第二章 独りじゃないから
第15話 武器のオーダー
「ふわぁぁあ……眠い」
体中がクタクタだというのに、優斗はほとんど熟睡出来なかった。
冷たい井戸水でバシャバシャ顔を洗い、眠気を頭から追い出していく。
優斗が眠れなかった原因は、昨晩手に入れたアイテムのせいだ。
クエスト報酬を開けて出て来たアイテムは、なんとミスリル鉱石だった。
ミスリル鉱石は、冒険者ならば誰でも憧れる武具素材として有名だ。
非常に軽く、強靱で、耐久力がある。
武器に仕立てれば切れ味抜群となる。
また魔力を通しやすい性質があるため、魔術師の杖としても重宝されている。
防具にしても、並の素材では太刀打ち出来ないほど、防御力が高くなる。
なにを作っても、最高ランクの武具になる。
それが、ミスリルという素材だった。
冒険者の誰しもが入手したいと夢見るミスリル武具だが、そのお値段は並の冒険者では決して手が出せないほどに高い。
というのも、ミスリル鉱石そのものが、ダンジョンでしか手に入らない素材だからだ。
おまけに入手出来る確率も非常に低い。
市場に出回るミスリルは、大抵インスタンスダンジョンに籠もっている冒険者が、〝アタリ〟を引いた時くらいなものだ。
その他、実力派の冒険者や、冒険者パーティの集まりであるクランなどは、ベースダンジョンの下層に出現する穴場で、ミスリルを独占している――という噂だ。
大手クランに所属する冒険者は、ほとんどミスリル武具を装備している。
クランがミスリルを独占しているという噂が立っているのはそのためだ。
ミスリルの供給量が少ないため、市場ではかなりミスリル価格が値上がりしている。
ミスリルの短剣一本ですら、一千万ガルドは下らない。
そんなミスリルを、優斗はうっかり入手してしまったのだ!
これは眠れない。
どんな装備にしよう。やはり武器が一番だよなあ。
ミスリルの武器ってどんな使い勝手なんだろう?
マリーのお店って素材の持ち込みとかやってるのかな?
ああっ! ミスリルソードなんて手に入れたら、奪われちゃうかもしれない!!
盗まれないようにどうやって対策すればいいんだろう?
――なんて、妄想を膨らませていたら、朝になってしまった。
完全に自業自得だ。
しかし、ミスリルを手に入れて溢れ出たリビドーを抑え込むことは出来なかった。
何故なら優斗は、冒険者だからだ。
冒険者とは夢を前にして、気持ちを抑えることなど出来ない生き物なのである。
さておき、優斗は日課となっているデイリークエストを消化したあと、マリーの店に向かった。
「いらっしゃー……って、なんだユートか」
「今日は客として来たんだから、挨拶くらいしても良いと思うよ?」
「はいはい、いらっしゃいませー。で、どうしたの?」
マリーがこのような対応をするのは、優斗に対してだけだ。
でなければ、番頭の仕事が任されるはずがない。
一応客なのだからもう少し丁寧に対応してほしい。
そう思うが、こればかりは優斗が悪い。
昔から貧乏だった優斗は、よくこの店に入って、購入もしないのにずっと武具を眺めていた。
そのせいで、マリーがまともに対応してくれなくなってしまったのだ。
「ちょっと、オーダーを頼もうと思って」
「……一昨日いらっしゃい?」
「おい」
マリーの言葉に、優斗は思わず突っ込んだ。
「だって、ユートお金ないでしょ? オーダーって高いんだからね。ユートにはまだ手が届かないわよ」
「素材の持ち込みならどう?」
「ああー、それなら多少安く済むわね。けど普通の素材を持ち込んでも、半額くらいにしかならないわよ? うちの店長、技術料高いから」
武具店プルートスの店長ダグラは、迷宮都市クロノスでも有名なドワーフ鍛冶師だ。
同じ素材、同じサイズの剣を打っても、他店とは価格が倍以上違う。
ダグラは鍛冶スキルが非常に高い。
彼が打ったというだけで、かなりの価値が生じるのだ。
「で、一応聞くだけ聞くけど、予算は?」
「5万ガルドくらいで出来る?」
「…………そのお金、悪いことして手に入れたんじゃないでしょうね?」
「失礼な」
幼なじみとは思えぬマリーの視線に、優斗は口を突き出した。
「ちゃんと働いて手に入れたお金だよ。なんたって、僕はDランクの冒険者だもん!」
「はいはい。それで、Dランク冒険者様が持ち込む素材はなにかしら?」
「うん、これなんだけど」
ごとっ。
