第20話 魔術の強化

「もしかして、魔術にも適応されるのかな?」


 優斗は、少し気になった。

 その疑問を解消出来るチャンスが、現在目の前にある。


 ――5Fのボスだ。


 通常モンスターは、急所突きに拘わらず1撃必殺だ。

 だが、ボスモンスターは体力値が高い。


 ボスが相手ならば、魔術にも急所突きが適応されるかどうかが確認出来る可能性がある。


「よしっ、そうと決まればボスを魔術で攻撃してみるか!」


 優斗は早速、ボス戦に向けて準備を整える。


 木剣は、基本的に使わない。

 ゴブリンキングはEランク最上位の魔物だ。

 急所突きを行っても破損してしまいそうだ。


 そのため、基本的には魔術のみで攻撃を行うことになる。


「でも、魔力ポーションがないのに、魔術だけで戦うのは怖いよなあ……」


 ボス部屋に入ると、インスタンスダンジョンのように、ボスを倒すまで部屋から出られない。


 現在の優斗はゴブリンキングに遅れを取ることはない。

 しかし、それはあくまで鉄製の武器を持っているときに限られる。


 手持ちの武器は木剣のみ。

 攻撃は魔術だけ。

 その魔術も、数回使えば放てなくなる。


 以前、優斗はEランクのインスタンスダンジョンで、コボルドキングと対峙した。

 コボルドキングは、ゴブリンキングと同じEランク最上位の魔物である。


 そのコボルドキングを、優斗はライトニング1発で仕留め切れなかった。

 ゴブリンキングも、ライトニング1発で仕留め切れない可能性が非常に高い。


「うーん。魔術で倒しきれないのが、一番怖いよなあ……」


 しばし悩んで、優斗はスキルポイントを割り振った。


>>スキルポイント:7→2

>><ライトニングLv1→Lv2>


 初めて、魔術のレベルを上昇させた。

 1振り5ポイントといえば、剣術レベル5に出来るだけのポイントである。

 かなり大きい。


 だが、ゴブリンキングを倒せない未来よりはマシだ。


 準備が整った。

 優斗はスキルボードを消して、ボス部屋の扉に手を掛けた。


 ボス部屋は、一片が10メートルほどの四角い広間だった。


 優斗は心を落ち着けて、ゆっくりと前に歩みを進める。


 部屋の奥に、ゴブリンキングが待ち構えていた。

 そのゴブリンキングが動き出す――その前に、


「ライトニング!!」


 先手必勝。

 優斗は魔術を撃ち放った。


 瞬間、明滅。

 ――ッダァァァァンン!!


 優斗が放ったライトニングは、これまでとはまるで様子が違った。

 これまでより二回りほど太くなった閃光が、ゴブリンキングを襲った。


 魔術を放たれたゴブリンキングは、


 ――ッパァァァン!!


 粉々に砕け散ってしまったのだった。


「あ、あれぇ……」


 ギギィ……と、ゴブリンキングの後ろにある扉が開かれた。

 ボスを倒すと解放される、ダンジョンの奥に通じる扉だ。


 ゴブリンキングの肉片が消えて、アイテムがドロップした。

 その間、優斗は呆然としていた。


「えぇえ……」


 頭が回らない。

 優斗はライトニングのレベルを上げた。

 それは、ゴブリンキングを倒しきれなかったときのための、保険だった。


 この結果は、まったく予想していなかった。


「…………ま、いっか」


 優斗は目の前で起こった出来事を、深く考えないことにした。


 優斗は無事、5階をクリア出来た。

 ゴブリンキングは魔術で倒した。

 それ以外、なにも見ていない。


 ――そう、僕はなにも見てないぞっ!!


