第3話
バスケ会場は結構盛り上がっていた。
身体能力・身長共に格の高い西崎高校が序盤、優位に試合を運んでいた。
18-9と微妙な得点差になった時に香澄に出番が回って来た。
西崎高校の速いオフェンスの動きに明芳は追い込まれる。
スリーポイントラインを割った頃に西崎高校のオフェンスがパスフェイントのシュートを放つ。
そのボールが離れた瞬間、その前を赤い影が横切った。
ボールを奪った小さな香澄は大きく回り込むようにドリブルで進む。
西崎のディフェンスが体格を生かして香澄を覆うように迫る。
斜め後ろのチームメイトの松本美樹(まつもと みき)にパスを回し、ディフェンスをすり抜けた香澄にすぐにボールが戻る。
ボールを受けた香澄はゴールを睨むが、その前にウルフカットの背の高い女の子が立ち塞がった。
香澄はその娘の長い脚の間にボールをワンバウンドさせて横をすり抜けると、大きく床を踏み鳴らした。
一瞬ですり抜けられたこの女の子が驚きの表情で香澄を振り返る。
香澄はバスケットのリム付近までジャンプしボールを投げ入れると、リムの枠にちょっとぶら下がって、とんとコートに着地した。
ホイッスルと歓声が上がる。
香澄はにへへと笑って、チームメイトが肩を叩いて賞賛する。
ここで、西崎高校がタイムを取ったので、香澄たち明芳高校も少しの間コートの外に出る。
「ナイス吉田。西崎は動きを変えてくるわ。「B」フォーメーションでオフェンス以外はパス回しを重視して。西崎の子はスタンドプレー気味だからそれを崩す格好で。」
沙央梨の指示に明芳チームは元気よく答えた。
そして試合は50-45で西崎ワルキューレの勝利でピリオドとなった。
白熱戦に会場も拍手を送る。
次の三位決定戦の前に10分の休憩。
香澄たちは集まって水分を補給していた。
「負けたけど、なんかすっきりしちゃった。」
「そうだね。次の試合前だけど、こう、やり切った感があるね。」
香澄たちが雑談していると、先ほどの西崎ワルキューレの一人、ウルフカットの女の子が訪ねて来た。
「あ、すみません。さっきの試合のゼッケン5番の人って・・・」
「あ、はい。私です。」
香澄は水筒を床に置いて軽く手を挙げた。
「アタシ西崎高校の一年、沢井加奈(さわいかな)っていいます。さっきのダンク、すごかった。びっくりしました。」
「ありがと。私、吉田香澄(よしだ かすみ)。私も一年生なんだ。沢井さんも、めっちゃゴール決めてたね。敵ながらあっぱれだよ。今年も西崎は優勝確実な感じでしょ?」
「あはは、ありがと。ご期待に沿えるようにがんばる。それじゃ、吉田さん、明芳のみなさん、次がんばってください。」
一同は挨拶を交わして自分のチームに戻って行く加奈を見つめた。
「背、高かったね。180センチはあるんじゃない?」
「うん、それにハンサム・ガールな感じだね。女子校に放り込んだらすっごくモテそう。」
「なんか良い子みたい。機会が有ったらもっと話してみたいな。」
香澄は水筒を片手に、にこにこと笑って加奈の後ろ姿を目で追った。
第三闘技場でのイベントはつつがなく終了した。
待機していた救護班も今回は珍しく出番無く、無事に閉会の運びとなった。
「う~ん、今回はベストエイト止まりか。」
閉会式が終わり、手にした賞状入りのプラスチック筒を手にした頼光は、更衣スペースの順番待ちで一階フロアに佇んでいた。
「お互い惜しかったわね。あそこで勝ってたら次、あたしたちが対戦よね。」
正臣も同じプラスチック筒を手に、うふっとウインクをした。
「お互い手の内を知ってるから、結構やりにくいだろうな。」
「そうね、あたしならライコウに有効な蹴りを打たせないように動くわね。」
「僕ならオミの腕の至近処理には長く居ないな。」
「ふふ。そうなると持久戦な感じになるわね。」
「長丁場だな、それは しんどいなぁ。」
更衣スペース使用順が回って来たので、手荷物を下げた学生達がわらわらと隣の部屋に移動して行く。
約二十畳の部屋は男子体育部部室のニオイがした。
第三闘技場のすぐ脇では、着替え終わった学生達が試合後のミーティングをしていた。
明芳学園高校空手部も顧問の高杉教諭を前に集合していた。
団体戦は2勝止まりだったが、試合内容は良かったと顧問はにこやかに語った。
「で、個人戦は少ない部員の助っ人で、経験者を混ぜてみたんだが、良い成績を収めてくれた。ありがとう。」
頼光と正臣はにっこりとして頭を下げた。
「今回参加記念にここに名前を記入してもらえるかな?」
高杉教諭はクリップボードに挟んだプリントを差し出した。
『第十七回 文化・教育提携高等学校 体育部交流戦 空手部参加メンバー』と銘打ってあり、空手部員の名前が記入されていた。
「ええ、いいわよ。」
正臣はクリップボードのボールペンを手にした。
「オミ、ちょっと待った。」
頼光はそのボードを奪い取って挟んであるプリントを手にして、二枚重なっているそれをめくって見た。
『入部届』
「先生、困ります。」
「う~ん。皆本は目端が利くな。どうだ、この際入部してウチの選手で大会出場してみては?」
「何度も言ってますが、ウチの実家の用事がありますので。」
