第61話 Cランクに上がれない彼女は……

 優斗は喫驚した。

 ダナンが口にした扉がただの扉でないことは、彼の態度から想像出来た。

 この場合の扉とは――インスタンスダンジョンの入り口だ。


「……なるほど」


 ダナンの情報で、優斗は今回の変化を朧気ながら理解した。

 このような状況が、かなり昔にも発生したことがあるのだ。


「そうなると、扉を含めた今回の一件は、大異変の可能性がありますね」

「大異変、です?」


 大異変を知らないエリスがこてんと首を傾げた。

 それを見て、優斗は小さく頷く。


「僕が冒険者になる前の話なんだけど、大異変が起こったことがあるんだ。いま、生成の間にはEランクからSランクまで、6枚の扉が並んでるでしょ? それが、以前は5枚しかなかったんだ」

「えっ、じゃあ、その頃のインスタはどうなってたです?」

「EランクからAランクまでしかなかった。生成の間に誰もいないタイミングで、突如Sランクの扉が出現したんだ」


 十数年前のある日。生成の間にある5枚の扉が、突如として6枚に増加した。

 その変化に様々な憶測が飛び交ったが、最終的に変化した条件が一つに絞られた。


『冒険者が初めてベースダンジョンの50階を突破した』


 おそらくは、これが扉が増えたきっかけだろうと言われている。

 新しい扉の出現を期に、冒険者ギルドは新たなランクを増設した。


 Aランクを超える最高格、Sランクだ。

 最高峰ということもあり、現時点でもSランク冒険者は5名しか存在しない。


「昔、Aランクのクランが十人以上のパーティを組んでSの扉に挑んだんだけど、誰一人戻ってこなかったっていうことがあったんだ」

「Aランクパーティが全滅……ですか」

「そう。だからSランクの昇格はすごく難易度が高く設定されてるみたい」


 現状Sランクに最も近いと言われている千刃のクラトスですら、Aランクで足踏みをしている。

 それだけSランクは、昇格するのが難しいのだ。


 さておき、それらの一件を後に、ギルドは大異変(アツプデート)と呼ぶようになった。


「それ以前にも大異変に似た現象があったらしいんだけど、僕が生まれるよりもずいぶん昔のことらしい」

「ああー、俺もその話は聞いたことあるな。かなり昔のことだから忘れてたけど、ユートに言われて思い出した」


 今回の一件との共通点は、扉の出現のみだ。

 だが、新しいステータス項目の出現も、大異変によるものだと優斗は考えた。


「神様がどういうつもりかしらねぇけど、未知の出現はワクワクするよな」

「ですね」


 ダナンの言葉に、優斗は強く同意する。

 やはり冒険者たるもの、未知との出会いには興奮するものなのだ。


「それで今日はどうします? 20階を目指そうと思ってたんですけど……」


 優斗はエリスとダナンに尋ねた。

 スキルボードがある以上、優斗にはステータスの鑑定は必要ない。

 しかし、エリスとダナンは違う。

 二人はステータスを、鑑定でしか確認出来ない。


 彼らは目を輝かせながら、同時に口を開いた。


「鑑定してぇ!」

「です!」


 こうして、本日の目的地が決定したのだった。


          ○


 優斗らが列に並んでから、祈りの間に入るまでかなり時間が掛かった。

 神殿から広場に至るまで長蛇の列だったのだ。


 祈りの間に入ったとき、ふと見覚えのある人物を発見した。


「あっ、テミスさんだ……」


 すらりとした長い手足が印象的な、狼人族の女性。孤狼のテミスだ。

 テミスは紙を睨んだまま、じっと立ちすくんでいた。


 普段はひっきりなしに動いている耳も尻尾も、いまだけはどちらも動いていない。


(あまり良い結果じゃなかったのかなあ……)


 優斗が不安げに見つめる。

 その視線に気がついたか、テミスがふと顔を上げて優斗を見た。


「お、お早うございますテミスさん」

「……ッ!!」

「ひっ!?」


 挨拶をした優斗だったが、テミスにキッと睨み付けられた。

 その視線のあまりの強さに、優斗は大きくたじろいだ。


「え……ええと……あっ」


 優斗がなにか言うべきか迷っている間に、テミスが足音を立てながら祈りの間を出て行ってしまった。


「もうっ、なんなんです?」

「ちょいと、虫の居所でも悪かったかねえ」


 そんなテミスの態度に、エリスがむすっと頬を膨らませた。

 対してダナンは苦笑いを浮かべている。

 彼はテミスが、鑑定結果を気にしていたことが判っているのだ。


 優斗はというと、テミスのことが気がかりだった。


(泣いてた?)


 優斗を睨み付けたテミスの瞳が、潤んでいたように見えた。


 彼女はずっと、Cランクを目指していた。

 パーティには所属せず、ソロでの活動を続けてきた。

 一部で『孤狼』と呼ばれているのはそのためだ。


 そんな彼女が、鑑定結果を目にして涙を浮かべるなど、きっとよっぽどな結果が出たに違いない。


(テミスさん、大丈夫かなあ……)


 突如決闘を申し込まれたとはいえ、テミスとは一度共闘もしている。

 かつてはパーティも組んだことがあるため、優斗はテミスのことが心配だった。


(落ち込んでなきゃいいんだけど……)


 そんなことを考えている間に、優斗らに鑑定の順番が回ってきたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る