第25話 助ける理由

 Cランクのインスタンスダンジョンは3層からなる。

 既に2層をクリアした優斗は、階段の傍でエリスとともに休憩を取っていた。


「ふぅ。わりと楽に進めて良かったよ」

「ユートさんって、すごく強い、です……」


 革袋に口を付けて給水する優斗の隣で、エリスが目を丸くする。

 彼女はこれまでほとんど、回復術を使っていない。


 出現する魔物は、1層2層ともにオークだった。

 土属性に相応しい、〝硬い〟魔物だ。


 オークは二足歩行のイノシシ型モンスターだ。

 分厚い脂肪に守られているため、オークに致命傷を負わせるためには、かなりの技術力が要求される。


 だが、優斗は武器を新調している。

 上級冒険者が使うものと同じ、ミスリル製の刀である。


 いかに高い防御力を誇るオークであろうと、ミスリルの前には紙も同然だった。

 しかし、優斗は普通に斬って捨てているわけではない。


 少し前に修得したばかりの特技【急所突き】を用いて、急所ばかりを攻撃している。

 戦闘はほぼほぼ一瞬で終了する。


 優斗とオークが接近すると、次の瞬間にはオークの首がコロンと落ちるのだ。


(でも、適当な攻撃では発動しないんだよなあ)


 試しに優斗は、【急所突き】がどこまで通用するかの確認を行った。

 適当に狙っても急所が突けるのかが気になったのだ。


 結果からいえば、適当に狙ったら急所は突けない。

 当然だ。

 もしそれが可能であれば、〝優斗が攻撃する場所すべてが急所になる〟という危険な特技になってしまう。


 それじゃあおちおち凝りのツボも押せやしない。


(体感的に急所狙いの攻撃が、急所に当たりやすくなるって感じだったな)