「あたしも結構モデルの仕事が入るので。」
高杉教諭の悪びれないお誘いに二人は首を振った。
軽いミーティングを終えて、解散となった頼光と正臣は第三闘技場の正面玄関の方へと歩いて行った。
「オミはバスケ会場に行かないのか?」
「行きたいのはやまやまなんだけど、あの娘たち放って置いたら暴動とか起きそうだから相手しに行くわ。」
指差した先に8人の明芳学園高校の制服を着た女子がそわそわした様子でこちらを凝視していた。
「た、たいへんだな。」
「ま、あの娘たち、あたしの出てる雑誌のファンでもあるし。根は悪い子じゃないから。それじゃ、香澄によろしく言っといて。また休み明けに会いましょ♪」
正臣は艶っぽくウインクしてひらひらと手を振ると、ファンクラブの集団の方へと歩いて行った。
黄色い歓声が上がり、子犬が飼い主にじゃれつく勢いでグレーの集団が取り巻いた。
「読者モデルも芸能人並だな。お疲れさん。」
頼光は正臣の様子にふうとため息をつくと、正面玄関の方向に足を向けた。
玄関前で美幸と椎名は「出待ち」状態で建物の「関係者通用口」からやって来る人をチェックしていた。
かわいい顔の美幸に通り過ぎる空手部員は目を止めていた。
正臣が姿を現してファンクラブに取り囲まれたその後、小柄で色白の頼光の姿が見えた。
美幸が呼び止めようと手を挙げかけた時、すらりとした金髪碧眼の少女が頼光の傍に立った。
「あ・・・」
美幸の手は行き場を失って、宙を掻いた。
(皆本くんの試合見てた外人さんだ。)
椎名は、その少女のストールがふわりと風をはらむ様子を眺めた。
頼光はひどく驚いた表情をしていたが、すぐににっこりとほほ笑んだ。
少し話した後、頼光は自分よりも少し背の高いこの少女と寄り添うように公園スペースの方へと歩いて行った。
「え・・・と。みゆき・・・さん?」
椎名は固まっている美幸におずおずと声を掛けた。
「椎名っ、ちょっとあれどういうこと?!」
「いや、私に言われても・・・なんか知り合いみたいな雰囲気だけど。」
「普通の知り合いにしては二人の距離、近過ぎない?」
「美幸、涙目になってるわよ。この間、皆本くんとお出かけした時にカノジョ居ないって聞いてたんでしょ? 心配しなくて良いんじゃない?」
「気になる。」
「ちょっと、みゆき?」
美幸は椎名の手を引いて頼光達の後を追った。
頼光と金髪の少女は芝生エリアのベンチに並んで腰掛けていた。
美幸達はその後方の、松の樹の影に身を潜めた。
少し照れたような、ぎこちない笑顔の頼光の様子に美幸は眉をしかめて見つめていた。
「皆本くんがあんな顔するなんて・・・」
「美幸、なんか怖いよ。」
張り込み中の刑事のような二人は時折聞こえて来る声に耳をそばだてた。
「・・・そうなんだ。それじゃ、あんまり長くは居られないんだね。」
「うん。正式な手続きが終わったら、ママと戻るの。長くて後一週間ぐらいかな。」
(日本語上手・・・って言うか日本人の発音だ)
椎名は聞こえて来た女の子の声に驚いた。
「頼くん、試合かっこよかったよ。中学の時よりも何だかたくましいって感じ。」
「あはは。負けちゃったけどね、そう言ってもらえると嬉しいよ。麗奈(れいな)さんも随分とキレイになったね。声かけてもらった時、一瞬判らなかったよ。髪も切ったの知らなかったし。」
「そっか。あれから割とすぐに切り揃えたんだよ・・・あ、その言い方、中学の時はキレイじゃなかったの?」
「いや、そういう意味じゃないよ。すごく女性っぽくなったってコト。」
「どうせ、『コドモ』っぽいデスよ~。」
「あ、まだあのこと根に持ってるの? まいったな~。」
お互い仲良く顔を見合わせて笑い合う様子に、美幸は手近な小枝を掴み曲げた。
「み、みゆき・・・さんっ?」
椎名はちょっと後ずさった。
頼光は携帯電話を、金髪の少女はスマートフォンを取り出し、番号を交換しているようだった。
二人はベンチから立ち上がると来た道を戻り始めた。
美幸と椎名は慌ててドウダンツツジの茂みの影に身を隠した。
その前を二人は話しながら歩いて行く。
「・・・それじゃ、ママの所に戻るわ。そうだ、香澄ちゃん元気にしてる?」
「ああ、元気に跳ね回ってるよ。今もバスケの試合やってるはずだよ。会って行く?」
「ううん。顔合わせちゃったら、変なプレッシャー与えるから遠慮しとく。香澄ちゃんとは・・・どう?」
「ああ、相変わらず仲良くさせてもらってるよ。高校でも同じクラスになったし。」
「うふふ。あれから付き合ったりした?」
「う~ん、なんかそんな雰囲気にならないからな。ホント相変わらずって感じだな。」
「え? そうなの? 空港に行く前日にしっかり話つけたのに。」
「『話つけた』って?」
「あ、ううん。こっちのコト。気にしないで。」
遠ざかって行く二人を、美幸と椎名は茂みから凝視していた。
「香澄ちゃんも知ってるヒトなんだ。」
「中学の同級生かな?」
「あー、君達。何してるのかね?」
すぐ後ろから、作業着を着た職員さんが不思議そうに声を掛けた。
「うわ! あの、ちょっと探し物を・・・」
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