第8話
「ただいま~・・・って言っても誰も居ないけど。」
加奈はアパートの部屋のカギを開けて独り呟いた。
アパートと言っても、一物件につき二階構造のこの建物は、外壁も窯業系サイディングを用いたオシャレな外観で、各部屋の玄関には「SE-COM警備保障」のセキュリティが付いてある女性にも優しい物件だ。
加奈が玄関スペースの壁に掛かっているコルクボードに目をやる。そこにはピン留めされたメモ紙が張り付けてあった。
『今日はバイトが入りましたので、帰りは夜中になります。冷蔵庫の中のもので夕飯は食べていてください。 母より』
「ああ、母さん今日は遅いのか。温泉宿の仲居さんのバイトだったかな。おつかれさま。」
加奈は呟くと、コルクボードに吊り下げてあるサインペンでメモ書きを〇で囲んだ。
ユニフォームを洗濯機に放り込んで、二階の自室に入ると、濃紺ブレザーをハンガーに引っ掛けてベッドにひっくり返った。
「ふい~。今日も疲れた~。」
大きく息を吐いて、ベッドで伸びをする。床に置いた加奈のトートバックからLINEの着信音が聞こえた。
「ん? 凛音かな?」
加奈がよっこいしょと立ち上がってバックの中に手を伸ばす。
するとその中に同じ黄色のリラックマ巾着袋が2つ入っていた。
「あれ? なんで?」
加奈は両方を取り出してテーブルのガラス天板に並べた。
「あ、ぶつかったお姉さんのが紛れ込んでたんだ。ちょっと失礼しますよ。」
加奈は巾着の口を開ける。
一つ目の中には絆創膏、ワセリン入りのプラスチックケース、制汗パウダースプレー、虫刺されの薬、冷却スプレー、生理用品が入っていた。
「うん。これは私の。」
もう一つの中身をテーブルの上に出してみた。
コンパクトケース、少量入りのオークル系のアイシャドウパレット、スポンジブラシ、ホワイトピンクのチークパレット、オレンジ系のルージュ一本、ルージュ用のリップブラシ、ブラウンのライナーペン、マスカラ、ペンを挟んだミニ手帳、ガーゼハンカチで包んだ何か入りのジップパック、がガラス天板に並んだ。
「うわ。何か女子力の違いを見せつけられた気分・・・あのお姉さん、これきっと探してるだろうな。」
加奈は呟いて手帳をぱらぱらとめくった。
手帳の表紙の裏にはポケットがしつらえてあって、そこに学生証が挟んであった。
「あ、手がかり発見。え~と、玄磐教育大学の・・・八嶋結菜(やしま ゆいな)さんか。大学の電話番号も書いてある、ちょっと連絡入れてみよう。」
加奈はフマートフォンをタップする。LINEに香澄からの着信表示が出て来た。
『今日はありがと。また遊ぼうね。加奈ちゃんも何かあったら遠慮なくLINEとか入れてね。』
「ふふ。ありがと、香澄ちゃん。」
加奈は早速LINEに打ち込んだ。
『今日帰りにぶつかったお姉さんの荷物が紛れ込んでた。(汗) 学生証入ってたから連絡入れてみる。玄磐教育大のヒトだって。』
加奈は通話に切り替えて学生証に書かれている大学事務局に電話を入れた。
『こちら玄磐教育大学事務局です。本日の受付は終了しました。御用のある方は平日の午前9時から午後5時までの間にお電話いただくか、この後の発信音に三分以内でメッセージをどうぞ。』
「あ、そうか。ゴールデンウイーク中だった。」
発信音の後に加奈は軽く咳払いして吹き込んだ。
「私、西崎高校の沢井加奈と申します。本日、そちらの学生さんの・・・八嶋結菜・・・さんのお荷物をお預かりしてしまいました。ご本人の連絡先が判らずこちらにご連絡差し上げました。この電話番号にご連絡いただけるようにお伝えください。電話番号は090-82… では失礼します。」
加奈は電話を切ってふうと息をついた。
加奈はテーブルの上に展開したアイテムを巾着に戻し始めた。
ジップパックが女子力高いアイテムの中で異彩をはなっていたので、興味本位でそれを開けて見た。
ガーゼハンカチを解くと、そこからは1.5センチ大のトリオンカットの青紫色の石がころりと転がり出た。
「え? 何これ。サファイヤ?」
加奈は手に取って光にかざす。カット面がキラキラと煌めき、複雑な光の反射が宝石を際立たせる。
「きれい・・・でも、これニセモノよね。大きすぎるし。一般の学生がこんなに無造作に持ってるなんて、ねぇ。」
言葉とはうらはらにその輝きに加奈は見入っていた。
「あ、そうだ。早速『何かあった』から香澄ちゃんに連絡入れよ。」
加奈はこの青い宝石の写真を撮って添付した。
『あのお姉さん、すごいの持ってた。ホンモノなら鑑定団行きだよ(笑)』
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