第5話
クレープ屋「ROLLY」の店内のイート・イン・スペースに座っている美幸と香澄に、椎名がクレープを運んで来た。
「はい、吉田さんの『ストロベリー・ホイップ』。こっちが美幸の『フルーツ・ホイップ&カスタード』。」
「・・・ありがと。」
「・・・うん。ありがと椎名。」
「ちょっと、二人とも暗いわよ。まずはおいしいもの食べて、話はそれから。」
「・・・うん。」
「・・・うん。」
(こういうのも気が合うっていうのかしら?)
椎名は苦笑いを浮かべて自分のバナナ・チョコレートクレープにかぶりついた。
椎名が気を使っていろいろと話しかけているが、ぽつりぽつりと返答が返って来るだけ。
「・・・ごちそうさま。」
「・・・ごちそうさまでした・・・椎名。」
「ん? なに?」
「結構味わって食べてるのね。」
「誰のせいで食べるのに時間かかってると思ってんのよっ?」
理不尽なつっこみに椎名は目を剥く。
「だいたい、『元』カノさんが出て来たぐらいでなに沈んでんのよ。終わったヒトなんでしょ。気にすることないんじゃない?」
椎名は手元のバナ・チョコをもぐもぐしながら、隣の美幸と正面の香澄を交互に眺めた。
「それはそうなんだけどさ。ライコウ・・・まだ麗奈さんのこと好きだから・・・」
香澄は目を伏せたままアイスミルクティーのカップに刺さっているストローをがしがしといじった。
「あ・・・この前いっしょにお茶した時に、モトカノさんの話しが出た時、そんな雰囲気だった・・・」
美幸が顔を上げて香澄の方を見た。
「あのさ、れいなさん? そのひとと別れた原因って、吉田さん知ってるの?」
椎名がクレープの包み紙を折りたたみながら視線を向ける。
「うん。麗奈さんのご両親が離婚することになって、お母さん方の実家に帰るって。」
「へ? 喧嘩とか浮気とか、そんなんじゃないの? 好きなら『遠距離』とかしたら良かったんじゃ?」
「ご実家、カリフォルニアだって。」
「うわ、それは遠すぎるわ。」
椎名は背もたれに体を預けた。
「だから、麗奈さんお互いがお互いの『縛り』にならないようにって交際を解消したの。」
それを聞いた美幸が、手元の包み紙をぐりぐりと弄びながらぽつりと漏らす。
「え、と。それじゃ、香澄ちゃんの話からすると、その麗奈さんもキライで別れた訳じゃないんだ・・・」
香澄は大きなため息をついた。
「はあ、そこが厄介なのよねぇ。」
香澄は頬杖を突いてちょっと上を眺めた。
(麗奈さんの引っ越しの前日のセリフがプレッシャーだよぉ・・・)
部活と宿題に追われる中学二年生の夏休み、香澄はごろりとベッドに横になって夏虫の声を聴きながら天井を見つめた。
「あ~あ。せっかくの夏休みだってのに、アガらないわ~。」
ヘッドボードの簡易棚に立ててある猫の写真をそっとずらせて、体育祭の応援衣装を着た頼光の写真を眺めた。
詰襟短ランにハチマキ姿の頼光が、ちょっとカッコつけた感じでポーズをキメている。
「はあ・・・ライコウ。今日も麗奈さんと一緒かな・・・あ~あ、こんなもやもやするんなら、とっとと告って玉砕してた方があきらめ付いてたかなぁ・・・」
ベッドの上で体をにじにじ動かしながら香澄はボヤく。
その時、傍らに置いてあった香澄の携帯電話が着信を知らせた。
折りたたまれている携帯電話に『白石麗奈』の文字がディスプレイされていた。
「え? 麗奈さん。なんで?」
ちょっとためらった香澄は軽く咳払いして通話ボタンを押した。
「はい、もしもし。吉田です。」
『もしもし、白石です。今良いですか?』
きれいな澄んだ声が耳に響いた。
「はい。全然大丈夫ですよ白石先輩。何か御用ですか? あ、ライコウがまた何かやらかしたんです?」
『うふふ。そんなんじゃないのよ。香澄ちゃん、頼くんから私のこと聞いてる?』
ちょっと心がズキリとしたが、香澄は同じ調子を装った。
「ええ、いろいろとオノロケ話は聞かされてますよ。玄磐市のキャンプ場に行ったこととか、夏祭りに浴衣で一緒に花火観たこととか。」
(今までずっと、夏祭りは一緒だったのに。)
『あ、そうなんだ。まだ頼くん言ってなかったんだ。』
「え? 何がですか?」
『私たち、別れることになったの。』
いろんな意味で香澄の心が跳ねた。
「ええっ! やっぱりなんかやらかしたんですかっ? 浮気とか? それだったら私も一緒に謝りますからっ。」
『あはは。そんなんじゃないよ。それになんで香澄ちゃんまで連帯責任なの?』
「ライコウ一人で上手く謝れてないんなら、私も一緒に謝って許してもらおうかと。」
『あははは。香澄ちゃん、面白い。別に頼くん浮気なんてしてないわよ・・・あ、でも私より好きな人は心に居るみたいだけど。』
「えっ、誰なんです?」
香澄は驚いて立ち上がった。
『それは、ちょっと癪だから教えてあげない。』
「え~。」
『それよりも、頼くんが香澄ちゃんに伝えていないんだから、急な話になるんだけどね。私、明日引っ越すの。』
「ええっ?」
『いろいろ香澄ちゃんにはお世話になったから一言お礼が言いたくて。』
