第16話 武具職人としての思い

 そのあと、優斗はマリーとともにオーダー価格の打ち合わせを行った。

 価格は当初の予定通り、5万ガルドとなった。


「すごい。素材を持ち込めば、5万ガルドでオーダー出来るんだね……」

「なわけないでしょ? これはユートだけの特別価格よ。あんまり、大声で言わないでね」

「あ、はい……。ありがとうございます」


 初めて長剣を購入した時と同様に、今回もマリーに価格を頑張らせてしまった。


(いつになったら、このお店の商品を、通常価格で購入出来る日がくるのやら……)


 ちらり見えた値札に書かれたお値段、なんと5,000,000G――。


(おっふ……! これは無理だ……)


 早々に、一般価格での購入を諦める優斗であった。

 まだまだ、マリーに頭の上がらない日々は続く。


          ○


 武具店プルートスの工房にて、ダグラはじっと長剣を眺めていた。


 これは間違いなく、ダグラ自らが打った長剣だった。

 命を込めて打った剣だが、使用した素材は最も安いものである。


 当然、値段もそれなりだ。

(他の店と比べると割高ではあるが……)


 にも拘らず、長剣は約10年もの間、折れることなく、大きく歪むことなく、その性能を発揮し続けていた。


「……ふぅ」


 ここまで、剣を綺麗に扱う人間を、ダグラは初めて見た。


 普通の人間が作った武具に、これほどの寿命はない。

 この剣が約10年間も折れず曲がらずにいたのは、ダグラが打ったためだ。


 武具職人にも、冒険者と同様にスキルが存在する。

 このスキルレベルが高ければ高いほど、完成した武具の品質が大幅に変化する。


 鉄で作った武具でも、大切に使えば5年・10年と使い続けられる程に……。


 冒険者の肉体は桁外れに強靱だ。

 ただの武具では、あっという間に破損してしまう。


 しかしダグラが作る武具は、冒険者の力にも完璧に耐えられる。

 鍛冶スキルレベル7とは、それほどのものなのだ。


 それでも、武具を破損させる者はいる。

 剣を道具としてしか見ていないからだ。


 折れようと、歪もうと、自分の命が助かればそれで良い。

 そのための武器であると。


 その考えは間違いではない。

 武器が破損すると、冒険者は新しい武器を購入する。


 ――定期的に、武具店にお金を落としてくれる。

 武具を良く破損させる冒険者は、武具店にとって上客なのだ。


 しかし職人ダグラにとって、武具の破損は面白くない。


 ダグラは命をかけて武具を制作している。

 武器も人間と同様に、一生寄り添うパートナーとして大切に扱って欲しかった。


 これはダグラの、鍛冶師としてのエゴだ。

 それがわかっているからこそ、ダグラは冒険者に己のエゴを強要しない。


 さておきダグラは、ミスリル鉱石を持ち込んだ冒険者を一目見てみたかった。

 どんな奴がオーダーするのか。

 もし、ダグラのメガネに適わなければ、断るつもりだった。


 オーダーしたのは、マリーの幼なじみであるユートだった。


 彼のことを、ダグラはそれなりに知っている。

 時折、裏庭で熱心に練習する姿を、ダグラは工房の窓から眺めていたからだ。


 その頃の彼と比べると、現在の彼は一枚も二枚も、殻を破っていた。

 それが、ダグラにははっきりと感じられた。


(強くなったな……)


 マリーが入れ込んだ男が、やっと成長した。

 そのことに、ダグラは珍しくうれしくなった。


 オーダーを引き受けようと思ったのも、ユートが自らの殻を破ったことがわかったためだ。

 また、剣を見て感じた。


『こいつに、しっかりした剣を打ってやりたい』……と。


 ダグラがこう思うことは、なかなかない。

 それだけ、自分が打った剣を丁寧に使ってくれたことが、ダグラは嬉しかったのだ。


「店長」


 長剣を眺めながら、ミスリル鉱石をどのような形にすべきか考えている時だった。

 店の方から、マリーが現われた。


「ユートのオーダーの件、ありがとうございます」

「いいってことよ」

「お金については、きっちり払わせますので!」

「どうせ、テメェが大半を払うんだろ?」

「――なッ!」


 どうしてそれを!?

