第69話 インスタンスダンジョンα2

 インスタンスダンジョンαの扉は、神殿横にある元池の中にあった。

 つい先日まで水が張っていた池は、すっかり空っぽになってしまっている。


 その池の側面に、人が三人並んで通れるほどの穴が空いている。

 この穴の中に、扉があるのだ。


 池が干上がったことで、これまで氾濫を怖れて近づかなかった屋台商たちが、元池の縁に軒を連ねていた。

 中には魔石商も店を構えており、ダンジョンから戻ってくる冒険者を虎視眈々と狙っていた。


 しかし、それら屋台商を抑えるように、池のど真ん中にギルドが簡易買取所を設置していた。

 簡易とは言え、まるで商人を寄せ付けない設備の充実ぶりである。


 冒険者ギルドは魔石や素材の仲買を行っている。

 冒険者から買い付けて、商人に販売するのだ。


 このようにギルドが冒険者と商人の間に必ず入るのは、価格の不当なつり上げを防いだり、各商人への供給を安定させるためである。


 それともう一つ、信用の問題もある。


 商人と直接取引を行えば、(間にギルドが入らないため)ギルドの買取価格よりも高い値段で買い取ってくれる。


 しかしながら、良い面だけあるわけではない。

 直接取引を行う商人にも、善人と悪人がいる。


 悪人に当たった場合、買取額を誤魔化されたり、鑑定に出した素材や魔石の品質が一段階下げられることもある。


 そのように、冒険者が不当にしぼりとられる事案を防ぐためにも、冒険者ギルドが間に入っているのだ。


 とはいえ、ダンジョン素材を占有され続けている商人として、この状態は面白くない。

 なので、隙あらばこうして、ダンジョン素材の売買に一枚噛もうと試みるのだ。


 優斗らは客引きに熱を上げる露店を眺めながら、扉がある穴の中に入っていく。

 穴の中には、すでに魔石灯が設置されていた。


 魔石灯は、魔石を用いて光を放つ一般的な魔道具だ。

 灯りを頼りに奥へと進んでいくと、優斗らは一際大きな空間にたどり着いた。


「おお……」

「すげぇな、こりゃ」

「すごい、です」


 広い空間には、扉が三つ並んでいた。

 扉は生成の間のものと比べて、1枚あたりのサイズが倍以上はあった。

 扉の上部に、それぞれ一つずつ文字が書かれている。

 α・β・γだ。


 優斗が手にしている鍵にはαの文字が刻まれている。

 この鍵の対となるのは、αと書かれた扉である。


 初めてのインスタンスダンジョンに胸を高鳴らせながら、優斗は仲間に視線を向けた。


「それじゃあ、準備は良い?」

「ああ」

「はい、です」


 各、顔に緊張を浮かべながら頷いた。

 優斗は鍵を取り出し、扉に差し込む。

 すると、巨大な扉が音もなく解放された。


 優斗の胸の高鳴りが、より一層激しさを増す。

 開かれた扉の向こうには――、


「……あ、あれ?」


 ――なにもなかった。

 なにもない部屋が広がっていた。


 優斗の部屋の十倍はあろうかという広さだが、ダンジョンというには狭すぎる。

 扉の外側から眺めている限り、他に通じる道はない。別の扉もない。


「……なんだろう、この部屋」

「と、とりあえず入ってみるか?」

「ですね」


 優斗を先頭にして、三人がインスタンスダンジョンαに踏み込んだ。

 優斗はじっくり広い部屋を見回す。

 しかし、ここから他のどこかに繋がる道も、扉もない。


「ええと……どうするんだろう、これ」

「これまでのインスタと違うって、こういう意味なのか?」


 ダナンの言葉に、優斗は「なるほど」と思った。

 優斗らが買い取った情報の中に『これまでのインスタンスダンジョンとは決定的に作りが違う』というものがあった。


 たしかに、これまでとは違う。

 だから、ここからどうなるのかが、まるで予測出来ない。


(まさかこの狭い室内に魔物がポップするのかな?)


