第19話 特技の出現

 マリーの下から逃げ出した後。

 優斗はベースダンジョンにやってきていた。


「特にやることもないしなあ」


 ただ黙って待つのは性に合わない。

 かといって、素振りのような基礎トレーニングを行う気分にもなれなかった。


(トレーニングしても、成長しないのはわかってるし……)


 これまで優斗はかなりの時間をかけて、基礎トレーニングを行って来た。

 それで、レベルもスキルも上がらなかったのだ。


 レベルやスキルが成長しないトレーニングを行うよりも、優斗は成長が望めるクエスト消化を行いたかった。


 なにかを待つのに、リピートクエストの消化は丁度良い。

 幸い、Eランクの魔物なら木剣で倒せることはわかっている。


「木剣を壊さずに、どこまで倒せるかチャレンジしてみるか」


 優斗は長年連れ添った木剣を手に、ダンジョンを降りて行くのだった。


「うーん……」


 リピートクエストを初めてすぐに、木剣だけで戦うのがかなり厳しいことがわかった。

 所詮、木剣は木剣である。鉄製の剣に比べて、耐久力が低すぎるのだ。


 優斗が攻撃する度に、木剣が軋んだ。


 木剣でも魔物は倒せる。

 だが、鉄製の剣と同じように攻撃を当てては、あっさり木剣が折れてしまう。


「闇雲に攻撃を当てても駄目だなあ」


 木剣が破損すればチャレンジ終了だ。

 強制的に自宅待機になってしまう。


 優斗は頭を捻る。


「……そうだ」


 攻撃を当てて壊れそうになるのなら、逆に当てても壊れない場所を狙えば良い。

 そしてそれが魔物に取って、致命的であればあるほど良い。


 頸椎の隙間や眼球などがそうだ。

 所謂、急所である。


 優斗はその急所を、意図的に狙った攻撃のみを行う。

 すると、


「おおー」


 急所に当たった木剣は、これまでと違いまったく軋まなかった。

 ――これなら行ける。

 優斗は確信する。


 そこから優斗は、急所にしか攻撃をしないと自らを縛った。


 これまでの優斗ならば、急所だけを狙った戦闘は不可能だった。

 しかし、レベルアップし、さらに各種スキルも手に入れた。

 そんな優斗にとって、Eランクの魔物の急所狙いは、さほど難しいことではなかった。


 優斗は木剣を折らないよう、次から次へと魔物を倒していく。

 ゴブリンの急所突きに慣れたらキルラビットに。キルラビットの急所突きに慣れたらコボルドにと、攻撃精度が上がる度に魔物を変更していく。


 ベースダンジョンに来た当初は想像もしなかったが、この急所突きは優斗にとって、非常に身になる特訓になっていた。


 スキルは技術だ。

 高ければ高いほど、その分野に熟達しているといえる。


 だが、どう攻めるかは、技術ではなく工夫の範疇になる。

 スキルには現われないテクニックである。


 優斗が行う急所突きは、まさにテクニックだ。

 そのテクニックが、みるみる磨かれていくのを優斗は感じ取っていた。


「…………楽しい」


 優斗は、楽しんでいた。

 いままではスキル不足で出来なかった針に糸を通すような作業が、スイスイ行える。

 それが楽しくて楽しくて、ついつい夢中になってしまった。


 気がつくと優斗は5階まで到達していた。

 5階の魔物はゴブリンソルジャーだ。

 手に武器を持っている魔物である。


 このゴブリンソルジャーを、しかし優斗は鎧袖一触はね除ける。


 得物を持っているため、多少攻撃の難易度は上がった。

 それでも、多少である。


 はじめ、優斗はこれまでの魔物との間合いの違いに困惑した。

 だがすぐに感覚を修正して、急所突きを行った。


 ゴブリンソルジャーは曲刀を手にしている。

 だがこれは、残念ながらダンジョンに飲まれてしまう。

 木剣の代わりに使うことは出来なかった。


 ゴブリンソルジャーを倒し続けて、気がつけば優斗は5階のボス部屋に到達していた。


「……あ、あれ」


 そんなつもりじゃなかったのに。

 優斗は目を瞬かせる。


「……ま、まずは、クエストをチェックするか」


