第7話


「いや~。盛り上がったねぇ。」

 乙多見駅に向かって六人は、わらわらと歩いていた。

「加奈ももう少しあの場に居たら衝撃的瞬間に立ち会えたのに。」

「もう少し長く居たらあんたたちに何つつかれてたか分かったもんじゃないわ。」

「なんだ、やっぱりそういうコトか。でもありがとね、椎名ちゃん、香澄ちゃん、美幸ちゃん。LINE交換してくれて。」

 凛音は仲良くなった明芳三人組に笑いかけた。

「ううん、こちらこそ。新しく友達が出来て嬉しい。」

 香澄はにこにこして答えた。

「またLINEするね。そうそう、鴻池駅前の神社で明日お祭りがあるんだ。そこの奉納舞でライコウが出るんだよ。良かったら見に来てね。舞は午前10時と午後7時にやるんだ。」

 その声に美波はくるりと振り返って、後ろ歩きしながら香澄を見た。

「ああ、例のモテモテのカレね。そうだな、現物見てみたいし。凛音、加奈、どう、都合つきそう?」

「私は大丈夫だよ。」

「アタシは・・・ゴメン、バスケ部での反省会があるんだ。いつ終わるか見当がつかない。」

「そっか。じゃ、凛音ちゃんと屋台デートしよっか。」

「ありがと美波ちゃん。」

 きゃいきゃいとはしゃぎながら道を進む。


 その時、先頭を行く加奈に、路地からふらふらと出て来た20歳ぐらいの女性がぶつかった。

「きゃっ。」

「うわっ。」

 尻もちをつくその女性と取り落とした加奈の荷物がアスファルトに散らばった。

「だ、大丈夫?」

 他の女子高生たちが集まって来て、女性を立たせて散らばったアイテムを拾い集めた。

「ごめんなさい。私、ぼーっとしちゃってて。」

 大学生ぐらいのこの女性は申し訳なさそうに深く頭を下げた。

 くりくりとした目が印象的なこの女の子は、薄化粧してはいるが、あまり顔色が良くないのが見て取れ、セミロングの黒髪も艶が無くばさばさしている。

「いえ。こちらこそ突き飛ばしちゃって。ケガとかありません?」

 加奈は心配そうにその女性を覗き込んだ。

「加奈~。どれが加奈の荷物か判んないよ。ちょっと見て~。」

 凛音の声に二人はそこへ駆け寄って行った。



 頼光は五メートルほどの高さのある御影石の大鳥居の前に歩いて来た。

 ここはちょっとした公園になっている。

 鴻池駅の噴水広場ほどではないが、小規模な噴水が設置されていて、初夏の日差しにきらきらとその水滴を煌めかせている。

 この季節は公園をぐるりと囲むように植えられたツツジが美しく咲いて、緑色の茂みに赤やピンクの花弁が鮮やかなコントラストを奏でている。


 明日の「菖蒲祭」に向けて、多くの屋台がテントを組んで、軽ワゴン車が数台停まって資材の搬入を行っていた。

「よお。皆本さんのトコの息子さんだね。制服着て、ゴールデンウイークも学校かい?」

 ガタイの良い角刈りのおっちゃんが、紺Tシャツにねじり鉢巻き姿で近くの屋台テントから声をかけて来た。

「あ、田中さん。お久しぶりです。今日は学校行事で県立競技場に行って来たんですよ。田中さんは今年も『ホルモンうどん』をやるんですか?」

「ああ、津山の知り合いのトコから良い肉が入ってね。今年も旨いぞぉ。明日も舞の後に来てくれよ。」

「はい、ぜひ。ではまた~。」

 頼光は愛想よく手を振ると大鳥居から伸びる二百二十段の石段を見上げた。

 階段の両端には一段飛ばしに斜めに切った真竹が置かれ、その中にLED電球が仕込まれている。

 夜の部に来られる参拝者の為の明かりであったが、昨年「インスタ映えする」と大好評だった。

 頼光は深呼吸をすると一気に駆け上がった。

 石段を昇り終えると、左手側に朱の鳥居が姿を現す。

 朱の鳥居には「源綴宮(げんていぐう)」と、この宮の名前が掲げられているのが見える。

 その鳥居の右側には大きなゴミ箱が三つ並べられて、境内でのゴミのポイ捨てを禁止する旨を書いた大きな看板が中国語、韓国語、英語、ポルトガル語を併記して掲げられていた。

