第21話 新しい武器

 翌日。

 眼が覚めるといても立ってもいられない優斗は、まだ日が昇ったばかりだというのに武具店プルートスに訪れていた。


「……ユート、さすがに早すぎるわよ」

「ごめん。今日、自分の剣が出来るって思ったら、じっとしていられなくて……」


 下宿先から店にやってきたばかりのマリーに呆れられ、優斗は苦笑した。


 今日、優斗はミスリルソードを手に入れる。

 それも、クロノスで一番と名高い鍛冶師ダグラが作ったミスリルソードだ。


 ミスリルの武器は、冒険者の憧れだ。

 誰しもがこの武器に憧れ、いつかは手に入れることを目指している。


 その武器が、いよいよ手に入るのだ。

 こんな状況、どのような冒険者であろうと興奮するに決まっている。


「ほんと、しょうがないわねえ」


 マリーが苦笑しながら、店の入り口を開けた。

 優斗が中に入ると、カウンターに置かれた白いものに目がとまった。


 それは、まっさらな生地に包まれた武器だった。

 優斗はカウンターに近づき、その武器をマジマジと眺める。


「おう、やっぱり来たか」

「うわっ!?」


 突如、低い声が聞こえて優斗はぴょこんと飛び上がった。

 優斗に声をかけたのは、ダグラだ。


 作務衣姿のダグラが店の奥から顔を出していた。


「お、お早うございます」

「おう。朝一番に来ると思って用意しといたぜ」

「じゃあ、これが……?」

「テメェの武器だ。確認しろ」


 優斗はゴクリと喉を鳴らし、布に包まれた剣を手に取った。


 ――軽い。


 剣は、非常に軽かった。

 それも、ただ軽いだけではない。

 そのような軟弱な武器でないことは、すぐにわかった。


 重心位置が、完璧なのだ。

 剣の重量そのものは軽めだが、柄を握った時は丁度良い重さになるよう作られている。


 優斗はいよいよ布をほどき、中身を確認する。


「……うわぁ」


 布をほどくと、はっとするほど美しい白と銀の剣身が姿を現わした。


 その剣のサイズと握りは、以前使っていた長剣と全く同じだった。

 だが、剣身の形が違う。


「この剣、曲がってますね。しかも片刃だ」

「テメェの剣に癖が残ってたから、その癖通り作った」


 優斗が9年間使い続けた剣は、片方の刃が極端にすり減っていた。

 またそのせいか、目に見える歪みはないものの、剣そのものに反りが生じていたのだ。


 クロノスでスタンダードなのは両刃の剣だ。

 どちらかの刃が潰れても、裏返せば使い続けられる。


 しかし、優斗は刃を潰すような使い方はしない。

 ならば片刃で十分だ。


 片刃にすることで、反りを加えられる。

 反りを入れると、切れ味が増す。


 そして片刃にすると、剣は軽く出来る。

 軽くなった分、金属を足して強度を高めても、両刃の剣ほど重くならない。


 このミスリルソードは、優斗に最も最適化された武器だった。


「剣ってぇより、刀だな」

「カタナ、ですか?」


 聞いたことがない。

 優斗は首を傾げる。


「世界にゃいろんな武器の形状がある。刀はその一つだ」

「へぇ」


 新しい剣は、カタナ。

 優斗は胸に刻み込む。


「ありがとうございます!!」

「金はきちんと、耳を揃えて払っていけよ」

「はい!」


 剣に感動した優斗は、深々とダグラに頭を下げた。

 引き渡し時の説明が済んだからか、ダグラが奥の工房に戻っていった。


 優斗はすぐさま5万ガルドを支払い、手にした刀をウットリ眺める。

 感動しきりの優斗だったが、しばし刀を眺めていてふと気がついた。


「……あれ、これ、鞘はないの?」

「あるわけないでしょ。これ、数打ち品じゃなくてオーダーなのよ? 剣をオーダーしたら、それに合せて鞘も作るのが当然なんだから」

「……しまった」


 優斗は一転して真っ青になった。

 鞘がなければ持ち運び出来ない。


 インベントリに入れるという手もあるが、それではダンジョンで手間取ってしまう。


 鞘だけの販売もあるが、この形状だ。

 入る鞘が普通に売られているとは、優斗には思えなかった。


「どうしようかなあ……」

「折角だから作っていけば良いじゃない。サービスするわよ」


 サービスといっても、ものはダグラ製である。

 優斗には目が飛び出るような代物に決まっている。


 考え込んだ優斗だったが、悩んだところでお金は湧き出ない。

 お金がないなら、ないなりに工夫するしかない。


「鞘はまた今度かな。Dランク冒険者になったことだしね。沢山お金を稼いだら、また来るよ」

「そう? マリー金融に融資を申し込むことも出来るわよ?」

「でも、お高いのでしょう?」

「うふふ……」


 マリーが怪しげな笑みを浮かべる。

 これは、間違いない。

 気がつけば雪だるま式に借金が膨らんでいるに違いない。


 マリー金融からの勧誘を振り切り、優斗は神殿に向かった。

 ミスリルの刀はインベントリに収納している。


「あっ、そういえば『武器の新調』が完了したな」


 チェインクエストを思い出し、優斗はスキルボードを開いた。


>>レベル17→18

>>スキルポイント:2→5


 すると、レベルやポイントの取得とともに、インベントリにアイテムが出現していた。


「ん、これは……鞘? このタイミングで出現してるってことは、クエストクリアボーナスかな」


 鞘に触れると、確かに『武器の新調クリア特典』と書かれていた。


 早速優斗は刀と一緒に鞘を取り出した。

 鞘は黒いベース色に、煌びやかな文様が描かれている。


 しかし、鞘はかなり大きかった。

 それに直剣タイプである。


「どう見ても合わないな……」


 念のために、優斗は鞘に刀を収めてみた。

 鞘は大剣が入りそうなほど大きいため、刀身すべてが収まった。


 しかし、ブカブカだ。


「うーん。さすがにこれは……おおっ!?」


 ダメだと諦めたその時だった。

 鞘が急速に形状を変化させる。


「おお、ピッタリだ……」


 大きすぎる鞘が、刀がピタリ収まるサイズに変化した。

 元々直剣タイプだったが、しっかり先端が曲がっている。


「そっか。体力の腕輪と同じ、形状変化の刻印が入ってたんだ」


 確かにこれは、『武器の新調』クエストの報酬としてはありがたかった。


 試しに抜いて確かめたかったが、ここは大通り。

 人が沢山行き交っている。

 ここで武器を抜けば騒ぎになって、憲兵がやってきてしまう。


 抜きたい衝動をぐっと堪えて、優斗は剣帯に装着した。


 久しぶりの、ずしりとした感覚が腰に伝わる。

 冒険者として、身が引き締まる感覚だ。


「よぉし、今日は心ゆくまでダンジョンで狩るぞ!」


 問題があっさり解決した。

 優斗は軽くなった心を弾ませて、神殿に向かうのだった。

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