その1

冬の嵐が過ぎ去り、千切れた黒い雲が次から次へと流れる夜空を見上げたお路は、水溜まりに足をとられて白い足袋が泥で汚れるのもかまわずに先を急いだ。

今夜をかぎりに、いとしい男の晒し首が取り捨てられてしまう・・・。

さんざん迷ったが、男の晒し首をこの目に焼き付けて、こころに秘めた復讐心をゆるぎないものにしようと、嵐が過ぎ去るころあいを見はからって、お路は小塚原へやって来た。

男の首は、竹夜来の奥の高さ八尺ほどの横に厚板を渡した獄門台に乗っていた。

大勢の●人が見張っていると聞いていたが、嵐を避けて●人小屋に籠っているのか、その者たちの姿は見当たらない。

・・・お路は小走りに竹矢来に入り、獄門台へ向かった。

ちょうどその時、風に吹き飛ばされた黒雲の間にギラと光る半丸の月が顔を出し、晒台の上の目を固く閉じた男の生首を闇に浮かび上がらせた。

「清さん!」

お路は倒れ伏すように膝ま突いた。

そのまま動かなくなったお路の背後に立った駒吉が、

「お嬢さん、そろそろ退散しないとたいへんなことに・・・」

と、歯の根も合わないほど震えながら、消え入りそうなか細い声をかけた。

お路が膝の泥を払って立ち上がったところへ、駒吉の言うたいへんなことが起こった。

・・・知らぬ間に十人ほどの●人たちがお路と駒吉を取り囲んでいた。

肝の据わったお路は、

「獄門首は三日二夜晒すということですが、今夜が三日目。・・・どうせ取り捨てるなら、この生首、譲ってはいただけまいか」

と、●人たちを見回しながら話しかけた。

「お嬢さん、それは・・・」

駒吉がお路の袖を引いて止めに入ったが、

「清さんは、無実の罪で獄門にされたのです。せめて首だけでも引き取って弔ってやりたい」

お路は、屈強な髭面の男たちを相手に一歩も引かない。

「お嬢さん、われわれにはどうすることもできませんぜ。とりあえず今夜のところは●人部落の墓場に埋めるきまりです。罪人のお身内であれば、あとは奉行所とご相談ください」

頭の男はそう言うと、生首を晒台の五寸釘から抜いて苞に入れて胸の前で抱え、●人たちを引き連れて矢来を出て行った。

・・・西の空で稲光が走り、さらに遠くで雷鳴がとどろいていた。

翌朝、●人頭の捨吉が泪橋の浮多郎のところへやって来た。

「お付きの優男が、お嬢と呼んでいましたが、それが歌麿の美人画から抜け出たような、すこぶるつきのいい女でさ」

と捨吉は昨夜の処刑人の晒し首を所望した女の話をした。

「無実の罪で獄門になった若い男ねえ・・・」

浮多郎にこころ当たりはなかった。

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