第40話 空回る思い
優斗は、決闘の参加については既に諦めている。
木剣での立ち会いだ。決闘というより、稽古だと思うことにした。
それより気になっているのは、木剣の方だ。
優斗には【急所突き】と【破甲】の特技を持っている。
もしこれで人を殴ったらどうなるかが、さっぱりわからなかった。
相手はDランクの冒険者だ。
さすがに、木剣で殴っても大丈夫だろうという思いはある。
だが、万が一を考えると、気持ちに踏ん切りが付かなかった。
この状態では、まともに戦えない。
まともに立ち会わなければ、優斗が怪我を負う。
エリスの暴走には苦笑いしか出て来ないが、それでも彼女は優斗の、冒険者としての教示を守ってくれたのだ。
大人の冒険者を相手に、エリスなりに戦ってくれたのだ。
だから優斗はこの勝負を、勝利で飾りたかった。
「……そろそろいいか?」
「あ、はい」
テミスに声をかけられ、優斗が前に進む。
一定の距離になったところで、二人の足が止まった。
「……ところで、開始の合図はどうしましょう?」
「あん? それなら、集まった冒険者の中から適当に選べやいいだろ。誰か、合図してくれ!」
テミスが声をかけると、周りの冒険者たちが一斉に手を上げた。
だがそれを押しのけて、一人の冒険者が素早く前に出た。
「俺がやるぜ」
「なっ!?」
「く、クラトスの旦那……」
現われたのは、Aランク冒険者。
千刃のクラトスだった。
○
千刃のクラトスが間に入ったことで、テミスは気合に満ちあふれていた。
この戦いでCランク冒険者をぶちのめせば、もしかしたらクラトスがギルドに口添えをして貰えるかもしれない、と考えたためだ。
無論、可能性は低い。
だが、ゼロではない。
テミスはかれこれ5年間冒険者を続けている。
Dランクに上がったのは、冒険者になって1年後のことだった。
そこから、テミスのランクは一向に上がらなかった。
インスタンスダンジョンには何度も潜った。
強い敵も倒した。
レベルだって、いまは26まで上がっている。
Cランクの基準を超えているのだ。
なのに、ギルドは一向にテミスの昇級を認めてくれなかった。
レベルではダメ、魔物の討伐数でもダメ。インスタンスダンジョンのクリア数でも、ソロでのクリア数でもダメだった。
これ以上、テミスはどうすれば良いのかわからなかった。
最弱として有名なユートに喧嘩をふっかけたのは、そんな折りだった。
『レベル1のあいつが昇級するのに、なんでレベル26の俺は昇級しないんだ!』
『ユートは絶対に、不正をしているはずだ!!』
その思いから、決闘を申し込んだ。
ギルドが認めたCランク冒険者を、ギルドが認めないDランク冒険者が打ち倒す。
そうすれば、きっとギルドは目を覚ますだろうと信じて……。
「んじゃあ、行くぞ」
クラトスが、手を上げる。
途端に、刺すような空気が漂ってきた。
その空気に、テミスの背筋がゾクゾクと震える。
その空気を発しているのは、目の前にいるユートだ。
(……けっ! 雰囲気だけは強そうじゃねぇか。雰囲気だけはなっ!)
テミスは内心悪態を吐き、自らを鼓舞した。
ゆっくりと、静かに呼吸を行う。
テミスは木剣に力を込めて、集中力を高めていく。
クラトスが、おもむろに口を開いた。
「――――合ッ!!」
手が振り下ろされた、次の瞬間。
テミスはユートの肩口に斬り掛かった。
(決まった!)
テミスは確信した。
だが、
「――えっ?」
テミスの攻撃は、優斗に紙一重で躱された。
テミスは僅かに驚いた。
まさか、いまの攻撃が躱されるとはまったく思っていなかったためだ。
これまでの冒険者経験から、いまの攻撃は確実に直撃するタイミングだった。
にも拘わらず、紙一重で躱された。
「ちっ、運の良い野郎だ」
テミスは気を引き締め直し、再び攻撃を行う。
「てあぁっ!」
しかし、次の攻撃もあっさり躱された。
(回避が上手いのか?)
テミスは彼が10年以上、レベルが上がらなかったことを知っている。
テミスはその経験から、彼が回避を学んだのではないかと考えた。
(だったら、絶対に避けられないコースに追い詰めてやる)
大ぶりな攻撃は一旦やめて、テミスは弱い攻撃を繰り返し、ユートを揺さぶっていく。
10回、20回と攻撃を繰返すうちに、テミスは若干の違和感に気がついた。
(変だ。こいつ、一切攻撃して来ねぇぞ?)
これまでテミスは何十回と攻撃を繰返してきた。
だが、ユートは一度も反撃を行っていない。
(なるほどコイツ、攻撃する余裕がねぇんだな?)
反撃を行わないユートを、テミスはそう分析した。
それからテミスは、立て続けに攻撃を重ねる。
振って、突いて、飛び込み、薙ぐ。
何度も何度も、攻撃を繰返す。
しかし、
「はぁ……はぁ……」
テミスの攻撃は、一向に当たる気配がない。
(チクショウ! なんで当たらねぇんだ!!)
やけになって、テミスは大ぶりな攻撃を行う。
しかし、今回もユートはテミスの攻撃を紙一重で躱した。
その攻撃が、力みすぎていた。
テミスはバランスを崩して硬直した。
「やべっ!!」
反撃される。
テミスはユートの攻撃に身構えた。
だが、ユートはテミスをまたもや攻撃しなかった。
「はぁ……はぁ……」
さすがに、テミスはおかしいと感じた。
いまのは絶好のタイミングだった。
テミスがユートだったら、決して見逃さない隙だった。
(なんで、攻撃しねぇんだ?)
ここへきてテミスはやっと、冷静さを取り戻した。
これまでテミスは〝都合良く〟、ユートが回避出来たものだと思っていた。
〝都合良く〟反撃しないものだと思っていた。
だがそんな調子の良い都合が、何度も何度も続くだろうか?
――あり得ない。
「はぁ……はぁ……くっ!」
「……」
自らの思い込みが晴れたテミスは、現実を直視した。
この勝負で、息を上げているのはテミスだけだった。
ユートの呼吸はちっとも乱れていない。
決定的なのは、お互いの立ち位置だ。
テミスはユートを追い詰めるため、様々な角度から斬り掛かった。
なのに、ユートは開始位置から〝一歩も動いていなかった〟。
(そんな、馬鹿な……ッ!!)
反射的にテミスは、口を開いた。
「お前、なんで一発も攻撃してこねぇんだ?」
「それは……」
「オレが〝女だから〟って舐めてんのか!?」
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