 朱の鳥居と対面する方向には参拝者用の駐車場があり、そこの駐車スペースの周囲にも屋台が組まれていた。

 駐車場の周囲とそこから朱の鳥居を過ぎて、手水場までには提灯が吊られて、それぞれに協賛していただいた企業や個人の名前が入っている。

「おや? あの黒いスポーツカーは禎茂さんのだな。この前の柳町での事件のコトで来てるのかな?」

 頼光は保昌の車を右手に見ながら、石段の斜め向かいにある白壁の実家へと入って行った。


 源綴宮の社務所の奥に『談話室』と称する十二畳の広さの部屋がある。

 ここは地鎮祭や棟上げ式、神前結婚式、ご祈祷相談といったいわゆる「普通」の神事から降魔調伏や除霊といったコアな依頼を依頼主と相談する際に用いる部屋である。

「気」がこもり過ぎないように、天井は高めに設計されている。


 神職の装束を纏った、この宮の禰宜 黒田崇弘(くろだ たかひろ)は黒づくめの保昌とテーブルを挟んで向かい合っていた。

 テーブルの上にはノートパソコンとケーキ屋「白十字」のワッフルが入った紙袋が置かれていた。

「どうしたんだい保昌。手土産付きとは珍しいな。ウチの巫女さん達が喜ぶよ。で、何を知りたいんだ?」

 にっこりと笑って崇弘が保昌を見る。

「ああ、いくら白十字とは言え、ワッフルごときで対価になるとは思っていないんだが、ちょっと厄介な事案を抱えてしまってね。君の『鬼狩』の権限で伊勢のデータベースにアクセスしてもらいたいんだ。」

 保昌は情けない表情をして頭を掻いた。

「ん? 君のトコの加茂家の方でもアクセスは可能だろ?」

「ああ、レベルBまでならな。それ以上は実働部隊の『鬼狩衆』でないとムリだ。」

「どんな厄介ごとだい? あまり度が過ぎると博通(ひろみち)が喜んで首を突っ込むぞ。」

「ああ、弟の博通くんか。彼は今どこだい?」

「博通は外回りで屋台のテキ屋さん達と最終調整してるよ。」

「ああ、そうか。いや、重ね重ね祭りの前日に済まないね。」

「で、何を調べたら良いんだい? やるかどうかは話を聞いてからだが。」

 崇弘は手元のお茶をすすって保昌を上目遣いに見つめた。

「赤磐警部の権限で科捜研から借りて来た。」

 保昌はジップパックに入った、1.5センチ大のトリオンカットの透明な石をテーブルに置いた。ジップバックの中には「A-7」と書かれた紙が一緒に入っていた。

「うん? ツヴァロフスキーかい? そうじゃなければえらく輝度の高い石だな。」

「聞いて驚け。『純粋な炭素の結晶体』だそうだ。」

「ダイヤモンド? こんな大粒のものが?」

「これを玄磐市での通り魔事件の被害者が持っていた。二週間程前のことだが、憶えているかい?」

「確か教育大の学生だったかな? 犯人はまだ捕まっていないんだっけ?」

「ああ、そしてその三日後、また玄磐市で教育大の学生が同様の手口で殺された。まだ言ってなかったな。溶かされたんだ。」

「溶かされた? 薬品とか?」

「科捜研からすると、薬品、化学兵器、ウイルスの類は発見出来なかったらしい。全くの謎だとさ。そしてその被害者の所持品の中に、これがあった。」

 保昌はもうひとつジップパックを取り出した。

 そこには先ほどと同じ、透明なトリオンカットの石と「B-3」と書かれた紙が入っていた。

「見た所同じものだな。しかし物取りならこんな高価なものをそのままにしておかないだろ? 普通、コレが原因で殺し合いが起きてもおかしくない。」

「そこなんだ。あの赤磐警部が直々に協力を要請して来た事案でね。案の定、捜査は不可解なコトが多すぎて行き詰まってる。警察の情報も頂ける代わりにこちらが入手した情報も提供する約束だ。まあ、一般人に理解出来る範囲は超えていると思うがね。」