 5階のボスにチャレンジしても良かった。

 討伐クエストがあるためだ。


 だが、6階に降りるとそこからDランクの魔物が出現するようになる。

 これまでEランクの魔物の討伐クエストを行って来たので、出来ればそれが完了するまでは、優斗は5階で狩りをすべきだと考えている。


 クエストメニューのログを確認した優斗は、驚き目を丸くした。

 Eランクの魔物討伐をクリアしていたからだ。


「おおっ!? もう討伐クエストをクリアしてる! 体はあまり疲れてないのに……そうか、体力スキルのおかげか」


 以前、徹夜で魔物を討伐し続けた時、優斗は家に戻るのも億劫なほどクタクタになった。

 しかし現在は体力スキルを入手しているし、それに体力の腕輪も装備している。


 以前のような疲れをあまり感じないのは、そのせいだ。


「さてさて、どれくらいスキルが貰えてるのかなー」


 優斗は目を輝かせながら、ステータス欄を確認する。


○優斗(18)

○レベル16→18

○スキルポイント:5→7

○スキル

・基礎

 ├筋力Lv3

 ├体力Lv3

 ├魔力Lv2

 └敏捷Lv3

・技術

 ├剣術Lv3

 ├魔術Lv2

 └気配察知Lv2

・魔術

 <ライトニングLv1>

・特技

 【急所突き】NEW


「急所突き!?」


 なんと、優斗が特訓してきた急所突きが、ステータスに付与されていた。


「これはEランクの魔物討伐の報酬……じゃないよね。ということは、いつの間にか知らないクエストをクリアしてたのかな」


 優斗はいくら特訓をしても、スキルが出現しない。なので、この特技の入手はクエストのクリア報酬で間違いない。


 また【急所突き】という名前から、これまでの優斗の行動が関係していたことがわかる。


「急所だけで魔物を○体倒せ、とかそういうクエストだったのかもなあ」


 スキルボードは、クエストクリア直後でなければ、残念ながらなにをクリアしたのかが表示されない。


 スキルボードは優斗だけのアイテムだ。

 リピートクエストでない限り再現性の確保は必要ないが、出来ればクリアしたクエストくらい、表示されて欲しかった。


 さておき、優斗は拳を握りしめ、ふるふると震えた。


「頑張った甲斐があった……」


 特技とは、基礎・技術・魔術に続く4つ目の能力値だ。

 その中で特技のみ、レベルが存在しない。

 基礎や技術と同様に、持っているだけで一定の効果があると言われている。


 特技は訓練によって現われるものと、訓練では獲得出来ないものがある。

 前者は優斗の急所突きがそうだ。

 後者は、所謂天性に分類されるものである。


 優斗が知る限り、現在5人いるSランク冒険者は、他人にはない特技を生まれながらにして持っていたという話だ。


 自らの武器から風の刃を飛ばすもの。

 魔術を効率化して使用魔力を抑えられるもの。

 あらゆる攻撃を受け流せるもの。

 剣技と魔術を融合するものなどだ。


 あくまで、それらは優斗が耳にした噂だ。実際にSランク冒険者の特技を目にしたことはない。


 底辺冒険者とSランク冒険者は、住む世界がまるで違う。

 戦闘シーンなど、その目で拝む機会などあるはずがないのだ。


(生成の間で極希に顔を見たことはあるけど、話かけられる雰囲気じゃないからなあ……)


 Sランク冒険者は、実力故かオーラが凄まじい。

 当時Eランクの底辺を彷徨っていた優斗では、オーラの圧が凄すぎて、近づくことすら出来なかった。


 さておき、特技である。


「これが特技に現われたっていうことは、これから急所突きの補正がかかるっていうことか……」


 特技は体の一部となって、初めてステータスに表記される。

 ステータスに表記されれば、本人の意思に関わらず、使ってしまうものなのだ。


 そのため、これからの優斗の攻撃は急所突き〝属性〟を持つことになる。

 ただし、それが剣術にのみ適応されるかは不明だ。


「もしかして、魔術にも適応されるのかな?」

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