第17話 回復術師の少女エリス
ベースダンジョン1階は、足の遅いゴブリンが出現する。
こちらは木剣を抜くまでもなく完封出来た。
「ははは!」
足の遅い子ども達と鬼ごっこしているみたいで、ダンジョンの中だというのに優斗は少し楽しかった。
「ゲギャゲギャゲギャ!!」
対するゴブリンは、からかわれていると感じるのか、必死の形相で優斗を追いかけてくる。
これがレベルアップ前の優斗だったら、半泣きになっていたに違いない。
レベル16になり、肉体性能は以前とは比べものにならないほど成長している。
軽くステップを踏むだけで、ゴブリンを引き離せる。
追いつかれる心配はほとんどなかった。
2階は足の速いキルラビットが出現する。
こちらは上手く逃げないと、すぐに追いつかれそうになる。
それでも、キルラビットが早いのは短距離だけで、持久力はさほどでもないことに気がついた。
「おお、新発見だ」
優斗がランニングで引き離すと、ゴブリンよりも早いタイミングで諦める。
3階はコボルドが出現した。
こちらはゴブリンとキルラビットの中間くらいの性能だ。
優斗は悠々とコボルドを引き離した。
4階は、ホースバッドが生息している。
体がかなり大きく、顔が馬に似ているコウモリだ。
こちらは宙を飛び回るため、回避がなかなか難しい。
ただし目があまり見えず、音に反応する魔物であるため、攻略法さえ知っていれば容易に切り抜けられる。
優斗は小石を手にして、ホースバッドの群れ目がけて投げつけた。
意思はホースバッドの群れ近くに落下。
瞬間、ホースバッドが小石が落下した地点に、一斉に群がった。
その隙に、優斗は足音を立てぬようゆっくりと横をすり抜けていく。
時々、気づかれそうになることもあったが、その度に自分とは反対側に石を投げることで切り抜けていった。
「……ふぅ」
最短距離を通って、一時間。
優斗は無事、魔物を倒さずに5階にたどり着くことに成功した。
「さてさて! クエスト報酬はどんな塩梅かなぁ?」
優斗は周りに魔物がいないことを確認して、スキルボードを取り出した。
○優斗(18)
○レベル16
○スキルポイント:10→15
○スキル
・基礎
├筋力Lv2
├体力Lv2
├魔力Lv1
└敏捷Lv2
・技術
├剣術Lv3
├魔術Lv1
└気配察知Lv2
・魔術
<ライトニングLv1>
「おー。スキルポイント、おいしいです!」
優斗は5ポイント入手に歓喜する。
ただ、少しだけ『隠密系のスキルが欲しかったなあ』と思わないこともない。
今回は魔物を倒さずに到着しただけだ。
魔物に〝気づかれずに到着した〟わけではないのだ。
「そのうち、隠密系のスキルが欲しいなあ」
相手に気づかれずに接近して、気づかれないまま魔物を倒す。
そんなあるかないかわからない、未来の自分の姿を想像しながら、スキルポイントを割り振っていく。
○スキルポイント:15→2
○スキル
・基礎
├筋力Lv2→3
├体力Lv2→3
├魔力Lv1→2
└敏捷Lv2→3
・技術
├剣術Lv3
├魔術Lv1→2
└気配察知Lv2
・魔術
<ライトニングLv1>
「うん、良い感じ」
成長したスキルレベルを眺め、優斗は笑みを浮かべた。
魔力・魔術スキルを上昇させたので、いよいよライトニングのレベルを上げようと優斗は画面をタッチする。
しかし、
『スキルポイントが足りません』
『<ライトニングLv1>のレベルを上げるには、5ポイント必要です』
「えっ……そんなに必要なの!?」
出現した文字を見て、優斗は喫驚した。
これまでスキルレベルの上昇は、『上昇させるレベル分のポイントが必要になる』という規則性があった。
それがライトニングだけは違っていた。
「それだけ、魔術レベルって威力に直結するのかもなあ」
スキルポイントが5つも必要なのだ。
(それだけ魔術が強化されるに違いない!)
(ああ、どれくらい魔術が強化されるんだろう……)
優斗は夢を膨らませる。
優斗が成長させた魔術に思いを馳せている時だった。
「キャァァァアア!!」
「――ッ!?」
遠くから、甲高い悲鳴が聞こえた。
悲鳴が聞こえたのは、4階方面からだった。
優斗はすぐさま来た道を引き返す。
優斗は4階に上がり、気配察知を意識する。
気配察知が、前方での戦闘音をキャッチ。
優斗は全力で駆け出した。
走って行った先で、ホースバッドが飛び交っている姿が優斗の目に入った。
その下で、冒険者らしき人が一人、蹲っている。
「うおおおおおお!!」
優斗は力の限り、大声を上げる。
すると、すべてのホースバッドが優斗に標的を変更した。
優斗は木剣を手にして待ち構える。
ちらり、蹲る人を確認する。
幸い、まだそちらを攻撃し続ける魔物はいない。
安堵の息をひとつ吐いて、優斗は前方に手をかざした。
ギリギリまでホースバッドを引きよせ、
「ライトニング」
――タァァァン!!
