第24話 自浄作用

 Cランクダンジョンの扉が閉まったのを確認して、冒険者二人は喉を鳴らした。


 最後の最後に浮かべたエリスの表情は、たまらなかった。

 やっとだ。やっと、仲間を失った恨みを晴らすことが出来た。

 これで、死んでいった仲間も浮かばれるというものだ。


 笑っていた冒険者の肩に、どすんと重みが加わった。


 ――誰だ!?


 折角良い気分だった二人は、至福の余韻を邪魔されて僅かにいきり立つ。

 だがその感情も、すぐに霧散した。


「よぉ。楽しそうだな」

「く、クラトスさん!?」


 現われたのは、千刃のクラトス。

 非常に名高いAランク冒険者だった。


 現在Sランク冒険者は5名しかいない。

 その6人目になる男だと密かな噂になるほど、彼は次々とダンジョンで功績を上げて行っている。


 格上のクラトスに肩を組まれ、冒険者二人は萎縮した。


「お、お早うございます」

「おう。ところで二人とも、暇か?」

「えっ?」

「いま、丁度パーティを募集してるところでよ」

「なっ!!」


 クラトスが口にしたのは、パーティへの勧誘の文言だった。

 Aランク冒険者は、大抵同ランクの仲間とともにダンジョンに潜る。


 外部から仲間を募集することは希だ。

 戦闘時の陣形や呼吸など、すぐに噛み合わないためだ。


 僅かなタイミングのズレが破滅に向かう。

 そのため、気心の知れた仲間以外とはパーティを組まないのだ。


 とはいえ、決して仲間を募集しないわけではない。

 クランメンバーを募集する際や、訳あって仲間を補充する際には、パーティを募集する。


 だが、募集している場面に出会うことは希である。

 なぜなら募集した途端に、すぐにメンバーが集まってしまうためだ。

 冒険者の誰しもが、強い冒険者のパーティに入りたいと思っているのだ。


 このクラトスの申し出は、非常にレアな部類に入る。


(やっと俺らにもツキが回ってきたか!!)


