第18話 下町の聖女

 エリスを地上に送り届けたあと、優斗はまっすぐ自室に戻った。

 1つ千ガルドの回復薬を使ってしまったのは痛いが、エリスを助けられたのは僥倖だった。


 優斗は1つ50ガルドのパンをかじりながら、スキルボードをチェックする。

 特になにかをクリアしたわけではないのだが、ここ最近暇があるとついついチェックしてしまう癖がついていた。


「ん、あれ? スキルポイントが増えてる」


 ステータスをチェックした優斗は、スキルポイントが増えていることに気がついた。


○スキルポイント:2→5


 新たにクエストをクリアした覚えはない。


「……あっ、もしかしてエリスと一緒に戻って来たことで『パーティを組もう』クエストが完了したのかな?」


 指を滑らせてクエスト画面に切り替える。

 すると、たしかに『パーティを組もう』が消滅していた。

 代わりに、新しいクエストが出現していた。


○チェインクエスト

・武器の新調(0/1)

・パーティとともにダンジョンに潜ろう

・ベースダンジョン5Fのボスを討伐せよ(0/1)

○特殊クエスト

・少女を救え


「パーティ結成の派生が、パーティでダンジョンに潜るになったのかな。あれ、でもこれ、エリスと一緒にダンジョンに行ったのに、クリアじゃないのはなんでだろう? ……あっ、そっか。『潜る』だから、深部に向かわなきゃいけないのか」


 優斗はエリスとともに、ダンジョンから引き上げてきた。

 このクエストはダンジョンの進攻方向によって、クリアが判別されるタイプだったのだ。


「ベースダンジョン5階に行くクエストは、5階のボス討伐クエストに派生か……」


 ベースダンジョン5階に向かうクエストだが、もし長剣があれば、一度にクリア出来たはずだ。


「いや……5階のボスってたしかゴブリンキングだし、ライトニングでもクリア出来たかもしれないよなあ……はあ」


 クエストクリア後に、チェインクエストが発生しているかどうかを確認すればよかった。

 優斗は落胆のため息を吐いた。


「まあ、おかげでエリスを救えたわけだし、結果的には良かったのかな」


 それはそうと、優斗は特殊クエストに目を向ける。


「少女を救えって……誰のこと?」


 迷宮都市クロノスには、数万人は少女が存在する。

 優斗の知り合いだけでも、数十人はいる。


 その中の誰かだろうか?

