第23話 パーティ結成
朝一番に、優斗は生成の間を訪れていた。
今日はEランクのインスタンスダンジョンにチャレンジする予定である。
優斗はインベントリから鍵を取り出し、銅製の扉に向かって歩く。
その時、生成の間に剣呑な雰囲気が漂ってきた。
ダンジョンの中でしか感じない類いの、殺伐とした空気だ。
(朝っぱらから、喧嘩かなあ? やだなあ……)
武器を抜かない程度の喧嘩なら問題ないが、そこに巻き込まれるのは御免である。
優斗は身を小さくして、存在感を消す。
その時だった。
「お願い。助けてください!!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
(あれ? エリスの声だ)
辺りを見回すが、エリスの姿は見当たらない。
だが、一部剣呑な雰囲気を放つ冒険者の姿は見つけた。
(わぁ……殺気ダダ漏れ……喧嘩の最中かなあ)
見て見ぬ振りをしようとした優斗だったが、ふと、心にエリスの声が引っかかった。
殺気を放つ冒険者は、開かれた扉を眺めたまま動かない。
その冒険者を、後ろから回り込むようにして、扉をそっと覗き見る。
そこには、
「――エリス」
エリスがいた。
涙を流しながら、必死に拳を振り上げている。
入り口にある脱出不能の壁を叩いているのだ。
エリスと共にダンジョンに入っている冒険者の姿は、誰もいない。
扉の前には冒険者2名。
冒険者は扉を見たまま動かない。
扉の中にはエリスのみが存在する。
そこから、優斗は恐るべき可能性に思い至った。
解放時間が過ぎた扉がゆっくりと動き出した。
それを見た優斗は、考える前に動いていた。
目の前にいる冒険者二人を飛び越え、今まさに閉ざされようとしている扉の間に、自らの体をねじ込んだ。
「――んあ!」
無理な体勢で押し入ったことで、優斗は体から地面に落下した。
「あだだだ……。ふぅ、危なかったあ!」
なにも考えず全力で扉に体をねじ込んだが、もしどこか体が扉に引っかかっていたら、いまごろ体のどこかが、優斗と泣き別れていたかもしれない。
扉の力は強力だ。
たとえミスリル製の武器であろうと、簡単に切断してしまう。
無理な体勢で侵入したが、体のどこにも異常がなくて、優斗はほっと胸をなで下ろした。
それと同時に、全く別の恐怖がせり上がってきた。
(このインスタ……どのランクだ……?)
エリスが閉じ込められそうになった際、優斗は考えるより先に体が動いていた。
ダンジョンに入った後のことなど、欠片ほども頭になかった。
(どどど、どうしよう! 僕、もしかして相当ピンチなんじゃ……!?)
優斗は冷たい汗をダラダラ垂らしながら、内心慌てふためいていた。
「な、な、な、な、な……」
「……な?」
優斗の横で、エリスがわなわなと震えながら声を発した。
どうしたんだろう? 優斗は首を傾げ、そういえばと手を叩いた。
「挨拶がまだだったね。おはようエリス」
「あっ、お早うございますです。――っじゃ、なーいです!!」
まるでドーンと噴火するかの如く、エリスが足を踏みならした。
「どうしてユートさんが来ちゃった、です!? こ、ここ、ここはインスタCなんです! クリアするまで出られません、です!」
「そうだね」
「なのに、どうして……」
「いやあ、なんか体が動いちゃってさ」
優斗は苦笑を浮かべた。
自分の事ながら、何故いま自分がここに居るのかよくわかっていなかった。
エリスを助けようとか、入ったらクリアするまで出られないとか、ちっとも頭に浮かばなかった。
ただ、気づいたら体が動いていた。
「そんな……」
エリスがへなへなと崩れ落ちた。
涙の跡が残る顔には、絶望が浮かんでいる。
「ここは、Cランクのインスタンスダンジョン、です。二人じゃ、クリアは厳しい、です。おまけにわたしは、回復術師です。戦闘力はない、です」
「うーん。まあ、なるようになるんじゃないかな?」
優斗は、さほど深刻に考えていなかった。
というのも、現在の優斗はメインスキルのレベルが3と、Cランク冒険者と同等だからだ。
決して希望がないわけではないと考えている。
それに――と優斗は思う。
(通路の色が茶色だからなあ。最悪、なにも出来ずに終わるパターンはなさそうだ)