空中を飛ぶホースバッドを、電魔術が貫いた。
あるものは墜落し、ある者は大きすぎる音のせいで方向を見失った。
ライトニング一発で、5匹中2匹を仕留めることが出来た。
残りを優斗は、木剣で丁寧にたたき落とした。
「おお……。木剣でも、なんとかギリギリ倒せるんだなあ」
筋力・体力・敏捷・剣術がそれぞれレベル3になったためだ。
C級冒険者並のスキルがあれば、木剣でも4階の魔物を撲殺出来るようだ。
これは、魔物だけではない。
人間を相手にしても同じ結果が得られる。
「ちょっと、怖いなあ……」
強すぎる力は、正しく認識しなければ、身を滅ぼす結果に繋がる。
こんなものを人に使ったら、危険である。
決して人には振るわないように、優斗は気を引き締める。
木剣を腰に差して、優斗はいまだに蹲る人の元へと駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「う……く……」
蹲った人が、苦しげに顔を上げた。
その顔に、優斗は思わず息を飲んだ。
(この子はッ! ……あれ、えっと、誰だっけ?)
優斗は驚いたが、すぐにその驚いた理由を見失った。
なにか、彼女のことに思い当たる節があった。だが、さっぱり思い出せない。
その者は、見た目は十代前半くらいの少女だった。
冒険者としては、やや幼すぎる。
とはいえ、優斗も8歳で冒険者デビューしている。
驚くほどのことではない。
(うーん。なんだったかなあ?)
マジマジ見つめていた優斗だったが、はっとしてインベントリから回復薬を取り出した。
「あの、これ。良かったら」
「あ……ありがとうございます」
少女がコキュ、コキュと喉を鳴らしながら回復薬を一気に煽った。
すべてを飲みきったあとで、少女が「あっ」と声を上げた。
丁度回復薬が効果を発揮し始めた。
少女の体についていた傷が、みるみる癒えていく。
「どうしたの?」
「これ……もしかして回復薬、です?」
「うん、そうだけど」
「そ、そんな……。わたしのために、すみません、です」
少女が丁寧に頭を下げる。
よく出来た子だな、と優斗は思った。
(裕福な家庭の生まれなのかな?)
これくらいの子どもが『人にものを貰ったら感謝の言葉を伝える』という基本がしっかり出来ているのは、クロノスでは珍しい。
通常であれば、求められなければ『ありがとう』と言えないものだ。
そういう子でも、社会に入って揉まれるうちに、ありがとうが言えるようになる。
優斗がまさに、そうだった。
元々孤児院で暮らしていた優斗は、冒険者社会に出てから人としての礼儀を学んだ。
その当時はかなり乱暴に揉まれたものだが、優斗が冒険者として立ち振る舞うためには、必要な通過儀礼だった。
「わ、わたしはエリスと言います、です」
「僕は優斗。エリスはどうして、一人でここに? 仲間とはぐれちゃったとか?」
「えっと……、ひ、一人で探索していた、です。でも、途中で力尽きちゃって……」
エリスがしゅんとして頭を下げた。
彼女の手には、スタッフが握られている。
どうやら魔術系の冒険者のようだ。
(魔力切れでも起こしちゃったのかなあ)
魔術師や回復術師は、ソロでの活動にめっぽう向いていない。
魔術師は火力があるが、連戦で魔力があっさり尽きてしまう。
回復術師は味方を回復することに特化していて、殲滅力がほとんどない。
そのため、これらの職業は、ほとんどソロ活動を行わないものだ。
(この子が自分を試してみたいと思った気持ちも、わからなくもないけど……)
パーティの中にいると、本当の自分の実力が如何程なのかがわからなくなる。
パーティでさらに活躍するために、自分の実力を確かめることは、決して悪ではない。
しかし、最初からソロで挑むのは無謀である。
「エリス。自分の力を確認したいのはわかるけど、一人じゃなくて、仲間と来た方が良いよ。自分一人で進んで、ダメそうになったら助けて貰うんだ」
「……はい。そう、ですね」
優斗の言葉が説教と受け取られたか、エリスが益々しゅんとしてしまった。
優斗は慌てて明るく振る舞う。
「それじゃあ、地上に戻ろうか!」
「は、はい、です」
少女は杖を抱え、勢いよく立ち上がったのだった。
この時、優斗は気づいていなかった。
彼女がどれほどの実力者なのかを――。
>>新しいクエストが追加されました。
>>特殊クエスト:少女を救え
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