 優斗は首を傾げる。


 一瞬、少女と言われてエリスの顔が思い浮かんだ。


 だが優斗はすぐに、クエストが指定する『少女』が、エリスではないと考えた。

 何故なら優斗は既に、エリスをダンジョンから救っているからだ。


「ここへきて、ものすごく曖昧な指示だなあ」


 ここまでのクエストとは、一線を画す曖昧具合である。

 クエスト報酬は気になるが、救うべき少女が誰なのか、どう救えば良いのかがさっぱりわからない。


「このクエストは放置だなあ……」


 闇雲に救うべき少女を探すよりも、わかりやすいクエストを消化した方が効率が良いというものだ。


「となると、ボス討伐かパーティでダンジョンのどっちかになるかあ」


 どちらにしようか考えながら、優斗は眠りに就くのだった。


          ○


 朝目が覚めてから、デイリークエストを消化する。

 優斗が朝一番に10kmのランニングをしている時だった。


「――あっ!!」


 優斗は思い出した。

 ダンジョン内で、なにかに気がついた。その〝なにか〟は、エリスの素性だった。


「話題になったCランク冒険者。下町の聖女エリス。……間違いない、あの子のことだったんだ」


 一時期、迷宮都市クロノスに颯爽と現われた、天才回復術師の話題が席巻した。


 曰く、年端も行かない少女であること。

 にも拘らず、回復術師として凄腕であること。

 あるパーティに所属して、インスタンスダンジョンを次々とクリア。

 アッという間にCランクに上がったという。


 中には『パーティに寄生しただけで、実力は大したことないだろう』と言う者もいた。

 たしかに、その可能性は捨てきれない。


 ただ、優斗は『それは違う』と思った。

 何故なら優斗は荷物持ちとして、様々なパーティでいくつものインスタンスダンジョンをクリアしてきたからだ。


 にも拘らず、つい最近までEランクから上がらなかった。

 頑張って寄生しても、実力がなければ冒険者ランクは上がらない。


 エリスの冒険者ランクが上昇したということは、それだけパーティにおける貢献度が高かったということなのだ。


 その噂を聞いて、優斗は『いる所にはいるんだなあ、天才っていうのは』と、感心したものだった。

 その噂のエリスが、まさかあの子だったとは、夢にも思わなかった。


「でも、なんで回復術師がソロで4階になんていたんだろう?」


 エリスはホースバッドに囲まれ、危険な状態だった。

 基本的に回復術師はパーティに加わって、仲間の治癒を担当するものである。

 魔物と戦う力を持つ者は、ごく一部の例外を除いて存在しない。


「あっ、ユートさん!」


 通りを走っていたその時、優斗は聞き覚えのある声に呼び止められた。

 足を止めて、辺りを見回す。


「……エリス?」

「はい! エリス、です」


 エリスが、まるで小動物のようにトテトテと小走りで近づいてきた。

 その手には、小さな包みが抱えられている。


「あの、ユートさん。昨日は本当に、ありがとうございました、です」

「いやいや、気にしないで」

「でも、ユートさん。ダンジョン攻略の途中だったんじゃ……」

「ううん。あれからすぐに戻る予定だったから、大丈夫だよ」

「そうでしたか」


 エリスがほっと胸をなで下ろした。

 そして彼女は勇気を振り絞るように、手にした包みを差し出した。


「あの、これ」

「……ん?」

「き、昨日、回復薬を頂いたので、そのお礼、です」

「えっと……」


 一瞬、優斗は断ろうと考えた。

 だが、回復薬は1本千ガルドだ。(優斗の感覚では)決して安いアイテムではない。


 それに対して、エリスはしっかり恩返しをしようとしてくれている。

 その心意気を、受け入れないわけにはいかなかった。


「あ、ありがとう」

「はい、です!」


 優斗は包みを受け取った。

 するとエリスが、誰しもがほっとするような、柔らかい笑みを浮かべた。


 優斗は貰った包みをインベントリに入れて、エリスに手を上げた。


「それじゃあ、エリス。またね」

「えっ、あっ……はい、です」


 優斗はエリスの返答を待たず、再びデイリークエストを消化する作業に戻るのだった。



 自室に戻った優斗は、早速インベントリから包みを取り出した。


「まさかエリス、回復薬のお礼をするためだけに、僕を待ってたのかな?」


 神殿前の広場は、冒険者を探すにはもってこいの場所である。

 だからといって、必ず目当ての相手を見つけられるわけではない。


 にも拘らず、あの場所で待っていたということは、エリスはかなりの時間を掛けてでも優斗を探そうとしていたのだ。


 どうやらエリスは、かなり律儀な性格のようだ。

 優斗が包みを開き、中を確かめる。


「ぬわっ!?」


 中を見た優斗は、驚きの余り声を上げた。


 優斗は中に、回復薬が入っているものだとばかり思っていた。

 だが、中に入っていたのは〝中級〟回復薬だった。


 通常の回復薬は、切り傷やすり傷を完全に治癒する。

 対して中級回復薬は、そこそこ深い裂傷や刺傷を完全に治癒する。


 それだけの効果とあって、お値段なんと1本1万ガルドである。


「もしかして……エリスは僕が中級回復薬を使ったって、勘違いしてる!?」


 優斗の頭から、さぁっと血液が落下した。

 だとするなら、とんでもないことだ。


 千ガルドで良いところを、一万ガルドも使わせてしまったのだ。

 優斗にとって、一万ガルドは百日分の食費である。

 大金も大金だ。


(えらいことになった……!)


 あわあわと、優斗は中級回復薬を手に、右往左往する。


「……返した方が良いかな?」


 もし間違っているのなら、黙って受け取ることは出来ない。


 だが、これはエリスの心意気だ。

 下手に返すと、エリスの面子を潰してしまいかねない。


 もらってあげるべきか、やはり返すべきか。

 困り果てた優斗は、自分よりもお金が絡むことに詳しそうな人物に相談することにした。



「で、なんでアタシに聞くのよ……」

「そこはほら、番頭をやってるマリーさんの方が、この手のことに詳しそうだなーって思って」


 優斗は胡麻をするように、手を揉んだ。


 優斗が訪れたのは、武具店プルートスだ。

 相談しているのは勿論、幼なじみのマリーである。


 彼女はプルートスで番頭を行っている。

 その経験から、マリーがプレゼント事情に詳しそうだと優斗は考えた。


「別に、アタシはプレゼントに詳しくないから」

「でも知り合いのお店に、菓子折を持っていくことって、ないの?」

「うちがそんなことするお店だと思ってるなら大間違いよ……」


 菓子折を持っていくのは、問題を起こした側だ。

 プルートスは当然のように、優良店である。

 マリーが他店に持ち込む菓子折を選ぶ機会など、かつて1度も存在しなかった。


「まあ、ユートの話を聞く限り、その傷薬は貰っても良いと思うわよ」

「でもこれ一万ガルドだよ? 僕が使ったのは千ガルドの普通の回復薬なのに……」

「使ってくれた回復薬と、同等の品だと感謝の気持ちが伝わりにくいでしょう? 気持ちを表すために、多少色を付けてあげたのよ」

「うーん、そうなのかなあ」


 優斗は首を傾げる。


「ユートはお金に関しては敏感よねえ。もうDランクの冒険者なんだから、もっとどっしり構えたら?」

「そうは言うけど、食費換算で百日分は、ちょっと……」

「まず、その食費換算がおかしい事に気づきなさいよ……」


 マリーがカウンターで頭を抱えた。

 優斗はふと、折角お店に来たのだからと、気になっていることを尋ねてみることにした。


「そういえば、この前預けた僕の長剣だけど、いつ頃戻って来そう? ダンジョンに潜りたいから、出来れば返して欲しいんだけど――」

「ん? 休めって言ったよね?」

「……あっ」


 やぶ蛇だった。


「大体、ユートはいっつも訓練しすぎなのよ。少しは休まないと、疲れが残ってるせいで大怪我しちゃうかもしれないじゃない。休める時はきっちり休むのも仕事と思って――って、ちょっとユート! まだアタシの話、終わってないんだけどぉ!!」


 マリーの説教がまだまだ続きそうだったので、優斗は逃げるように退散したのだった。

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