 そう言わんばかりに、マリーが目を見開いた。


 そんなの、店長のダグラなら一発でわかるというものだ。


 番頭の肩書きを持つ彼女には、それ相応の給料を払っている。

 だが彼女は安い下宿に泊まり、毎日安いゴールドロックで食事を摂っている。

 同年代の少女のように〝めかし込む〟こともない。


 それだけ節制すれば、給料の大部分が余る。

 それこそ、〝ダグラに武器をオーダー出来る程度の金額〟くらい、蓄えがあるはずだ。


 ユートはどこからどう見てもお金持ちには見えない。

 つい最近までEランクの底辺冒険者だったのだ。

 ろくな稼ぎなどなかったに違いない。


 その冒険者が、殻を破って数日で、ダグラにオーダー出来るだけの金額を貯められるはずがない。

 となれば必然、誰が残るお金を出すのかが予測出来る。


(裕福に暮らせるくらいの給料をくれてやってるってのに……。これが、惚れた弱みってやつだな……)


 顔を真っ赤にしてあーだこーだ反論するマリーを、ダグラは生暖かい視線を向けるのだった。


          ○


「さて、どうしよう」


 優斗は自室で頭を悩ませていた。


 というのも、武器を新調するにあたり、いままで使っていた長剣を武具店プルートスに預けてしまったためだ。


 これではダンジョンに潜れない。


「折角新しいクエストも出現したのに……」


 一定以上のレベルになったためか、クエスト一覧には新たなクエストが加わっていた。


○リピートクエスト

・Eランクの魔物討伐(0/1000)NEW

・Dランクの魔物討伐(0/1000)NEW

・Cランクの魔物討伐(0/1000)NEW

○スタンダードクエスト

・ベースダンジョン5Fまで一度も魔物を倒さず到着せよ NEW

・パーティを組もう NEW

○チェインクエスト

・武器の新調(0/1)


 思いがけずミスリル鉱石が入手出来たため、無事武器の新調クエストが完了しそうでなによりだ。

 それよりも、リピートクエストである。


「もう少し早い段階で出て来て欲しかったなぁ……」


 24時間耐久で狩りを行った時にこれがあれば、2度はクリア出来たはずだ。

 クエストをクリアすれば、経験値とクエストポイントが貰えるので、前回の乱獲を逃したのは損である。


「まあ、いまさら言っても仕方ないか。そもそも本来なら、このクエストが出てから耐久狩りにチャレンジするものだったかもしれないしね」


 優斗は頭を切り替える。

 現在優斗にクリア出来そうなのは、スタンダードクエストの2種類だ。


 一つ目は、魔物からの逃亡を前提にしたクエストだ。長剣がないのは不安だが、いざとなれば魔術がある。やって出来ないことはない。


 二つ目はパーティを組むだけだ。クリア基準がどのタイミングかは不明だが、荷物持ちとしてパーティに加わればクリア出来るクエストだ。


「どっちにしようかなあ……」


 どちらも一長一短であるため、すぐには決められない。

 そこで優斗は、なにも決めないままとりあえず準備をしてダンジョンに向かうことにした。


 ダンジョンのある神殿前広場。

 ここでは普段、その日限りのパーティを募集している冒険者の姿が見受けられる。


 しかし、現在は昼過ぎということもあって、パーティメンバーを募集している冒険者の姿はなかった。


「ここを通って誘われたらついて行こうかと思ってたんだけど……。さすがに昼から募集してる人はいないか」


 諦めて、優斗は『ベースダンジョン5Fまで一度も魔物を倒さず到着せよ』にチャレンジすることにした。


 ベースダンジョンに入る前に、再度装備を確認する。

 念のために、木剣だけは持ってきた。

 これは魔物を倒すためではなく、攻撃を防ぐ盾として使う予定だ。


 それ以外は、完全に軽装だ。

 本来必要なものは、すべてインベントリに収納している。


「ギリギリまで粘って、駄目そうなら魔術を使う……よしっ!」


 ダンジョンでの動きを再確認し、優斗はベースダンジョンへと降りて行った。


 これが、優斗の今後を左右するとは知らずに……。

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