第7話

 わたしたちは学ぶことによって取り戻してゆく。

 ヒツジの飼い方。乳の絞り方。羊毛を刈り取る。それだけでも、カリンの手はおぼつかない。寒帯バイオームで畜産をやっている農家を呼んできて、教えてもらう。わたしもヒツジの脚を抑えて、はさみを握る。カリンを助けたいと思う。かれがしたいと思っていることを手伝いたい。

 農薬は使わない。作物の根や土壌に住む微生物については、カリンはこの首府でだれよりもいちばん知っている。殺菌せず、トウモロコシの苗に適した菌根菌――根に住み、植物のかわりに栄養を運ぶ菌を、培養所から譲り受けて接種する。土壌のphを測る。酸性がつよいので砕いた木炭を土に混ぜる。こうすれば菌が育ちやすい。顕微鏡の見方をカリンに習う。防虫効果のあるハーブをバイオームのなかから摘んできて、籠に集め、畑に鍬き込む。始めたばかりなのに、カリンは畑のなかにうずくまる。

 大丈夫?

 ……膝が痛い。

 腰痛には警戒していたけれど、膝は想定外だと言う。かれを畑の外に追い出し、わたしはカイでやっていたように、鍬を使う。


 プラムの花のむすめさん

 このじいやにもツィカをおくれ

 ツィカを飲んだためしには

 若いのの百倍働くよ


 わたしは吹き出す。カリンがオアイエの歌を歌い出す。

 レット、一緒に歌ってくれ。

 カリンに言われて、わたしはかれの歌う旋律に、カイのような不協和音で和声をかさねる。

 ……なんだか賛美歌のように荘厳になるな。たわむれ歌なのに。

 カリンはにこにこする。

 一緒に歌いながら、わたしは野良仕事をつづける。ツィカはオアイエでつくられる、プラムが原料のつよい蒸留酒だ。わたしはヒツジが食べるクローバーの種を蒔く。

 芋やキャベツ、キュウリ、なんでも種を蒔く。芽が出れば御の字だ。毎日畑に出て、どの芽がいくつ出たか記録する。カリンの意見を聞きながら、間引きしたり、雑草を抜いたりする。

 ヒツジを引き連れる方法を学ぶ。牧童の杖の操り方、声の出し方。結局飼い出したのは四頭だけだ。それでも、一頭逃げてしまって、慌てて追いかける。

 馬も飼いたい、牛も。

 カリンは目をきらきらさせて言う。

 でも、ふたりしかいないよ。

 ……そうだね。オアイエだったら、みんなと助け合って、牧夫に夏のあいだは預けるんだが。

 動物はヒツジだけにする。毎日やることがある。畑の世話、ヒツジに水を飲ませる。柵を直す。

 夜、ストーブにあたりながら、わたしは端末のスイッチを押す。昼間持った疑問を解決するため、ウェブで調べる。メーラーに届く、学校からの連絡をそっと開く。通信教育へのリンクを開く。なにも考えず、休む前までやっていたことの続きのテキストを受け取る。

 ……ヒツジの番をしているあいだに、数学をやるよ。

 うとうとしていたカリンがぱちりと目を開ける。にっこり笑う。

 勉強がしたくなったら、畑のことはわたしに任せるんだよ。

 わたしは首を横に振る。

 カリンの膝が痛くなるよ。通信教育だったら、ゆっくりできることからやれるから……。

 ……うん。そうしよう。それがいい。

 そうして、わたしは勉強を進めた。中等学校は卒業しようと思う。大学に行きたいと思う。三年が過ぎる。畑はおおきくなるが、手間がすくなくなるように工夫する。ヒツジは一頭病気になり、秋につぶす。カリンが研究所から獣医の友人を連れてきて、手慣れているかれと一緒に肉と内蔵を加工する。ストーブに薫製器を取り付けて、肉を入れる。

 わたしたちは、学ぶことによって取り戻してゆく。

 からだに満ちる、バイオームから得た力を感じる。カリンは杖をつき始めるけれど、声に張りが出る。建てた家畜小屋に残ったヒツジを入れて、冬を越す準備をする。

 中等学校の卒業試験のため、わたしは勉強に集中する。通学するのなら春に実施されるけれど、わたしは二月のうちに受けられるように申請する。予定通り合格する。その通知を受け取り、カリンとごちそうを食べる。翌朝、いつも通り、さきに起きたカリンがコーヒーを淹れている。

 おはよう。

 おはよう、レット。話があるんだ。

 かれはあたためた牛乳とコーヒーをカップにいれ、わたしにはブラックを渡す。わたしは乳糖が消化できなくて、牛乳が飲めない。

 ……なに?

 かれはカフェオレを一口飲んで、わたしを青い目で見つめる。

 ガンになった。すこし前から検査でわかっていたんだけど、レットの集中の妨げになると思って黙っていた。

 ……。

 わたしは口をぽかんと開けて、かれを見返す。

 歳が歳だから、医者もわたしに遠慮せずにはっきり言った。骨に転移していて、手術では取り除けないそうだ。あと半年程度だそうだ。

 ……なにが……。

 かれはほほえむ。

 レットと一緒に暮らせるのが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る