第41話 決着。そして……

「オレが〝女だから〟って舐めてんのか!?」

「いえっ、そんな――」

「だったら本気で来いッ!!」


 テミスは手に力を込め、これまで以上に苛烈な攻撃を仕掛けた。


 本気で来いと口にしたのはハッタリだ。

 既にテミスは、ユートの実力を目の当たりにしている。


 だが、決して認められなかった。

 決して認めたくなかった。


 DランクとCランクが、ここまで絶望的に違うものなのだ……と。


 しかしそれ以上に、自らが相手に〝手を抜かれるほどの弱者だ〟という方が、テミスを惨めにさせた。


(オレが全力で積み上げてきたものは、そんなに軽いもんじゃないッ!!)


 テミスは、我武者羅になって攻撃を続けた。

 しかし、テミスの攻撃は、当たらない。


(Cランクになるために頑張ってきたオレの努力を……否定させるもんか!!)


 テミスが連続攻撃を仕掛けていた、その時だった。


「全力で行け!」


 決闘の立ち会いを申し出たクラトスが叫んだ。


 ――全力。

 その言葉に、テミスは奮起した。


 自分の中に残ったありったけを、木剣に込める。


「うわぁぁぁああ!!」


 テミスは、全身全霊を込めて、ユートに攻撃を繰り出した。


          ○


(ど、どうしよう……)


 決闘が始まってからしばらく経過しても、優斗はいまだにどうするか決めかねていた。


 攻撃すれば、相手を壊してしまうのではないか? そんな不安が拭えない。


 優斗がここまで決心が付かないのは、これまで優斗は対人戦の経験がないためだ。


 優斗は誰かに師事した経験はない。

 ずっと、一人で訓練してきた。


 荷物持ちとして参加したパーティで剣士の動きを学び、武具店プルートスの裏庭で、学んだ動きを一人でなぞっていた。


 そのためどうすれば相手を傷付けずに勝利をもぎ取れるのか。その方法の糸口さえ見付からない。


 テミスの大ぶりな攻撃を躱す。

 すると、テミスが大きくバランスを崩した。


 明らかなチャンスだ。

 しかし、優斗は攻められなかった。


(……怖い)


 優斗は、怖かった。

 冒険者としての力は、人間を傷付けるためのものではない。


 ダンジョンを冒険するためのものだ。

 そして人間を、守るためのものだ。


 もちろん、優斗は試合で攻撃することにさえ忌避感があるわけではない。

 攻撃した結果、怪我をさせるのが怖いのだ。


(どうする……!?)


 考えていた、その時だった。


「全力で行け!」


 突如、クラトスが叫んだ。

 反射的に、優斗は目だけでクラトスを見た。


 するとクラトスは優斗にだけわかるように、視線を動かした。


(――なるほど!!)


 彼が言わんとしていることを理解した優斗は、ここへきて初めて木剣に力を込めた。

 瞬間的に、身体強化を意識する。


 すると、爆発的に力がみなぎってきた。

 力を込めた手に、さらなる力が加わった。


「うわぁぁぁああ!!」


 木剣を振り上げ、テミスが優斗に斬り掛かる。

 そのテミスの木剣に、優斗は〝全力〟で重ねた。


「――しっ!」


 優斗の木剣が、テミスの木剣に接触した。

 次の瞬間、


 ――パァァァン!!


【急所突き】と【破甲】が見事に発動した優斗の攻撃が、テミスの木剣を粉砕したのだった。


 木剣を粉砕されたテミスが、愕然とした表情を浮かべ、膝から崩れ落ちた。


 優斗は傷一つついていない木剣を振り、鞘に収める仕草を行った。


「ありがとうございました」


 テミスに向けて、深々と頭を下げる。

 同時に優斗の耳に、喧噪が飛び込んで来た。


 周りで見物していた冒険者達が、一斉に拍手を送っているのだ。


(うわっ、恥ずかしい……!!)