「おっと。伊勢の機密に関することはいくら何でも協力しかねるぞ。」

 崇弘は目を丸くして右手を振った。

「だから君に同席してもらって調べをしようとしているんだ。こういう宝石を使った呪詛や呪術をピックアップしてもらいたい。レベルBまででは『護符の術』や『結界術』、あと式神を封印する術や『魔弾』のように呪力を込めて敵にぶつける『充填呪法』が出て来たがどうもしっくりと来ない。」

「そうだな。『充填呪文』が暴発したなら、呪詛の媒体とした石が形を留めているとは考えられない。もっと別の何か・・・いや、そもそも直接この石が関与しての『死亡事故』では無いのかも知れないな。」

 短く唸ると崇弘はカチカチとパソコンのキーを打ち始めた。

 その時談話室の襖の向こうから声がした。

「崇弘さん、頼光です。さっき戻りました。今良いですか?」

「ああ、頼くん。構わんよ、入って来てくれ。」

 すっと襖が開いて「運営」と書かれた腕章を付けた、作務衣姿の頼光が顔を覗かせた。

「あ、禎茂さん。こんにちは。」

「やあ、頼くん、あれから体の調子はどうだい?」

「おかげさまで。さっき高校の交流戦で組手してきたんですよ。」

「そりゃすごいな。さすがの回復力だ・・・おっと嫌味じゃないからね。」

「解ってますよ。禎茂さんは、この前の柳町の教会の件ですか?」

「いや、別件だよ。そうだ、つかぬ事を聞くけど、玄磐教育大に知り合いはいるかい?」

「教育大ですか?・・・同級生の健明(たけあき)のお姉さんとカノジョさんが教育大の音楽コースに居ますが。」

「ほんとか?! いや聞いてみるもんだな。祭りが終わってからで良いから、ちょっと紹介してくれないか?」

「う~ん。健明に聞いてみないと何とも言えませんが。探偵の調査の仕事ですか?」

「ああ。ちょっと警察と協力して捜査しているヤツでね。なに、別に被疑者とかそういうものじゃない。教育大のある学生達についての意見というか、感想を聞きたいんだ。」

「分かりました。話を通しておきます。後で禎茂さんの携帯に連絡入れますね。」

 頼光はにっこりとほほ笑んだ。


「崇弘さん。僕はどこをチェックして行ったら良いですか?」

「そうだな。頼くんは神楽壇の周囲のチェックを。ゴミ箱の位置と、中国語で書かれたポイ捨て禁止の看板がちゃんと見えやすい位置にあるか、神楽壇に何か破損個所は無いか。それが終わったら駐車場の見回りを。屋台の設置で機材や備品が置き去りになっていないか、あったら当事者に撤去を要請するか社務所に連絡を。あと、提灯や真竹のLEDの配線に断線がないか点灯してチェックしてみてくれ。」

「分かりました。それじゃ、行ってきます。」

 頼光は元気に返事をして立ち上がった。

「あれ、何です? ・・・宝石?」

「ああ、今回の僕の仕事でね。さっき言ってた教育大の学生さんにも関係してるヤツなんだ。今ちょっと崇弘に調べものをしてもらってるんだ。だから崇弘が運営のサボリをしてるわけじゃないから、巫女さん達にもよろしく言っておいてくれ。」

「はは、誰もサボってるなんて思いませんよ。それじゃ、また。」

 頼光は静かに襖を閉めて担当場所へと向かって行った。



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