「みんな、どこから魔物が出現しても良いように気をつけて」

「おう」

「はい、です」


 まさかとは思ったが、念のため優斗は二人に注意を促した。


 緊張感が高まっていく中、開かれていた扉がゆっくりと閉ざされた。

 と同時に、室内が暗転した。


「「「――ッ!?」」」


 三人が、同時に息を飲む。

 暗転していたのは、ほんの1秒にも満たなかった。

 すぐに頭上から光が差し込む。


 光の強さに、優斗は反射的に目を瞑る。


(なんだ、なにが起こった!?)


 気配察知に神経を集中させながら、優斗はゆっくりと瞼を開く。

 すると、


「……えっ?」


 優斗の目の前に、広々とした草原が広がっていた。


 優斗らが立っている場所が、室内から草原に早変わりしていた。

 草原の向こう側には、森が広がっている。

 森の奥には青々とした山脈が連なっていた。


 優斗は目を瞬かせて、何度も風景を確認する。

 だが、何度瞬きをしても目の前の光景は変わらない。


「なんだ……これ?」

「うわぁ……!」

「こりゃ、驚いた」


 優斗が目の前の光景に呆然としていると、光に目が慣れたエリスとダナンがそれぞれ声を上げた。

 エリスは景色に感動したのか、目を輝かせている。

 ダナンは優斗と同じように呆気にとられている。


「もしかするとさっきの部屋は、転送部屋と同じ仕組みだったのかもしれませんね」

「ああ、なるほどな。部屋が閉ざされると同時に、ここに飛ばされたと。……で、ここはダンジョンでいいんだよな?」

「ダンジョン、だとは思いますけど……」


 優斗はそこで一旦言葉を切り、全体を見回した。


「ダンジョンにはまったく見えませんね」


『これまでのインスタンスダンジョンとは決定的に作りが違う』

 その情報の意味を、優斗はようやく実感したのだった。


「で、ここからどうすりゃいいんだろうな」

「……そう、ですね」


 ここは、前に進んでボスを倒せば終わりというこれまでのダンジョンとは違う。

 これからどこに進めば良いか、どうすればダンジョンをクリア出来るかが、優斗にはさっぱり見当が付かなかった。


「やっぱり、五万ガルドの情報も購入すれば良かったですね」

「今更だがな」


 優斗はαダンジョンが、これまでと同じ方法でクリア出来るものと想像していたため、追加情報を購入しなかった。


 だが、ここは新しいインスタンスダンジョンだ。

 なにが起こるかわからないため、優斗らは金に糸目を付けずに購入しておくべきだった。


 とはいえ、今更後悔しても遅い。

 優斗は気持ちを切り替える。


「神殿にあるインスタには、殲滅型もありましたよね。もしかしたら、このインスタαもそれに似ているのかもしれません」

「ああ、なるほど。確かにその可能性もあるな」


 優斗の言葉に、ダナンが深く顎を引いた。


 D以降のインスタンスダンジョンには属性の他に、ボス攻略タイプともう一つ、殲滅タイプのダンジョンがある。


 殲滅タイプは、魔物を全て討伐することでクリア出来るインスタンスダンジョンだ。


 スキルボードを手に入れてから優斗は未だ、殲滅タイプのダンジョンに当たっていない。

 だがこれまで何度か、荷物持ちとして殲滅タイプのダンジョンに当たったことがある。


 その経験から、ここは特定の魔物を倒すタイプではなく、すべての魔物を倒すタイプのダンジョンである可能性が高いと判断した。


「おっ、そう言ってる間に向こうからお出ましだ」


 ダナンが森のある方向に顔を向けた。

 遅れて優斗も気配察知の感覚を伸ばす。

 その方角から、三匹の魔物がこちらに向かう気配を感じた。







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拙作の「劣等人の魔剣使い」漫画版がマガポケにて連載されております。

更新は毎週木曜日。

こちらも合せてご覧くださいませm(_ _)m

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