君の悲哀
9月10日金曜日
23時43分品川行きの最終電車に乗り込む彼らを見送った後、俺と悠美は49分発鎌倉駅行きの江ノ電に乗り込んだ。同窓会で久しぶりに盛り上がり疲れていた同級生とは対照的に、久しぶりの再会の余韻に浸っていた二人の間にはなんとも心地よい空気が流れる。
流れるように移り行く車窓を懐かしむように眺める彼女の横顔は、窓の外に広がる絶景にさえ劣らないほど美しいものであった。
俺は悠美に尋ねた。思い出したように、努めて世間話の延長のように。
「悠美はいま彼氏いるのか?」
はっと俺のほうを向いた悠美は、一瞬眉をひそめてから、からからと小さく笑って
「こんな美人を男がほおっておくはずがないでしょ?」
そう言って小さなカバンから携帯を取り出し、何やらたぷたぷと操作をする。
そんな彼女を横目に、少し落ち込んでいる自分がいることに驚いた。俺はおどけたように少し笑いながら言う。
「悠美は昔から男運だけは悪いからな、気をつけろよ」
彼女はふふっと笑って「はいはーい」と軽く返事をすると、俺に携帯の画面を向けてきた。
「なんてね。今はフリーだよ、まずはお友達から~」
その画面に映っていたのはLINEのQRコードだった。そういえば悠美のLINEは持っていなかったな、と今更気づいた俺はそれをカメラで読み取る。
おいしそうなイタリア料理が並んだテーブルのアイコンの下に、「悠美」と書かれたアカウントを友達に追加する。
「これ悠美が作ったのか?」
「そうそう、うまくできてるでしょ」
「ああ、まさかあんなに料理が下手だったお前がこんなになるとは。頑張ったんだなぁ...偉いぞ,,,クッ,,,」
そういって目頭を押さえて涙をこらえる真似をしている俺に彼女は胸を張って堂々と
「へへん、労いの言葉は私じゃなくA〇Cクッキングスタジオによろしくね」
そういってどや顔で会員証を見せてくる。
「それは気の毒に、、、今度菓子折りでも持っていくか、、」
「あ゛?なんだって?」
どすの利いた声で眉間にしわを寄せる悠美に対抗してこちらもめいっぱいワルい目つきをしてやる。すると、一秒もたたないうちに悠美が噴き出した。
そういって顔を見合わせくすくすと笑いあう二人は、またあの時のふたりに戻れたような気がした。心から、その小さな幸せをかみしめているのは俺だけでなく彼女も同じようで、本当に楽しそうに笑ってくれていた。
そして、そんなくだらない話と軽い近況報告をしあっているうちに、電車は終点の江ノ島駅に到着した。
もうすっかり日常の一部になってしまった、深緑とクリーム色のちいさな電車を背に改札を抜けると、悠美は今までの笑顔が嘘のように、無表情のまま黙って境川沿いを南に向かって進み弁天橋のほうへ向かう。
俺はそんな悠美の隣を同じく黙ったまま、悠美と同じくゆっくりと、そしてまっすぐ前を向いて歩きだした。
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