第82話 お金を貢いでいる、です!?

 パーティが解散したあと、エリスはクロノスの街の中をとてとてと歩いていた。

 いつもならばまっすぐ家に帰るところなのだが、今日は虫の居所が悪かった。


 すこし外の風に当たって気分を鎮めよう。

 そう思い、魔道具の灯りが点る街中を当てもなく歩いていた。


「テミスさんはおかしいです。どうしてあの人が、わたしたちのパーティに加入してるです!?」


 ふんす! とエリスが勢いよく息を吐き出した。


 ユートは気づいていないようだったが、テミスは常にユートを挑発していた。

 それが顕著だったのは、魔物の討伐を初めてからだ。


 テミスはEランクの魔物をたちまちに倒してしまった。

 Dランクではあるが、テミスは盾士だ。

 その殲滅力は、通常の盾士に比べてかなり高い。


 はじめは凄いと思ったエリスだったが、その後のテミスの態度で評価を一変させた。

 魔物を倒したあと、どうだと言わんばかりにユートを睨み付けたのだ。


 あれは、攻撃役のユートへの挑発だ。

 それが立て続けに三度行われた。


 ユートに救われたエリスにとって、その態度はとても看過出来ないものだった。


 命の恩人を小馬鹿にするようなテミスの態度に、エリスは怒髪天が突かれる思いだった。

 だがユートは、テミスの挑発の一切を受け流した。


(ユートさんが我慢しているなら、わたしも我慢する、です)


 そう思い怒りを堪えていたが、ダークホビット戦でのテミスのミスで、限界に達した。

 あろうことかテミスは、ユートを挑発するためだけに盾士としての役割を捨てたのだ。

 そのせいで、危うくエリスは魔物から攻撃を受けるところだった。


 幸いにして、ユートが魔物の脅威から守ってくれていたが、もしこれがユートでなければ、エリスは間違いなく攻撃を受けていたに違いない。


 盾士の役割を放棄する盾士など、魔力の無い魔術士に同じ。

 憤ったエリスは、ユートに意見した。


『あんな盾士、見たことないです! あれを紹介したギルドに文句を言うです!!』


 ギルドが保証する盾士だというから、助っ人を頼んだのだ。

 助っ人の依頼には仲介料が発生している。

 おまけに報酬はテミスと頭割りだ。


 その人物が役割を放棄したのだ。

 ノシを付けてギルドに送り返したくなるというものだ。


 だが、優斗はやんわりと首を振った。


『テミスさんは、まだ盾士になったばっかりなんだ。もう少し様子を見てあげようよ』

『でも、テミスさんは冒険者を五年続けてる、です。右も左もわからない素人じゃないです! 幻滅です!』


 声を荒げたエリスに、ユートが口を開いた。


『じゃあ、エリスはきっと、二ヶ月前の僕を見たら幻滅するだろうね』


 そう言ったユートの表情は、とても寂しげだった。

 そんな表情をするものだから、エリスはなにも言えなくなってしまった。

 先ほどまで煮えたぎっていた怒りさえ、完全に鎮火してしまった。


『僕はね、エリス。少し前まで無能だったんだ。クロノス最弱だったし、ゴミ漁りなんて呼ばれてた。10年間、僕は一切成長しなかった。この一ヶ月くらいで、やっと成長出来るようになったんだ。

 人はみんな、ゼロから始まるんだよ。そこから少しずつ、経験を積み重ねて大きくなっていく。最初から完成された人なんていないんだ。

 そして人は、いつ芽が出るかわからない。今日かもしれないし、明日かもしれない。はたまた、一年後か、僕みたいに十年後かもしれない。それは人によってまったく違うんだ。

 だからね、エリス。もう少しだけ様子を見てあげよう。ねっ?』

『…………わかった、です』


 そうやってエリスは、ユートの優しい声色に諭された。

 反面、また同じことがあったら本人に直接文句を言ってやろうという気持ちは残っていた。


 だがそこからのテミスは、エリスの目からもわかるほど、一皮剥けた。

 盾士として、完璧に立ち回っていたのだ。


 こうなると、もう文句は言えない。


 テミスがまともに盾士として立ち回れるようになって、パーティの安全が確保された。

 ユートにとって、パーティにとって、満足の行く結果である。

 だがエリスの胸の中で、よくわからない感情がくすぶって消えなかった。


「あの動きが出来るなら、初めからどうしてやらなかった、です……」


 頬を膨らませながら、エリスはぷすぷすと息を吐く。

 その時、エリスは見慣れた後ろ姿を発見した。


「ユートさん?」


 気がつくと、途端に丸まった背筋がしゃんと伸びた。

 陰鬱だった表情を一転させて、笑顔を作る。


 ユートはエリスに気がつくことなく、南門方面に向かって歩いていた。

 歩く速度がかなり速い。

 まるで誰かを待たせているかのような足取りだ。


「……怪しい、です」


 そう呟いたエリスは、早足で歩くユートの後ろを、駆け足で追った。


 しばらく進むと、ユートはある門の中に入っていった。

 その門に身を隠し、エリスはそっと中を覗き見る。


 門の中には、平屋ではあるが大きめの建物が建っていた。

 その建物は、決して綺麗とは言いがたい。建築されてからかなりの年月が経っているだろう。壁は汚れ、苔むし、所々ツタが伸びている。


 その建物の前に、ユートが居た。

 それともう一人。

 美麗な女性がユートの前に佇んでいた。


「――ッ!?」


 口から声が漏れそうになり、エリスは慌てて自らの口を両手で塞いだ。


 女性はこの家に住んでいる者か。建物と同じように、年季の入った衣服を身に纏っている。

 しかしその佇まいは凜としていて、まるで貴族の使用人であるかのようだ。

 美麗な顔と相まって、みすぼらしい衣服がまるで気にならない。


「…………です」

「でも……こんなに……」


 エリスの場所からでは、二人の話し声がうまく聞こえなかった。

 エリスは耳に意識を集中する。

 すると、二人の会話が少しだけはっきりと届くようになった。


「稼ぎ…………貰ってください」


 そう言って、ユートが懐から麻袋を取り出した。

 麻袋を渡すと、女性が目を見開いた。


「こんなに……。いつも……とうございます」

「――ッッ!?」


(間違いないです。これは……ユートさんが、紐にされてるです!!)


 一連の流れから、エリスはユートがあの女性に、自らの稼ぎを手渡しているのだと理解した。


 ユートに資金的余裕がないことは、エリスは重々承知している。

 にも拘わらず、なけなしの蓄えを渡してしまっている。


 あの女性に騙されているのか、それともそれほど惚れ込んでいるのか……。


(こ-してはいられないです!!)


 真っ青になったエリスは慌てふためき、ある店に向かって駆けだしたのだった。

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