「やーベースダンジョンのボスを初めて討伐出来て良かったナー」


 優斗は白々しい台詞を口にしながら、ドロップを回収するのだった。


 ボスドロップを回収した後。

 優斗はボス部屋を出た先にある、転送部屋に向かった。


 転送部屋はダンジョンと神殿を繋ぐ装置だ。

 地上からはこの転送部屋に、転送部屋からは地上に、即時移動出来る。


 ダンジョン側の転送部屋は、ボス部屋を超えた先に存在する。

 6階、11階、16階……と、5階刻みで設置されている。

 その部屋を訪れれば、必ず誰でも使用出来る。


 神殿側にある転送部屋は、誰でも自由に使えるわけではない。

 使用には、2つ条件がある。

 一つは、一度は行ったことのある階層であること。

 もう一つは、その階層に適した冒険者であることだ。


 地上にある転送部屋からダンジョンに向かう際、装置がギルドカードを読み取る。

 このギルドカードのランクが適切でなければ、目的の階に向かうことが出来ないのだ。


 たとえば優斗が現在いる6階からは、Dランクの領域だ。

 Dランク冒険者にならなければ、転送装置を使って6階を訪れることが出来ない。


 かつて優斗は何度か5階のボス部屋をクリアし、転送装置で帰還したことがある。

 だが、最近までEランクだったため、転送装置による6階への移動が出来なかったのだ。


 しかし、それも今日で終わりだ。

 優斗は自らの力で転送装置を起動する。


 瞬き一つで、優斗は地上にある、転送の間に帰還した。

 これで帰還情報がDランクのギルドカードに刻まれた。


 次回は転送装置を使って、6階からベースダンジョンを攻略することが出来る。


「ふわぁぁあ……」


 ダンジョンを出て気が抜けたからか、優斗の口から欠伸が漏れた。

 外は既に太陽が沈んでいて、神殿には煌々と灯りが点っている。


 神殿には、他の冒険者の姿がない。

 夜になったばかり……というわけではなさそうだ。


 優斗はギルドカウンターでドロップ品を販売し、神殿を出る。

 神殿から見える街並みは、既に光のほとんどが消えてしまっていた。


「……まさか」


 嫌は予感がした。

 優斗はスキルボードを取り出し、クエストメニューを表示した。

 すると、


「デイリークエストが復活してるな……」


 どうやら優斗は、知らず知らずのうちにダンジョンで日を跨いでしまったらしい。


「……走って帰るか」


 ここでまっすぐ家に帰る優斗ではない。

 折角デイリークエストが復活したのだからと、10km走ってから家に帰ることにした。


          ○


 目が覚めた優斗は、太陽の位置がいつもと違うことに気がついた。


「……寝過ぎた」


 いつもは規則正しい生活を送っている優斗だが、眠りに就いたのは日が昇る少し前だ。


 ダンジョンで丸一日近く魔物を討伐し続け、ついでにボスも倒した。

 いくら体力がスキルや装備で底上げされているからといって、いつも通り目を覚ますのは無理だった。


 寝ぼけ眼をこすりながら、優斗は身だしなみを整えて部屋を出る。


 向かった先は、プルートスだ。


「いらっしゃー……って、なんだ優斗か」

「マリー、おはよう」

「…………」


 ついうっかり、朝の挨拶が口から漏れた。

 その台詞に、マリーの瞳が鋭く尖る。


「おはよう?」

「あ、えっと、コンニチワ」

「ついさっき眼が覚めたのかしらねー? 一体、なにをやってたのかしら?」

「…………」


 優斗は、決して口を割るわけにはいかない。

 マリーからは休めと言われていた。

 その状態で『魔物を沢山倒してボスも倒してきました』など言おうものなら、先日の比ではない説教が始まってしまう。


 窮地に陥った優斗は、


「そ、それで僕の剣はいつ頃出来そう?」


 全力で話題を転換させた。

 鋭い視線を突き刺しながらも、マリーが答える。


「明日の朝には出来るわよ」

「すごい……早いね」

「そりゃそうよ。店長の鍛冶スキルはクロノスイチだもん」


 店長ダグラのスキルレベルは7だと、優斗は以前耳にしたことがある。

 鍛造スキルがレベル7もあれば、通常では最低でも1週間以上はかかる鍛剣が、たった3日で出来てしまうらしい。


 優斗はスキルの偉大さを改めて思い知る。


 このお店の職人はダグラ一人だけだ。

 昔から一人だった。


 一人でお店の商品を生み出し続けるためには、それだけ素早い鍛造技術が必要なのだ。


(鍛造レベルだけじゃなくて、特技もあるのかもしれないなあ)


 剣の仕上がり時間を確認し、優斗はお店を出た。

 既に、夕刻にさしかかろうという時刻だ。


 この時間から優斗がなにかを始めれば、確実に夜になってしまう。

 それはさすがに不健康である。


 明日になれば剣が仕上がる。

 剣が仕上がれば、真っ先にダンジョンに向かおうと優斗は考えている。


 そのためにも、さすがに今日だけはマリーの言いつけを守って、休養に専念する。


「ボス戦で良いものが手に入ったしね!」


 自室に戻った優斗は、インベントリに入れたアイテムを見てにやついた。


 先日、5階のボスを倒した時に、通常の魔石や素材に加えて、鍵がドロップした。

 鍵はEランクのインスタンスダンジョンのものだった。


 前回、インスタンスダンジョンで恐ろしい目に遭っているが、あれはレア中のレア事案である。そうそう起こるものではない。


 剣を手に入れたら、真っ先にインスタンスダンジョンで具合を確かめようと、優斗は考えている。


「ダンジョンをクリアすれば、1万ガルドは硬いからね!」


 明日、優斗は長剣オーダーのお金を支払う。

 全部で5万ガルドだ。


 5万ガルドを支払えば、優斗はほとんど文無しになってしまう。

 インスタントダンジョン攻略は、優斗にとって重要な収入源だった。


 明日になれば、いよいよ新しい武器が手に入る。


(ああ……どんな武器になるんだろう……!)


 高揚感を胸に、優斗は布団に潜り込んだ。


 新しい武器のことを思い興奮する優斗だったが、体にはまだ連戦の疲れが残っていたか。

 ベッドに入った優斗は胸の高鳴りはそのままに、早々に眠りに落ちるのだった。

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