Eランクまでと違い、Dランク以上のインスタンスダンジョンからは、ダンジョン属性が生じる。
火・氷・土・風の4属性だ。
それが、ダンジョン精製ごとにランダムで決定される。
火系ダンジョンなら、火属性を持つ魔物が。氷系ダンジョンなら、氷属性を持つ魔物が現われる。
それらのダンジョン属性は、通路の色で判断出来る。
今回は茶色――土属性のダンジョンだ。
火属性や氷属性、風属性ならば、魔術を使う魔物が出現するため、近接戦闘に特化した優斗では一方的に封殺される可能性があった。
また、遠距離攻撃を行う魔物が現われると、回復術師であるエリスも守りにくくなる。
土属性は一言で言えば、〝硬い魔物〟が出現するだけだ。
優斗としては他の3属性と比べて、まだクリアの可能性が高いダンジョンといえた。
しかし、現実的に優斗らは窮地に立たされている。
優斗が考え得る最悪の状況ではなかった、という程度だ。
(とりあえず、出来ることは全部やっておこう)
優斗はスキルボードを取り出した。
○優斗(18)
○レベル18→19
○スキルポイント:5→8
(おっ、レベルとスキルが上がってる? ……そうか、チェインクエストをクリアしたからか)
以前出現した、『パーティでインスタンスダンジョンに挑戦せよ』が、このタイミングでクリアされたのだ。
少しでもポイントが欲しい優斗にとって、これは願ってもないことだった。
>>スキルポイント:8→0
>>筋力Lv3→Lv4
>>剣術Lv3→Lv4
「これで、少しはマシになったかな」
スキルレベル4は、Cランク冒険者の上位に位置する。
出来ればBランク級となるスキルレベル5まで上げたかったが、残念ながらポイントが足りない。
(ライトニングに5ポイントも振るんじゃなかったなあ……)
その5ポイントがあれば、剣術スキルだけでもレベル5に出来ていた。
あの時の判断が悔やまれる。
念のために、優斗はクエストを確認する。
○チェインクエスト
・パーティでインスタンスダンジョンをクリアせよ NEW
○緊急クエスト
・少女を救え
(いま出来るクエストはないか……)
クエスト一覧には、リピートクエストも存在する。
このダンジョンにはCランクの魔物が出現するので、挑戦することは出来る。
しかし、リピートクエストをクリアするためには魔物が千体必要だ。
インスタンスダンジョンには、千体の魔物は出現しない。
リポップもしないので、どう足掻いてもクリアは不可能だ。
(せめてなにか一つ、いや二つくらい、クエストをクリアしたかったけど……)
新たなベースクエストもないため、ここでこれ以上のレベルアップは望めない。
優斗は一度目を瞑り、精神を集中する。
今日は新たな武器を入手した。
上級冒険者が手にする、最上級武器だ。
そして現在の優斗は、Lv4スキルを持っている。
新たに入手した特技【急所突き】もある。
土タイプのCランクインスタンスダンジョンであろうと、怖れる必要はない。
胸の内にある不安が、優斗によって追い出される。
(ここまで来たら、この力でなんとかやりきるしかない)
精神を集中していると、優斗はふと肩に温もりを感じて瞼を開いた。
「――あっ、回復魔術」
「さ、さっき、転んでた、です。い、痛くない、です?」
回復魔術を使うエリスを見て、優斗は自らが思い違いをしているのに気がついた。
優斗は一人でダンジョンに挑戦しているんじゃない。
――パーティで挑戦しているんだ!
優斗はたったそれだけを意識しただけで、胸の奥にある不安が一瞬にしてかき消えた。
「ありがとう」
「い、いえ、です。わたしの仕事だから、です」
「ううん、それでも。ありがとう」
優斗は胸の内で、感謝の言葉を繰返す。
仲間がいて、仲間がいるとわかって、こんなに心強く思えるとは……。
「よしっ、張り切って行こう。絶対にクリアして、ここから脱出しよう!」
「は、はいです!」
こうして優斗は、遥か格上Cランクのインスタンスダンジョン攻略に向けて、一歩踏み出したのだった。
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