 たとえば頸椎は、複数の骨が重なって出来ている。

 普通に首を切ると、高確率で首の骨に刃が阻まれる。


【急所突き】は、刃が骨の隙間を通る確率を高める特技だと優斗は感じた。

 優斗の体感では、ほぼ100%骨の隙間を通っている。


 さすがはスキルツリーに連なる特技である。


 そのおかげで、優斗はCランクの魔物を容易く退けられていた。

 無論、筋力や剣術スキルの底上げもかなり効果的だった。


「あの……ユートさん、怪我はしてない……です?」

「大丈夫だよ」

「た、体力は」

「体力も問題ないよ。……もしかして、回復術って、体力も回復出来るの?」

「ですです。わたしはヒールと、スタミナチャージを覚えてる、です」

「へぇ……」


 エリスの回復術を聞いて、優斗は僅かに驚いた。

 てっきり、ヒールしか使えないのだと思っていたためだ。


「な、なので戦闘中に、スタミナチャージを撃つ、です。戦闘が楽になるです!」

「ああ、それはまだ良いよ。出来るだけ魔力は温存しておいて欲しい」


 戦闘を行った初めの頃、優斗がオークと交わる度に、エリスが遠くから優斗目がけてヒールを飛ばしてくるのだ。


 これまで優斗は、何度か回復術師とパーティを組んだことがある。

 しかし、そのような大胆な回復術の使い方は初めてだった。


 普通は、戦闘終了後に傷を見て、直接回復術師がヒールを行うものだ。

 飛ばすタイプのヒールは、直接手を当てて行うものに比べてロスが発生するためだ。


 傷を負っていない優斗に、遠くからヒールを連発するのは、無駄以外の何物でもない。

 そのため、優斗はエリスにヒールの使用を禁止していた。


 そのようなヒールの使い方をすればあっさり魔力欠乏に陥って、いざという時に使えなくなってしまう。


「それじゃあ、3層に降りようか。次が最後だから、頑張ろう!」

「は、はいです!」


 慎重に階段を降りていく。

 その優斗の背中に、エリスが声をかけた。


「ユートさんは、どうしてDランクなのに、Cランクのダンジョンに入った、です?」


 ここに来るまで、優斗はエリスに、自分のランクや生い立ちを軽く説明していた。

 はじめ、最近までEランクだったということを説明したところで、エリスに泣かれてしまった。


『わ、わたしなんかのために……ぶえぇぇぇん!!』


 だが実際に戦っているところを見せると、優斗の戦闘力がわかったからか、エリスが涙を流すことはなかった。


 だがそれでも、時々エリスが不思議そうな目で優斗を見つめてきた。


「うーん。うまく言えないんだけど……」


 初めに尋ねられた時から、考えていた。

 どうして自分はあの時、咄嗟に体が動いたのだろう? と。


「自分がされて嫌なことだったから、かな。あとは――」


 インスタンスダンジョンに足を踏み入れるけど、仲間が誰も入らない。

 そんな状況を、優斗はこれまで想像しなかったことはない。


 だがなんとか、優斗は見捨てられずに生きてきた。


 一度入ったらクリアするまで出られない。

 そのダンジョンに入って、けれど仲間が入ってこない。

 そういう見捨てられ方は、絶対経験したくなかった。


 その上で、こうも感じた。

 ――もしエリスが自分だったら。


「もしエリスが自分だったら、誰かが助けに来てくれたら、絶対嬉しいから」


 優斗の体を咄嗟に動かしたのは、ただその思い一つだった。

 その言葉を聞いたエリスが、ぽーっと優斗の顔を眺めていた。


 そのせいで、エリスがうっかり階段を踏み外した。


「きゃっ!」

「おっと」


 優斗はエリスの体を抱きかかえた。

 エリスの耳が、みるみる赤らんでいく。


「ひゃうっ!! ごごご、ごめんなさいです!!」

「大丈夫?」

「だだだだ、大丈夫でしゅ!」


 舌をガジガジ噛んだエリスを、優斗は覗き見る。

 だが、ぷいっと視線を逸らされてしまった。


(なにか怒らせるようなこと言っちゃったかなあ……)


 優斗は頭を掻きながら、再び階段を降りる。

 エリスは付かず離れず、優斗を追って来た。

 これまでとは違い、どこか借りてきた猫のようになってしまった。


(足、くじいたのかな……)


 優斗は不安に思うが、エリスは普通に歩けている。

 彼女は回復術師だ。自分の怪我くらい自分で治せるだろう。

 優斗は次の戦闘に向けて、気持ちを引き締めなおした。



 3層では、オークソルジャーやオークチーフと、これまでよりのワンランク強い魔物が出現した。


 ソルジャー2体とチーフ1体が優斗に迫る。

 チーフがいるせいか、動きに纏まりがあった。


「ブオォォオ!!」

「おっと……ッ!」


 ソルジャーの攻撃を躱しながら、優斗はすり足で立ち位置を変更。

 徐々に回り込んで、一気にチーフに迫った。


「――ハァッ!!」


 裂帛の声とともに、優斗はチーフの首を落とす。

 チーフが倒れると、ソルジャー2体の動きが目に見えてバラバラになった。


 チャンスとみて、優斗は2体の首も落とす。


「ふぅ……」


 残心を解いて、血振り。

 ゆっくりと刀を鞘に収める。


 モンスターのランクが上がったためか、3匹を倒すのに若干時間がかかるようになった。

 それでもまだ、優斗には余裕があった。


「ユートさん、怪我はありませんか!?」


 てってって、とエリスが優斗に駆け寄った。

 愛くるしい小動物のような動きに、優斗の顔に笑みが浮かぶ。


「ありがとう。大丈夫だよ」

「それにしても、ユートさんは強いです! すごいです! 私のパーティメンバーはここまで……」


 そこまで口にして、エリスがブンブンと首を振る。

 自分を死地に追いやった者を思い出したのだ。

 暗くなったエリスの表情を変えるべく、優斗は話題を変えた。


「……そろそろボス部屋だね。この調子なら、ボスはオークキングかな」

「た、たぶん、そうだと思う、です」


 コクコクとエリスが頷いた。

 オークキングはCランクの魔物だ。

 優斗はおそらく、オークキングは自分と同等かそれ以上の相手だと考えている。


 通常ならば、優斗に分が悪い戦いだ。


 だが、今回はエリスもいる。

 彼女は回復魔術が使える回復術師だ。


 万が一、オークキングから攻撃を貰っても、彼女に治して貰える。

 スタミナだって、彼女は回復出来るのだ。


 長期戦になれば、優斗が圧倒的に有利である。


「よし、じゃあ行こう!」

「はいです」


 倒したオークたちのドロップを回収し、優斗は奥に向かって歩いて行く。


 三層には、小部屋が5つあった。

 そのすべてで、優斗はオークたちを完封する。

 残る部屋は、1つ。

 ボス部屋のみだ。


 ボス部屋の前に到達した優斗は、部屋にいるボスの姿を見て呼吸を止めた。


「……そんなっ」


 隣では、エリスが絶望の表情を浮かべていた。


 ボス部屋には、魔物が一体だけ存在していた。

 その魔物は、オークキングではなかった。


 その魔物は、優斗の刀と同じ材質を持つ――ミスリルゴーレムだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る