 優斗は自らの体を隠すように背中を丸めた。

 そんな優斗に、クラトスが近づいてきた。


「ユート、テミス。お疲れだったな」

「あっ、クラトスさん。立ち会い、ありがとうございました」

「…………」


 クラトスの声に、テミスは崩れ落ちたまま応えなかった。

 そんなテミスに、どう声をかけたら良いかわからず、優斗は口を開閉する。


「おう、ユート。テメェは後だ」

「えっ?」


 クラトスの言葉の意味がわからず、優斗は首を傾げる。

 そんな優斗に構わず、クラトスがテミスに近づいた。


「テミス。テメェじゃまだ、Cランクに足りないことがわかったな?」

「…………お、オレは、努力してきたんです! Cランクに上がるために、いろいろやってきた!!」

「Cランクに上がるため……? おぅテミス、そら違うだろ」


 クラトスの否定に、テミスがようやく顔を上げた。


「なにが……」

「オレたちは冒険者だ。冒険者にとって一番大切なのは、強くなることだ。強くなった結果、オマケで付いてくるのが冒険者としてのランクアップなんだよ。ランクアップのために戦ってるわけじゃねぇ」

「でも――」

「でもじゃねぇよ。冒険者は実力が全てだ。俺に反論すんなら、まずは強くなれ。コイツよりな。テメェも冒険者なんだろ?」


 クラトスが、親指で優斗を差した。

 差された優斗はきょとんとする。


(えっ、なんで僕?)


 この場でクラトスが最も強い。なのに、クラトス自らではなく、何故自分なのだろうと優斗は首を傾げた。


 そんな優斗を、テミスがキッと睨み付けた。


(ひっ!?)


 テミスが立ち上がって駆けだした。

 だが、すぐに足を止め、僅かに顔を優斗に向けた。


「ユート」

「は、はいっ!」

「さっきは……疑って悪かった。お前は、間違いなくCランクの冒険者だ」


 そう言い残し、テミスは去って行ったのだった。


 テミスの背中が見えなくなった頃、クラトスが優斗に近づいてきた。


「次はテメェだ」

「は、はい!」


 Aランクの冒険者が近くにいる。

 それを意識して、優斗の体が硬くなる。


「なんだ、さっきの戦いは。へなちょこすぎだろ」

「す、すみません……」


 第一線級の冒険者にへなちょこと評され、優斗の心がべっこり凹む。


「対人戦の経験がないのか?」

「……はい」

「だと思ったぜ」


 やはり、クラトスは優斗の経験不足を見抜いてたようだ。

 彼は攻撃に困っていた優斗を見かねて、目で答えを教えてくれたのだ。


「よし、じゃあ……やるか!」

「えっ? やる?」


 困惑する優斗の前で、クラトスがうきうきした様子で腰に下げた剣をすらりと抜いた。

 剣身が、あたかも炎のような色合いの大剣だった。


 それを見た優斗が、ぽつりと呟いた。


「ドリュアスの大剣……」


 クラトスのそれは、Aランクのインスタンスダンジョンでドロップした、最強ランクの魔剣である。


 材質は不明だが、ミスリル以上の強度と粘りを持つ神の武器と言われている。

 決して破損せず、決して切れ味が落ちない。


 それだけでも凄まじい武器だが、さらに特殊な能力を秘めているという。

 ドリュアスの大剣は、冒険者が憧れるダンジョン産最強武具の一つである。


 その切っ先を向けられ、優斗は僅かに息が詰まった。

 ただ大剣が向けられた。それだけなのに、とてつもない威圧感があった。


 その威圧感に恐れを成したか。周りで見物していた野次馬冒険者達が、


「あっいけね、もうこんな時間だー」

「ダンジョンにいかないとー」


 次々とその場を離れて行く。

 その冒険者たちに、優斗も混ざりたかった。

 混ざって逃げ出したかった。


 だが、クラトスの気迫がそれを許してはくれない。


「テメェも剣を抜け」

「えっ!?」

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