第6話


「香澄ちゃん?」

「ふぁっ、はい?」

 美幸が不思議そうに呼ぶ声で、香澄は我に返った。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと昔のことを・・・あ、なんでもないよ。」

 慌てて手元のアイスミルクティーをずずずっとすする。

「でもさ、皆本くんも皆本くんよね。一年以上も前で、形の上だろうと『終わった』恋なんだから。引きずるのってどうなの?」

 語気強めに言うと、椎名は自分のアイスティーをちうちうと吸った。

「そ、そうだよね。いつまでも引きずってるって女々しいというか、カッコ悪いよね。情けないったら。」

 香澄はあいづちを打つと、クレープの包み紙をくしゃりと握って、コヨリのようにねじり始めた。

「香澄ちゃん的にもそう思うの?」

「そうよ美幸ちゃん。ライコウったらよく『ものごとは前向きに考えようぜ。何かに囚われてちゃ前に進めなくてつまんないじゃん。』とか言ってるくせに。ご自分のその態度はどういうことですかってーのっ。」

 香澄がコヨリ状にねじった包み紙をコンコンとテーブルに打ちながら話に熱が入る。

「そうなの?」

「そうよ。そりゃ、麗奈さんは、む、胸も大きいし、美人だし、頭は良いし、女の私から見ても魅力的な人よ。だけどさ、『まだ、心に好きな人が居るのに別の子と付き合うのは、その子に失礼なんじゃないかと思うんだ。』なんてぬかしてるヒマがあるんなら、さっさと忘れて、その恋人好きになりなさいよって話っ。」

 香澄はばんばんとテーブルを叩いた。

「あ、そんな話があったんだ。」

 美幸は目を丸くした。

「あ、いや、まあ・・・麗奈さんのコト、話聞いてる時に、ね。」

 香澄は目を泳がせて、浮かしていた腰をすとんと下ろした。

「だから香澄ちゃん。皆本くんに告白するの怖がってるんだね。」

「ううっ!」

 図星をさされて香澄は固まった。

「だったら、香澄ちゃん。」

「ん?」

「香澄ちゃんが悩んで苦しいんなら、いっそ他の人を恋人にすれば良いんじゃない? 代わりに私が皆本くんの隣を立候補しておくから。」

「そっ、それとこれとは話が別っ!」

 テーブルに両手を突いた香澄が美幸を見据える。

美幸は楽しそうにころころと笑った。


「あ、明芳の吉田さん? おつかれさまです~。盛り上がってますね~。」

 不意に声がしたのでそちらに目をやる。

 ウルフカットの背の高い女の子が、頭一つ半ぐらい小柄な女の子二人と一緒に立っていて、こちらに手を振っている。

「あ、西崎の沢井さん。」

 香澄は手を振り返して愛想よく微笑んだ。

 三人は香澄のテーブルの横にやって来た。

「楽しんでるみたいですね。皆さんバスケ部で?」

「ううん。バスケ部はわたしだけで、この二人はテニス・・・部じゃ、なかったっけ?」

「うん。学校でじゃなくて、鴻池スポーツクラブでテニスしてるの。私は小林椎名。」

「私は有松美幸。」

「西崎高校の沢井加奈です。よろしく。」

 ハンサム・ガールな加奈は意識してか、右手の人差し指と中指を揃えてひょいと額の前にかざした。

「私は岡崎凛音(おかざき りおん)。新聞部なの。今回の交流戦でバスケ部の記事を担当してるんだ。ところで有松さん? かわいい~。私の好み♪」

「私、藤本美波(ふじもと みなみ)。私も新聞部なの。凛音と加奈とは同じクラスで、大抵このメンツでつるんでるんだ。そういえば、明芳の吉田さんってこの交流戦でダンクばしばしキメてたひとでしょ? ちょっとお話聞いていいかな?」

 美波はにこにこして香澄を覗き込んだ。

「うん、いいよ。ここに来たってことはクレープ食べに来たんだよね。席くっつけて一緒に食べよう。」

「え、吉田さんまだ食べるの?」

 椎名が驚いて聞いた。

「だって、さっきあんまり食べた気がしなかったんだもん。楽しく食べたいじゃん?」

「あ、それなら私も食べたい。」

「美幸まで?」

「いいじゃない。食事は美味しく食べるものよ。」

「はいはい。ドリンクだけなら私も付き合うわよ。」

 椎名は肩をすくめて苦笑いした。


 約一時間、この六人はわいわいと話に花を咲かせた。

「・・・ふんふん。明芳の皆さんはウチとの試合前にそんなこと話してたんですね。吉田さんは対戦してみて、ウチのチームどう感じました?」

 美波はコーラ片手にメモ帳にカリカリと書き込んでいる。

「今日ここに来て良かった。女子会ついでに、有松さんってカレシ居るの?」

 凛音がわくわくしながら身を乗り出す。

「あ、カレはいないの。でも気になるひとは。」

「おおっ。青春じゃん。どんなひと?」

「同じ高校で隣のクラスのひとなの。今日の交流戦でも空手の個人戦に出てたの。ベストエイトに入ったって言ってた。」

 美幸はにこにこして凛音を見つめる。

「へぇ。確か空手は先輩が担当してたな。後で聞いてみよう。有松さんて、がっしり系が好み?」

「ううん。そのひとは全然そういうのじゃないの。小柄で色白で、キレイな顔してるの。あ、本人は女の子顔だって気にしてるみたいだけど。」

「へぇ、なんか個人的にも会いたくなってきちゃったな。そのひとは一緒じゃないんだ。」

「お家の用事で、交流戦終わったらすぐに帰っちゃったの。」

「ふう~ん。こんな美人さん放っといて、なってないわね。」

「あはは。ありがと。」

 美幸は楽しそうに笑った。

「写真とかある?」

「うん、練習風景だけど。」

 美幸はスマートフォンに頼光がキックミットに回し蹴りを打ち付けている画像を映し出した。

「へぇ、キレイ系のひとなんだね。うまく行きそう?」

「うう~ん。ライバルが強力だからなんとも言えないな。」

 隣で美波と受け答えしていた香澄が、ちょっと咳き込んだ。

「いいな、なんか青春してるな~。ウチは大抵の男子がスポーツがらみで、部活に支障が出るって『恋愛禁止令』出されてる部員が多いんだよ。結構おおらかなのは、プロスカウトの来ないマイナー系競技ぐらいだね。」

 凛音は隣の美波に顔を向けた。

「そうだね。野球部とかバレー部は結構キツイよね。あ、でも、弓道部はユルかったよね。」

 美波の隣で男前にアイスコーヒーを飲んでいた加奈が激しく咳込んだ。

「きゃあ、どうしたの? 加奈。」

 凛音が慌てて加奈の背中を叩く。

「いや。ごほっ・・・ごめん、ちょっと飛び込んだ。ごほっ・・」

「沢井さん、大丈夫?」

 香澄が席を立って背中をさする。

その横で美波が加奈を覗き込んだ。

「大丈夫、加奈? 私、何か動揺させること言った?」

「どっ動揺なんてしてないっ。むせただけっ。」

「沢井さん、真っ赤。」

 椎名が追い打ちをかける。

 凛音と美波は顔を見合わせると、何かを思い出したかのようににっこりと笑い合った。

「そっか。弓道場って、体育館裏だったね。」

「そうか、そういうことか。」

「なっなにが、そういうことっ?!」

 慌てた様子で加奈が目を見開いた。

「あのね、ウチの高校、体育館の裏に弓道場があるんだ。弓道部員、よく体育館裏のスペースまで出て来て型の練習とか巻き藁に矢を射たりしても練習してるの。」

 美波は慌てる加奈を無視して、香澄達に向かって説明を始めた。

「だから、バレー部とかバスケ部は弓道部さんと顔会わせること多いんだよ。ね、加奈。」

 凛音がいたずらっぽく加奈にウインクを送る。

 顔を赤くした加奈はすっと立ち上がった。

「ちょっとトイレ。」

「はい。あんまり遅いとうんこしてきたのって聞くからね。」

「大阪かっ!」

 加奈は凛音につっこみを入れると足早に歩いて行った。


「沢井さんってかっこいいよね。」

 椎名が加奈の後ろを見送って西崎高校の二人にささやいた。

「あ、私もそう思う。ハンサム・ガールってやつ?」

 香澄も身を乗り出してニヤリと笑った。

 凛音と美波は短くうんうんと頷いた。

「加奈、バスケ部の期待の新人なんだよ。県北の方から進学で引っ越して来たんだけど、見事に『特待生』の関門をくぐっての入学なんだ。」

『特待生?』

 明芳の三人が首を傾げる。

「ああ、明芳には無いんだね。ウチでは特にスポーツ分野で優れた人材を優遇しててね。学費の減免とか、遠征費や個人消費の備品まで優遇してくれる特別枠があるの。結構審査が厳しいのよ。」

