね。」
彼女の眼には、俺が映っていた。
しばらく見つめあったあと、彼女は僕を抱きしめた。
それは、恋人にするような、そんな甘ったるいものでもなく、
ただ抱き枕を抱いているだけのような、そんな感覚。
普通であれば、彼女を引きはがすだろうが、彼女のためであれば、胸の一つや二つ貸してやろうという気になれた。そう思えるだけのものが、僕と彼女の間を結んでいた。
しばらくそうしていたあと、彼女は俺の胸のなかで、
「あの時もしも、なんてさ。思いたくはないから」
そういって顔をうずめた。
彼女の言う”もしも”が何かは相変わらず分からない。
しかし、そう言ってはにかんだ彼女は、誰の目から見ても間違いなく“今”を生きていた。
俺から口に出さなければならないと思った。
何らかの齟齬が二人の間で発生しているのは薄々僕も感じていた。
僕らをつなぎとめている何かが、指先で崩れ去っていくほど脆いものであることを理解した。
ならば、話さなければなるまい。言葉にしなきゃ分からないことも、あるだろう。
「悠美、あの夏の話をしよう。僕と君の、出会いの話を。」
悠美はすべてを分かっているようだった。
彼女は覚悟のまなざしで俺を見つめて言った。
「そうだね、あの夏の話をしよう。私と君の、”出会いと別れ”の話を。」
分かっていた。
彼女は悠美じゃない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます