第58話 忘れられた報酬
カオススライムを討伐したあと、優斗はスライムの中心部に残されていた大きな魔石を回収する。
カオススライムは、ダンジョンの外に出現した。
そのため通常では討伐後にすぐ吸収される死体が、そのまま残ってしまっている。
「うえっ、酷い臭い……」
カオススライムの体液は、まるでドブのような臭だった。
その臭いが、優斗の頭から記憶を引っ張り上げる。
「……もしかしてこのスライム、大きさや強さは違うけど、前に回収した黒いスライムと同じじゃない?」
「ほれみはい、へふ」
臭いが嫌なのか、エリスが鼻を摘まんだまま口を開いた。
言葉は聞き取れないが、優斗に同意していることだけはわかった。
「どうして、こんな所に魔物が発生したんだろう……?」
優斗がクロノスで冒険者になってから、緊急招集が発令されたことは何度もある。
しかし、街の中に魔物が出現したのは初めての経験だった。
「さてなあ。なんでかは知らんが、一つだけわかることがあるぜ」
そう言って、ダナンが顎をしゃくり上げた。
その先には、カオススライムの体液が、今まさに流れ込んでいる水源があった。
「しばらくこの区画じゃ、まともな水は飲めねぇな」
「うわぁぁぁぁああ!!」
その光景を見た優斗が悲鳴を上げた。
この水源は、50ガルドパンを作っているパン屋が使っている。
ドブの臭いがするカオススライムの体液が、これほど流れ込んでしまえば、しばらくは水源の利用は出来ないだろう。
「僕の……50ガルドパンが……」
パン屋が営業を停止する未来が、優斗にはハッキリ見えたのだった。
今後どうやって生活していこうかという思いで頭がいっぱいになりながらも、優斗はギルドに討伐報告を行った。
優斗がカオススライムを倒した頃から、魔物の討伐完了数が増え初め、現在ではほぼ事態は収束に向かっていた。
現在は怪我をした住民がいないか、戦闘に参加しなかった回復術師たちが、街の中を歩き回っている。
優斗はギルドで、カオススライムの報告と合せ、討伐部位として魔石を渡した。
魔石は1つ5万ガルドで買い取ってくれた。
緊急依頼だったため、魔石の買取額にかなり色が付いている。
それと合せて、依頼受諾料の1万ガルドが、それぞれに配られた。
Bランクの魔物を相手に命を賭けた代償としては、かなり少ない額である。
しかし緊急依頼も、街への貢献だ。
報酬が割安なのは仕方がない。
報酬を受け取ったあと、優斗らは神殿を出た。
「テミスさん、今日はありがとうございました」
「別に、オレはなんもしてねぇだろ……」
続けてテミスが「なんも出来なかった」とぽつり呟いた。
しかし、優斗はそんな風にはまったく思っていない。
パーティを結成する場合、メンバーにはそれぞれ役割がある。
魔物を倒すだけが、冒険者の仕事ではない。
魔物を引きつけるのも仕事だし、罠を解除するのも仕事だ。
回復だって、荷物持ちだって、大切な仕事なのだ。
冒険者の仕事に貴賤はない。
優斗はそれを、よくよく理解している。
優斗が10秒欲しいと言ったとき、テミスはなりふり構わず10秒を作ってくれた。
Dランクの冒険者だというのに、遥か格上であるBランクの魔物を相手に、ターゲットを集中させるよう大声を出していた。
これは、普通の冒険者に出来ることではない。
通常なら、相手の攻撃を怖れて声なんて出せなくなる。
――以前、ミスリルゴーレムにすり潰された時の、優斗のように。
優斗はあれがいまだに、夢だったのか現実だったのか、よくわかっていない。
だがたとえどちらであっても、あの状況で優斗は、声さえ出せなかったのだ。
その優斗と比べれば、テミスは強い冒険者である。
凄い冒険者だと、優斗は思っている。
「テミスさんが10秒作ってくれなければ、勝利はあり得ませんでした。テミスさんは、凄いです!」
「……あ、ああ。うん、まあ、なんだ……お前も凄かったぜ」
「…………」
「な、なんだよ?」
困惑するテミスの手を、優斗はがしっと握りしめる。
それを見たダナンが「あーあ、始まった」と呟いた。
「テミスさん、本当に本当に、ありがとうございました!!」
「わっ、おま、なにす――痛てぇよ!!」
優斗がブンブン上下させていると、顔を真っ赤にしたテミスが力任せに手を離した。
「これからもお互い、頑張りましょうね!」
「…………ふんっ!」
鼻を鳴らし、テミスが優斗らから離れて行った。
態度とは裏腹に、彼の尻尾は気持ちよさそうに横に揺れているのだった。
「結局、今日は20万ガルドしか稼げませんでしたね……」
優斗はぽつりと呟いた。
普段の優斗ならば、20万ガルドは怯えるほどの大金である。
しかし、優斗らが目標にしているのは百万ガルドだ。
まだまだ、全然足りなかった。
「〝もう〟20万ガルドだろ? このままのペースなら一週間で達成出来る速度だぞ」
「けど、出来るだけ早くタクム君を治療して上げたいなって思って……」
タクムは毎夜、魔力病による熱にうなされる。
毎日毎日、苦しんでいるのだ。
なるべくなら、早く救ってあげたかった。
ダナンがしばし己の手を見つめ、決意するように顔を上げた。
「……よし、決めた。このグローブを売る。きっとこれを売れば、多少は治療の足しになるだろ」
「えっ!? いや、それはダメですよ! だってそのグローブ、ダナンさんの大切な武器なんですよね?」
「いいんだユート。これを売れば、簡単に百万ガルドに届くって、わかっちゃいたんだ。けど、レアアイテムだし、冒険者として活動する上で必要だったから、使い続けてた」
「それを売ったら……。もしかしてダナンさん、冒険者を辞めちゃうんですか……?」
己の武器を売るということは、一部の冒険者にとっては『引退』を意味している。
優斗は恐る恐る、ダナンに尋ねた。
「……いや、それは、わからん。だが、所詮武器を失う程度だ。手足がもがれるわけじゃねぇ。戻ろうと思えば、いつだって戻れるさ」
「そう、ですか……」
ダナンは信用出来る。
正式なパーティメンバーに加えたい。
そう思っていただけに、優斗は落胆する。
「そ、それなら僕も出します! 少しでも目標に届くように!!」
「いや、さすがにそれはダメだ!」
「いいんです! 僕にも手伝わせてください!」
優斗はインベントリから、アイテムを取り出した。
それは以前、『攻撃を100回受けるor躱せ』のクエストをクリアした際に、報酬として手に入れたアイテムだった。
このアイテムを使えば、間違いなく百万ガルドに手が届く。
「…………ん? お、お前……それって……」
「はい、ネクタールです」
ネクタールは体の切断までもたちどころに治癒してしまえるほどの、最上級回復薬だ。
これを店頭で購入しようと思えば、百万ガルドは下らない商品だ。
このアイテムを、優斗はいざという時のためにインベントリに収納していた。
万が一優斗やエリスが大けがをした際に、命をつなぎ止めるために。
だが、ダナンが自ら愛用する武器を手放すと聞いて、優斗も踏ん切りが付いた。
保険にしていたこのアイテムを売り払って、タクムの治療を行うのだ!
「さあダナンさん。これを売って、タクム君を治療しましょう!」
「そ、そ、そ、そ……」
「…………そ?」
ダナンがわなわなと唇を震わせた。
どうしたのだろう?
彼の突然の変化に、優斗は首を傾げる。
「それが欲しかったんだよ!!」
「…………へっ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます