第71話 インスタンスダンジョンα4

 新たな魔物が現われる気配を感じない。


「…………ふぅ」


 優斗は熱い息を吐き出しながら、ゆっくりと刀を鞘に収めた。


「ダナンさん、後続はありますか?」

「……ないな。なんも感じねぇ」

「そうですか」


 優斗がほっと安堵の息を吐いた。

 その横で、エリスがぺたんと腰を落とした。


「はふぅ……疲れた、です」

「お疲れ様、エリス。でも、まだなにかあるかもしれないから、油断はしないでね」

「はい、です」


 優斗は警戒しながら辺りを見回した。

 倒された魔物のドロップが、優斗らの周りにキラキラと輝いている。


 まるで、魔石箱をひっくり返したような状況だ。

 それだけ大量の魔物を、魔石回収の間もなく倒し続けたのだ。


 優斗はエリスとダナンを休憩させ、魔石の回収を行う。

 魔石は全部で142個になった。


 魔物を一体倒すと魔石が一つドロップするため、優斗は142体の魔物を倒した計算になる。

 たった1時間で142体だ。


 優斗がダンジョンで魔物100体を倒す場合、最低でも二時間はかかっている。

 その狩りと比べて、今回は約三倍もの速度で魔物を倒し続けたということになる。


「パーティ攻略でないとダメなのは、だからか……」


 一時間のうちに約百五十体の魔物を倒すとなると、ソロでは到底不可能だ。


 もし一方向から魔物が現れ続けるなら、ソロ攻略も可能だ。

 しかしここでは、様々な方向から次々と魔物が現われた。


 ソロ攻略出来る冒険者はいるかもしれないが、少なくとも優斗には出来そうにない。


「本当は、もっと沢山の冒険者でクリアするダンジョンなのかもしれないなあ」


 現状のレベルだと、優斗は三人では少なすぎるように感じた。

 六人なら、安定してクリア出来るだろう。


 あるいは、盾士がいるだけでも安定する可能性がある。

 盾士は魔物の視線を引きつけるスキルを持っている。

 このスキルがあれば、開けた場所での戦闘でも後衛を守る事が出来る。


 また遠距離攻撃が出来る冒険者も、優斗は欲しいと感じた。


「盾士と遠距離職、必要かなあ」


 現在はいずれも優斗が両者を担当している。

 しかし、優斗は盾士でも魔術士でもない。

 優斗がどれほどレベルを上げても、その職ならではのスキルを持った一流には及ばない。


 この先を考えると、人員追加が必要だ。


 優斗が魔石を回収し終えた時、突然ダナンががばっと立ち上がった。

 尋常ならざる気配に、優斗は咄嗟に刀に手を置いた。


「どうしました?」

「……来る!」


 何が来るかは、考えなくてもわかる。

 ――魔物だ。


「方角は?」

「あっちだ!」

「エリス!」

「は、はいです!」


 エリスに警戒を促して、優斗はダナンが指し示した方向に向き直る。


 向き直った先、百メートルの地点に、優斗は黒い塊を発見した。


「……デッドグリズリー」


 それは、Cランク上位の魔物デッドグリズリーだった。

 体長三メートルほどの体躯は、黒い毛で覆われている。

 燃えるような赤い瞳が、ぎろりと優斗らを睨めつけた。


(一体、いつの間に……)


 優斗はここまで、警戒を怠っていない。

 いつ魔物が出現しても良いように、気配察知に集中していた。


 だが、デッドグリズリーの気配を見落とした。

 まるで〝突如として湧いて出たような〟出現だった。


(……いや、もしかしたら、本当に湧いて出たのかも?)


 優斗らはこの平原にいる魔物をすべて倒した。

 それがきっかけとなって、このグリズリー――インスタンスダンジョンαのボスが出現したのではないか? と優斗は考えた。


 すぐに現われなかったのは、連戦で疲れた冒険者への配慮か。

 ダンジョンが冒険者に配慮するなど、優斗には考えられなかったが……。


 いずれにせよ、デッドグリズリーが出現した。

 優斗は刀をすらりと抜いて、ゆっくりとグリズリーに歩み寄る。


「ダナンさんは遊撃。エリスは近づきすぎないように、なるべくギリギリまで離れて」

「了解!」

「はい、です!」


 指示を出して、優斗は一気にグリズリーに駆け寄った。

 一定範囲内に入ったところで、グリズリーが動いた。

 優斗に向かって、猛スピードで走り寄る。


 それを見て、優斗は足を止めた。

 左足を後ろに引き、刀に力を込める。


(接触と同時に、斬る!)


 そんな優斗の考えを見透かしたか。

 グリズリーが急停止し、頭を軽く反らして口を開いた。


「――げっ!!」


 グリズリーの行動に、優斗は慌てて態勢を変更。

 サイドステップでその場を離れた。

 次の瞬間、


 ――ゴウッ!!


 優斗の真横を、真っ赤な炎が通り過ぎた。

 もし少しでも回避が遅れていれば、いまごろ優斗は丸焦げになっていたに違いない。

 優斗の背中を、冷たい汗が流れ落ちる。


 デッドグリズリーは、ファイアブレスを使う魔物として有名だ。

 その威力は、11階に出現するブラックハウンドの比ではない。

 生半可な装備では、大やけどは免れない。


 ブレスを回避して、優斗は即座にグリズリーへと駆けだした。

 それを見たグリズリーが、優斗とは別の方向に頭を向けた。


 優斗を回避して、エリスかダナンのいずれかを先に攻撃しようとしているのだ。


(させるか!)


「ライトニング!!」


 ――ダァァァァン!!

 優斗のライトニングが、狙い違わずグリズリーを直撃する。


 優斗が持つ、唯一の遠距離攻撃だったが、グリズリーはなんの痛痒もない。

 またスタンすることもなかった。


「……くっ!」


 優斗のライトニングで、魔物がスタンさえしないのは初めてだった。

 これは相手の魔術防御が高いためではない。

 優斗のライトニングが、弱まったせいだ。


 優斗が剣士に就いたことで、魔術系のスキルに軒並みマイナス補正が付いた。

 プラス補正はスキルのレベルを一回り近く強化した。

 対してマイナス補正は、一回り近く弱化させたのだ。


(魔術はダメだ)


 優斗は頭を切り替え、身体強化を増幅する。

 身体強化と自らの膂力で、力いっぱいグリズリーに接近した。

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