「へえ。じゃ、それにパスした沢井さんってすごいんだね。」

 香澄が感心して頷いた。

「でも、吉田さんも、ウチに来てたなら特待生行けたかもよ?」

 美波がメモ帳をめくりながら上目遣いで香澄を見た。

「ウチは受けなかったの? 吉田さんのウデなら学校推薦で、無試験で入れたんじゃない?」

「あはは。ま、確かに中学ではそんな話も出たけどさ。私は明芳が良いなぁって。」

「なんで?」

「う・・・」

 言葉に詰まる香澄の隣で椎名が意地悪くニヤリと笑った。

「好きな子が明芳、受験するから。」

 椎名は特に誰とも目を合わせずに、アイスミルクティーのストローを咥えた。

「ちょっ、小林さんっ?」

 顔を赤くして慌てる香澄に、凛音と美波は喰い付いた。

「ええ~っ。それは中学で実らせられなかった恋を次の高校生活で実らせてやろうという魂胆ですか? 吉田さん。」

「なんで記者風っ?」

「そのひととはどうなったんですか?」

 慌てる香澄の隣で、美幸も目を閉じてストローを咥えた。

「今、同じクラスになってゴキゲンなのよ。」

「み、美幸ちゃんまでっ!」

 真っ赤になってあわあわしている香澄に、美波と凛音ははしゃいで迫った。

「その人の写真、当然持ち歩いてるわよね。見せて見せて。」

 わくわくしながら身を乗り出す凛音に香澄はちらりと美幸の方を見た。

「ん? 同じ学校の子じゃないんだから良いんじゃない? 隠さなくても。」

 美幸はにっこりと笑った。

「え、美幸、なんかこわい。」

 隣で椎名がおののく。

 きょとんとする西崎高校の二人の前に香澄は自分のスマートフォンを引っ張り出した。

 明芳学園のグレーの制服を着た頼光と香澄が『明芳学園高等学校 入学式』の立て看板を掲げた校門の前で、笑って仲良く収まっている写真を表示させた。

「おお。なんか仲良く写ってるじゃん。この距離感でまだ付き合ってないの?」

「吉田さんもキレイ系が好みなんだね・・・て、あれ、この男子って有松さんの好きなひとに似てない?」

 凛音が美幸の方を見た。

「そう、同じひと。」

『ええ~っ!』

 二人の大きな声で店内のお客さん達が振り返った。


 周りに頭を下げた女子高校生たちは、席についてちょっと声をひそめた。

「そ、それってお二人は公認のライバルってヤツですか?」

「なんでお二人は仲良くいられるんです?」

 体をテーブルに被せる勢いで前のめりになる二人に香澄と美幸は体を仰け反らせた。

「なんでって言われても。」

「ねぇ。・・・香澄ちゃん人間的にも悪い人じゃないし。」

「美幸ちゃんとは気が合うし、性格もかわいいし。」

「あら、香澄ちゃんだってすっごくかわいいじゃない?」

『へぇ~。』

 美幸と香澄のやりとりを見た美波と凛音は呆然として口を開けた。

「なんか、そういう関係もアリなんだ。」

「うん、びっくりした。こういう三角関係ってスキあらば相手を蹴落とそうとするものとばかり・・・ねぇ。」

「うん。高笑いして相手の首、ノコギリで掻(か)っ捌(さば)いたりとか。」

「藤本さんて、椎名と気が合うと思うわ。」

 美幸は苦笑いして椎名の方を見た。

「おまたせ~。」

 そこへ加奈が帰って来た。

「お帰り。うんこしてきたの?」

「そんなにかかってないっ!」


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