 男たちは歓喜した。


「もちろん、暇です!」

「是非、クラトスさんとパーティを組ませてください!!」

「おう。じゃあ、早速ダンジョンに行こうか」

「「はいっ!!」」


 男たちはクラトスの後ろについて歩く。

 彼はAランクの冒険者だ。

 そのため、生成の間の一番奥から2番目――Aランクの扉に向かっている。


 男たちにとって、Aランクのインスタンスダンジョンも、Aランクのパーティに入るのも、初めての経験だった。


 扉の前には、クラトスの仲間たちが集まっていた。

 皆Aランクの猛者である。


 緊張しながら、男たちは『こんなパーティに入れるなんて、夢見たいだ!』と歓喜した。


「それじゃあ、準備はいいか?」

「「はいっ! 宜しくお願いします」」

「おう。それじゃあ開くぜ」


 そう言うと、クラトスは1つ50万ガルドもするAランクの鍵を、鍵穴に差し込んだ。


 それ1本あれば、男たちは1ヶ月は働かずに遊んで暮らせるだけの収入になる。

 その鍵が、使用によって消えてしまうのを、ゴクリと唾を飲み込んで見守った。


「よぉし。それじゃあ、Aランクのダンジョンに〝行って来い〟」

「「はいっ……はい?」」


 クラトスの言葉が妙だ。

 それに気づいた、次の瞬間だった。

 男たちは、決して抗えぬほどの恐るべき力によって、ダンジョンの中に放り込まれた。


「えっ……えっ!?」

「い、一体なにが……」


 インスタンスダンジョンの中で、男たちは困惑した。

 男たちはこれから、インスタンスダンジョンで、Aランクパーティの雄姿を見守るものだとばかり思っていた。

 その未来を想像して、興奮したものだ。


 だが現在ダンジョンには、男二人しかいない。

 扉の前にはクラトスのパーティメンバーが集まっているが、誰一人中に入ろうという者はいない。


「……じょ、冗談ですよねクラトスさん」

「ま、まさか俺達を見捨てないですよね?」

「俺が伊達や酔狂でこんなことやってると思うのか?」


 クラトスが、待機用のベンチに座って手を組んだ。

 先ほどとは打って変わって、眼光にはCランク冒険者の呼吸を止めるほどの殺意が籠もっていた。


「ゴミ虫みてぇな冒険者を見ると反吐が出る。テメェ、ついさっき自分たちがなにをやったのか、わかってんのか?」

「あ、あれは俺たちのメンバーが、あいつに殺されたからで――」

「――黙れ」


 静かな一言が、男の反論を完全に封じ込めた。


「自分のメンバーが気に食わねぇなら追い出しゃいい。メンバーが法を犯したなら憲兵に言えば良い。ちょっとしたいざこざなら、拳で解決すりゃいい。だがな、クソども。ダンジョンの仕組みを使った報復だけはダメだ。そりゃ、冒険者の御法度だぜ」


 ダンジョンの仕組みを使えば、様々な犯罪が行える。


 たとえば殺人。ダンジョンの中で、誰も見ていないところで人を殺せば、それが殺人であるか魔物による落命かを見極める術がない。


 たとえばインスタンスダンジョン。

 この仕組みを用いれば、彼らのように〝一緒にダンジョンに入る振りをして見捨てる〟ことも可能だ。


 他にも様々な犯罪を、迷宮都市オラクルの法の及ばぬところで行える。

 だが、出来るからといって行えば、いずれその行いは〝全ての冒険者〟に跳ね返る。


 インスタンスダンジョンで、先に入った仲間を見捨てた。

 この事例が広まれば、一体どこの誰が仲間と一緒にダンジョンに入ろうと思うだろう?

 皆、見捨てられることに怯えて、インスタンスダンジョンに入ろうなどとは思わなくなる。


 たった二人の行動が、すべての冒険者の首を絞める結果に繋がる。

 当然、クラトスらにもその火の粉が降りかかる。


 クラトスらが使っている武具は、様々な素材が用いられている。

 たとえばミスリル武具は、ミスリルだけで作られるわけではない。

 ミスリル武具を製作しようとすれば、必ず他の素材が必要になる。


 それの素材はクラトスらではなく、EやDなどのインスタンスダンジョンにチャレンジする、冒険者らが持ち帰っているのだ。


 もし、彼らが仲間の裏切りに怯えて、インスタンスダンジョンにチャレンジしなくなったら?

 素材が出回り難くなるせいで、クラトスは新しい武具が欲しくても購入出来ないという事態に陥ってしまう。


 たった2人の冒険者のせいで、A級冒険者も割を食う結果に繋がるのだ。


「――それを、テメェらはわかっててやってんのか?」


 冒険者の活動は、冒険者同士の暗黙の信頼の上に成り立っている。

 信頼は、積み重ねるのに長い年月を要するが、崩れるのは一瞬だ。


 その信頼を破壊しようとする者がいれば、冒険者として、見過ごす訳にはいかないのだ。


 もし暗黙の信頼を破壊しようとすればどうなるか?

 身を以て体験させることは、冒険者の暗黙の信頼を守る上で、重要な行為だった。

 それが信頼を破壊しようとする者への、抑止力に繋がるためだ。


 Aランクの扉の周りには、クラトスのパーティだけではない。沢山の冒険者が集まっていた。

 誰しもが男たちに向けて、冷たい視線を向けている。


 その視線に、男たちは怯えた。


「お、お願いします。何でもしますから、助けてください!!」

「まだ死にたくないです!!」

「そう言って、テメェらは仲間を救ってやったのか?」


「……」

「……」

「答えは出たな」


 ここに来て、クラトスが笑みを浮かべた。

 もしかして助けてくれるのか?

 僅かに希望を抱いた男たちは、再び絶望にたたき落とされる。


「喜べ。テメェらは50万ガルドの豪華な棺で眠れるんだ」


 自分たちが口にした台詞が、クラトスの口から帰ってきた。

 男たちは、真っ青になりながら懇願する。

 しかし、男たちを救おうという者は、誰一人として現われなかった。


「死にたくなきゃ、頑張って脱出するんだな」


 ――まっ、無理だろうけどな。


 その言葉を最後に、インスタンスダンジョンの扉が閉ざされたのだった。

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