第72話 レアドロップ!

 三十メートルはあった間合いが、たった三歩でゼロになる。

 優斗は刀に力を込め、上体を捻る。


 左足を軸にして、回転。

 接近した勢いを乗せ、優斗は刀を振るう。


「――ふっ!!」


 優斗の攻撃が、グリズリーの体を切り裂く。

 しかし、浅い。

 僅かに回避されてしまった。


 判断力が良い。

 普通の魔物と違う。


(これが、インスタαのボスか)


 通常のCランクの魔物ならば、いまの一撃で終了していた。

 このデッドグリズリーは、ダンジョンに強化されている可能性がある。

 その可能性を頭に入れて、優斗は刀を切り返す。


 通常のCランクではなく、Bランクの魔物と対峙するイメージで、斬る。

 これも、間一髪躱される。


 しかし、優斗は動揺しない。

 相手がBランクならば、回避しても不思議ではないからだ。


 さらに一撃。

 優斗の刃がグリズリーの顔面に迫る。

 これを、グリズリーは首を反らして回避した。

 瞬間、


「今ッ!!」

「おう!!」


 優斗の声とともに、気配を消して忍び寄ったダナンが、グリズリー目がけて針を飛ばした。

 その針は、狙い違わずグリズリーの眼球に、深々と突き刺さった。


「グアァァァァアア!!」


 その激痛に、グリズリーが大声を上げた。

 すぐに自らを攻撃したダナンを探す。

 その目は、怒りに燃えていた。


 ダナンは見付かり次第、苛烈な攻撃を受けるだろう。

 しかし、


「ライトニング――」


 グリズリーの懐深くには既に、優斗が潜り込んでいる。

 相手に反撃を許す間は与えない。

 優斗は刀を振り抜いた。


「――スラッシュ!」


 優斗が生み出した電撃の刃は、あっさりとグリズリーの胴体を切断したのだった。


 真っ二つになったグリズリーが、どしゃっと音を立てて地面に落下した。

 そのグリズリーの赤い瞳から生気が抜けるのをしっかり確認し、優斗は残心を解いた。


「……ふぅ」


 死亡したグリズリーが、ずぶずぶとダンジョンに飲まれていく。

 グリズリーの死体と入れ替わるように、二つのアイテムがダンジョンから排出された。


「お疲れ、ユート」

「お疲れ様です」


 ダナンが付き出した拳に、優斗は自らの拳をコツンとぶつけた。

 遠くからエリスがぱたたっ! と足音を立てながら駆け寄ってきた。


「むぅ、出遅れた、です」

「エリスもお疲れ様」

「お疲れ様、です」


 戦闘が終わったというのに、エリスがションボリと肩を落とした。


「ちょっと苦戦したな」

「はい。普通のCランクの魔物とは思えませんでした。もしかしたら、このインスタ用に強化されてたのかもしれません」

「そんな話聞いたことねぇけど、新しいダンジョンだしな。絶対にあり得なくはないか」

「ユートさんユートさん、ドロップが二つあるです!」

「えっ」


 エリスに言われ、優斗は足下に目をやった。

 ボスが消えていった場所には大きな魔石と、一対のブーツ。それに2つのアイテムがドロップしていた。


 ダンジョンではこれまで、魔物を倒しても魔石しか排出されなかった。

 そのため、魔石しかドロップしないダンジョンなのだと優斗は勝手に想像していた。


 しかし、ここへ来て魔石以外のアイテムのドロップだ。

 優斗はワクワクしながら、一対のブーツを手に取った。


「これは……なんだろう? すごく良さそうなブーツだけど」

「ダンジョンドロップ装備だから、かなり良いアイテムだと思うぞ」

「ですです! きっと良い装備です!」


 優斗らが口にしているのは、あくまで経験則だ。

 ブーツを見て性能を判断出来るような、装備への造詣はない。


「マリーに見て貰うのが一番かな」

「だな。まあ、性能はさておき、ユート。それはお前が使え」

「えっ、いやいや。これは皆で手に入れたものじゃないですか。まず売った場合の値段を確認してから――」

「そんなケチくせぇことしなくていいぜ。な? エリス」

「はい、です」


 ダナンの言葉に、エリスが深々と頷いた。


 通常パーティで入手したアイテムは山分けだ。

 魔石ならばお金に換えて、山分けする。


 今回のように装備がドロップした場合は、お店にアイテムを売るか、パーティの誰かが市場価格で買い取るのが一般的なルールである。


 優斗もそれを提案したのだが、あえなく却下されてしまった。


「第一、ユートはもう少しまともな装備を調えろ」

「ですです。ユートさんの靴、ボロボロです。靴が可哀想です」


 二人に指摘された通り、優斗の靴はかなり摩耗していた。

 足の成長が止まってから、優斗は性能度外視で耐久力が最も優れている靴を購入した。


 一般的な冒険者の靴は、すぐにボロボロになってしまう。

 人並み外れた膂力を誇る冒険者の足下には、それだけ強い力が加わるためだ。


 破損する度に靴を買い換えていては、優斗はすぐに破産してしまう。

 そのため、優斗は耐久力重視で靴を購入したのだ。


 まだ壊れてはいないが、確かに二人が言うようにボロボロである。


「でも、ダナンさんもこの靴、装備出来そうですけど」

「装備は出来るが、その靴は駄目だな。音が出る」


 そう言って、ダナンは首を振った。


 靴は防具と同じように、役割によって作りや材質が異なってくる。

 ダナンは斥候だ。その役割上、足音がなりやすい靴を履いては危険な場合がある。


 そのため靴は、裏底が柔らかい革で出来ている。

 これにより、歩行音がかなり低減されるのだ。


 対してドロップした靴は、底が非常に硬い。

 また金属のプレートも付いているため、ダナンが指摘した通り音が鳴りやすい。


「……でも」

「ユートの装備が安定すると、俺らは安全になるんだ。俺らのためだと思って、貰ってくれ」

「ですです!」


 二人の強い押しに根負けし、優斗はドロップした靴をインベントリに収納した。

 いまはまだダンジョンの中だ。

 靴を履き替えるのは、ダンジョンを出てからの方が良い。


「そんじゃあ、あとはダンジョンの方だな」

「ですね。これで終わりだと良いんですけど」


 そう言いながら、辺りを見回したときだった。

 優斗の目が、風景の中に奇妙な異変を捉えた。

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