「そんな。私なんて全然大したことしてませんよ。」
『ううん。頼くんと私の事、いろいろ応援してくれてたでしょ? デートの度に頼くん、香澄ちゃんからアドバイスだって自慢してたもの。』
「あ、それは、その・・・差し出がましいことをして、その、すみません・・・」
『うふふ。良いのよ、そんな恐縮しなくても。香澄ちゃんのプラン楽しかったわ。 香澄ちゃん、こんな風に頼くんとデートしたいんだなって。』
それを聞いて香澄はベッドから飛び降りた。
「うわっ、いや、そんな。そのライコウとはずっと幼馴染みだから、あいつがなにかやらかさないようにとアドバイスしただけであって、そんな私は、別に、手を取って小川を一緒に渡りたいとか、ハイキングの記念に写真だけじゃなくてそこに咲いているちょっとしたお花も添えてくれると嬉しいとか、一緒にランチした後に、特に話なんかしなくても、そっと手を重ねて欲しいとか、別にそんなんじゃないんですっ!」
一気にまくしたてて香澄は荒い息をついた。
電話の向こうから声がしばらく聞こえなくなった。
その後、麗奈の笑い転げる声が響いて来た。
『あはははははっ。ごっ、ごめん・・・なさいっ。くくっ。かっ香澄ちゃん、おっかしいっ。あははははっ。』
香澄は真っ赤になってうつむいた。
『・・・ふう、ふう・・・。はぁ、ちょっと落ち着いた。香澄ちゃん、さっきのは反則だよ。面白過ぎる。』
「う・・・だって白石先輩があんなこと言うから。」
『ああ、図星さしちゃったヤツね。ふふっ。えっと、何話してたんだっけ。そうそう、お礼だ。そういうのも含めていろいろありがとう。向こうに行っても香澄ちゃんの事忘れないわ。』
「あ、ありがとうございます。で、引っ越すってどこへ?」
『ママの実家のトコ。カリフォルニア。』
「ええ? めちゃくちゃ遠いじゃないですか。なんでまた?」
『簡単に言えば、ママとパパ離婚するの。で、私がママの所について行く。そういうこと。』
「え・・・それは・・・」
『あ~あ~。深刻にならないで。こういうコトってさ、昨日今日突然に起こるヤツじゃないから。実を言うと緑川中に入るぐらいから家庭内ギクシャクしてたんだよ。私も、ちょっとすさんでたし。ほら香澄ちゃんの第一印象でも『仏頂面で冷たい感じがする』って言ってたでしょ?』
「あっ! ライコウそんなことまで喋ってたんだ。あいつめ~。」
『あ、今度は私が口滑らしちゃった。・・・で、『去る鳥』からお願いがあるんだ。』
ちょっと声のトーンが変わったので香澄は居住まいを正した。
「何でしょう?」
『頼くんと付き合ってあげて。』
「ほえっ?!」
『あははは。香澄ちゃん、いちいち面白い。』
「いいいいや、突然、なななな何ですか? 何なんですか?」
香澄は落ち着き無く部屋をうろうろし始めた。
『頼くん、夏祭りの後にこちらの事情話したらすっごく落ち込んじゃってね。てっきり香澄ちゃんと相談してるものと思ってたんだ。人に話すと結論の出ないコトでも気分が楽になる事ってあるから。』
麗奈の声が少し寂しそうに響く。
『頼くん、きっと香澄ちゃんに余計な心配かけないようにって、自分の中に抱え込んでるんだよ。』
「いや、それは先輩の考え過ぎ・・・」
『そんなこと無いよ。どんな小さい事でも香澄ちゃんとは話してるって楽しそうに言ってたもの。だから、自分のこの悲しい感じは香澄ちゃんには伏せて置こうとしてるんだなって・・・香澄ちゃん、頼くんからとっても大事に思われてるんだなって改めて感じちゃった。』
「先輩・・・」
『だからね。』
「はい。」
『ちょっと腹が立った。』
「何でですかっ?」
香澄は目を見開いて電話に叫んだ。
『そりゃそうよ。カノジョってものがありながら、それより大事に想っているヒトが居るってあんまりじゃない?』
「え・・・と?」
『香澄ちゃん、頼くんのこと好きよね。』
「!」
『四か月ぐらいだけど、頼くん取っちゃってごめんなさい。お返しするから、今度はちゃんと他に取られないようにカレを繋ぎ止めておいて。』
「い、いや、繋ぎ止めるも何も、私たち幼馴染みだし。」
香澄はまた部屋をうろうろし始めた。
『そうやって自分の気持ちに蓋して。私が知ってる限り、頼くんのコト解ってあげられて、カレを幸せにしてくれる子って香澄ちゃんしかいないんだ。』
「いや、その・・・」
『だから、お願いね。私も頼くんには幸せになってもらいたいと思ってるの。』
「でも・・・ライコウが私を・・・選ぶとは・・・限らない、です。」
自分のセリフに心がズキリとした。
『その点はお姉さんが保証するけどな。香澄ちゃんなら大丈夫。』
「うう・・・善処してみます・・・」
香澄は複雑な表情のまま呟いた。
『ふふ。約束よ。いつになるか判らないけど、また日本に帰って来れた時に頼くんがフリーだったら、私、またアプローチ仕掛けちゃうんだから。』
麗奈の楽しそうな声が耳に焼き付いた。
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