第68話 インスタンスダンジョンα

「「インスタα(です)!?」」


 翌日、優斗は早速仲間にαの鍵が手に入ったことを打ち明けた。

 手に入った経緯は、宝箱の発見ということにしている。

 他にどう繕っても粗が出そうだったからだ。


「というかユートさん。どうしてあの後またダンジョンに潜ってる、です?」

「あ……えっと……」


 しまった、と思ったがもう遅い。

 エリスとダナンの目が、厳しいものに変化した。


「ユート。少しは自重しろよ」

「わたしを置いて、ダンジョンに潜ったらダメ、です。危ないです!」

「……はい、すみません」


 冒険者は自由だ。絶対にパーティと行動しなければいけないことはない。

 しかし、なにも告げずにダンジョンに潜ったのは不味かった。


 ソロでのダンジョン攻略は、決して悪いことではないのだから、仲間に一言告げるべきだったのだ。

 優斗は素直に頭を下げた。


「それで、αって新しい鍵が宝箱から出て来たのか」

「はい。あっ、それとこれも宝箱から出たんだけど」


 優斗はインベントリからネーレイデスの杖を取り出した。

 杖を見た瞬間、ダナンとエリスの目つきが変わった。


「なんだそれ……すげぇな」

「すごい杖、です。見ただけでわかるです」

「これ、エリスが使えないかなって」


 そう言って、優斗はエリスに杖を差しだした。

 しかしエリスは両手を交差させ、ぶんぶんと首を振る。


「ダメですユートさん。そんなに凄い杖、使えないです!」

「けどこれ、魔力が増幅する機能が付いてるみたいなんだ。エリスが使えば、回復術が楽になると思う。だからエリス、これを使ってみて」

「でも……」

「みんなのためだと思って」


 優斗が懇願すると、しぶしぶといった様子でエリスが杖を受け取った。

 両手で抱きかかえるように杖を構え、エリスが目を瞑る。


「……え、あれ」

「どうしたの?」

「魔力を込めてるけど、増幅はされない、です」

「えっ?」


 エリスの言葉に、優斗は首を傾げる。

 昨日優斗が使った時は、確かに魔力が増幅された。


 しかし言われてみれば、確かに杖の先端についている宝石が輝いていない。

 優斗が魔力を込めた時は、紫色に輝いていたというのに、だ。


「エリス、ちょっと貸して」

「はい、です」


 エリスから杖を返して貰い、優斗は自らの魔力を込める。

 すると、先ほどは沈黙していた宝石が、淡く発光を始めた。


「ふわぁ……綺麗、です」

「すげぇな。どうなってんだ、その宝石」

「たぶん、この光……というか宝石が、魔力の増幅に関係あるんでしょうね」

「この宝石が光らねぇと、魔力が増幅されないってことか」

「おそらく」


 ダナンの言葉に、優斗は顎を引いた。

 しかし、では何故優斗の魔力は宝石を輝かせ、エリスは宝石が輝かないのか、という疑問が残る。


「ユートさん。もしかすると、わたしだからダメなんです」

「そ、そんなことないよ! エリスはちゃんとヒールが使える――」

「違うです。落ち着くです」


 エリスがあわあわと手を振った。


「その杖、攻撃魔術の魔力にだけ反応してるかもしれない、です」

「……攻撃魔術の魔力?」


 優斗は首を傾げる。

 攻撃魔術の魔力は、たしかに存在する。

 魔術を放った時、ファイアボールならファイアボールの気配を感じる。


 だが、今回は魔術を使うわけではなく、魔力を込めただけだ。

 魔力に攻撃や回復などの色はついてないと、優斗は考える。


「本人に攻撃魔術のスキルがあるかどうか、杖が判断してるって可能性か」

「ですです。それを多分、杖は魔力から感じ取ってるです」

「なるほど……」


 ダナンの解説に、優斗はふむうと鼻を鳴らした。

 たしかにその理屈ならば、優斗は宝石を輝かせられ、エリスは輝かせられないことに説明が付く。


「……となると、これは攻撃魔術専用の杖?」

「だろうな」

「ですです」


 判明した事実に、優斗はがくりと肩を落とす。


(これでエリスの武器が手に入ったと思ったのに……)


 エリスは現在も、回復術師にとって一般的な木製の杖を利用している。

 杖としては、決して高いものではない。だから性能もそこそこだ。


 その杖を、良いものに替えてあげられると思っていただけに、優斗の落胆は大きかった。


「ゆ、ユートさん。そんなに落ち込まないで良い、です。わたしの杖は、悪くないです。まだまだ使えるです!」

「……う、うん。そうだね」


 優斗はエリスの杖を新調したかった。

 ただ今回は、それが上手く行かなかっただけ。いずれまた新調する機会はある。

 そう、優斗は自らを納得させるのだった。


「それで、そのαとやらの鍵はどうすんだ?」

「行けるなら行ってみたいと思うんですけど、どうでしょう」

「うーん。これがSランク以上の難易度だったら、俺らにゃ攻略は無理だよな」

「ですね。そのあたりも含めて、なにか情報がないかギルド職員に聞いてみようかと」

「だな。それが良い」


 早速優斗らは、冒険者ギルドへと向かった。

 ギルドに複数ある窓口の中から、情報案内カウンターに向かう。


「お早うございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「実は、インスタαについての情報が欲しいんですが」

「α……ですか。少々お待ちください」


 そう言って、職員はカウンターの下から分厚いファイルを取り出した。

 情報案内の職員は、冒険者に様々な情報を提供する。


 情報は誰でも取得可能だ。

 情報は冒険者の生存率を高めるため、ほとんどの情報に制限は設けられていない。


 ただし、ものによってはガルドを支払う情報もある。

 冒険者が入手して、ギルドと契約を結んだ情報だ。


 それらは情報と引き換えに、情報料を支払わなければならない。

 支払った情報料は、ギルドの取り分を抜いた額がすべて情報提供者に支払われる。


 情報料は、情報を得た冒険者への正当な対価である。


 といっても、ずっと情報料が求められ続けるわけではない。

 時間が経つと値段が徐々に下がり、一定期間の後に無料となる。

 野菜も情報も、鮮度が下がると売れなくなるものなのだ。


 さておき、優斗が尋ねた情報は、情報料が設定されていた。


「1万ガルドですが、いかがいたしますか?」

「……良い?」

「良いと思うぜ」

「です」


 優斗は二人に確認を取り、パーティからの持ち出しで1万ガルドを支払った。


「インスタンスダンジョンαについてですが、現時点で確定している情報は3つです」


 1つ、難易度はCランクのインスタンスダンジョン程度であること。

 2つ、これまでのインスタンスダンジョンとは決定的に作りが違うこと。

 3つ、複数人が入らなければダンジョンが稼働しないこと。


 これが、1万ガルドを支払って得られた情報だった。


「さらに5万ガルドをお支払い頂けましたら、より詳しい情報をお教え出来ますが、如何でしょう?」

「……どうします?」

「いらんな」

「です」


 優斗らは互いに頷き合う。


 優斗たちは全員がCランクの冒険者だ。

 インスタンスダンジョンCに入っても、苦戦することはない程度の実力を備えている。


 インスタンスダンジョンαがC程度の難易度であるなら、それ以上の情報は不要である。

 それが、五万ガルドという情報料を聞いた全員の判断だった。


 優斗らは情報案内カウンターを離れ、歩き出す。


「Cランクのダンジョンなら、十分攻略可能ですね」

「たしかにな。前にインスタCをクリアした時、すげぇ安定してたし。油断さえしなきゃなんとかなるだろ」

「ですです。でも、初めてのダンジョンは少し、怖いです」

「そうだね」


 エリスの素直な意見に、優斗は笑みを浮かべた。


 ダンジョンは恐ろしい場所だ。

 ちょっとしたことで、あっさり命を落としてしまう。


 冒険者として成長していくと、ついついそのことを忘れそうになる。

 エリスの言葉は、そんな優斗の感覚を、一般的(フラツト)に戻してくれるものだった。


 とはいえ、怖れすぎては冒険が出来ない。

 踏み込まなければ、冒険ではない。


 どこまで踏み込むか。

 どこからが危険か。

 それを冷静に判断し、最適な探索を行うのも、冒険者の実力の一つだ。


 優斗は現在、Bランク冒険者の領域に足を踏み入れている。

 レベルはまだまだ足りていないが、スキルだけならばBランクだ。


 事実、優斗はBランクのミスリルゴーレムに、カオススライムまで討伐している。

 出現する魔物すべてがBランクなら話は別だが、インスタンスダンジョンαはCが基準と言っていた。


(パーティじゃないと入れないっていう所は、少し気になるけど……)


 優斗はインスタンスダンジョンαの攻略を決めるのだった。

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