優斗は取り出したミスリルをカウンターに置いた。
その鉱石を、マリーがマジマジと見つめる。
「……まさかね。まさか、ユートがそんな大それたものを持ってくるはずがないわ」
マリーが額に汗を浮かべ首を振った。
「じゃあ、なにかしらねえ? 銀……っていうわけじゃないわよね。アルミ……っぽくもないし。合金?」
「ミスリル鉱石だよ」
「…………ユート」
優斗がネタばらしをすると、マリーが顔に悲哀の色を浮かべた。
「アタシ、ユートがお務めを終えて戻ってくるまで、待っててあげるから……だから、ちゃんと罪を償うのよ……!」
「だからなにも悪いことはしてないって!」
えぐえぐと泣きそうになるマリーを優斗は正す。
たしかに、優斗が突然これを持ってきたら、誰だって盗品だと疑うはずだ。
なんせ優斗は先日まで、Eランクの冒険者だったのだから。
そのような底辺冒険者が、うっかりでも正当な手順でミスリルを手に入れられるはずがない。
Dランクの冒険者ですら入手するのは厳しいだろう。疑われて当然である。
「じゃあ、これはどういうこと? なんちゃってミスリル?」
「普通のミスリル……だと思う。この前、Eランクのインスタンスダンジョンに潜ったんだけど、ユニークダンジョンでさ、そのボスを倒して手に入れたんだ」
優斗は念のために、真実の中に1割の嘘を混ぜた。
マリーになら素直に、スキルボードから出て来たことを話しても良いとは思った。
だが、もし『ミスリルが出てくるスキルボード』の話がどこからか漏れれば、優斗はどのような目に遭うかわからない。
なので、優斗は誤魔化した。
「ふぅん。ユニークダンジョンなんんてものがあったのね。初めて聞いたわ」
「珍しいから、ほとんど攻略情報がないんだ」
「そう。ミスリルで作るのは長剣で良いの?」
「うん。なるべくなら、これと同じ剣にして欲しい」
「了解。店長に聞いてくるから、ちょっと待ってて」
そう言って、マリーが店の奥に消えていく。
店の奥には、店長ダグラが詰めている工房がある。
ダグラはほとんど店に顔を出さない。
それだけ、店のことに関してはマリーを信頼しているのだ。
待つことしばし。
店の奥から、困惑した表情を浮かべたマリーが現われた。
それと、もう一人。
「……っ!」
その姿を見た優斗は、反射的に背筋を伸ばした。
武具店プルートスの店長、ダグラが現われたからだ。
背丈は優斗より低いが、腕周りは優斗の三倍はある。
髭を蓄えた、ドワーフらしいドワーフが、眼光鋭く優斗を睨み付けた。
「店長……その、ミスリルでオーダーしたいっていうのは、そこのユートなの」
「……」
マリーが説明をしても、ダグラはピクリとも反応しない。
優斗のすべてを詳らかにするような強い視線を、じっと向け続けている。
優斗の背筋に、冷たい汗が浮かぶ。
どれほどの時間が経ったか。
ダグラがふっと眼力を緩めた。
「剣を出せ」
「……は?」
「テメェの剣だ。腰に下げてんだろ」
「あっ、はい」
優斗は慌てて、自らの長剣をダグラに手渡した。
受け取ったダグラは長剣を鞘から抜き、剣身に光を当てる。
「……コレは、うちのだな。買って何年だ」
「たぶん、9年近くになると思います」
「そうか。……よく壊さなかったな」
「いえ、ダグラさんが打った剣ですから」
「それは違う」
ダグラが再び、ぎろりと優斗を睨み付けた。
――ひえっ!
優斗の身が縮み上がった。
「いっぱしの剣士でも、俺の剣を壊す奴は壊す」
「そう、なんですか……?」
「剣士は剣に魂を宿す。武器を壊す奴は、剣に自分の魂を込めねぇからだ」
そこまで言って、ダグラが剣を鞘にしまった。
「マリー。見積もりは任せる」
「あ、は、はい!」
そう言い残して、ダグラが店の奥へと戻っていった。
彼の姿が見えなくなると、優斗は思い切り息を吐き出した。
これまで優斗は、二・三度しかダグラと顔を合せたことがない。しかも、会話を交わした経験は初めてだ。
今日が、クロノス最高峰と名高い鍛冶師との初めての会話だった。
だから、すごく緊張した。
「これは、作って貰えるっていうことでいい、のかな?」
「ええ。店長にオーダーを伺ったら、『どいつだ』って目の色を変えてこっちに来るもんだから、すっごい慌てたわよ……」
「武具をオーダーしてそうなることって、あるの?」
「ううん。きっと、ミスリル武器の使用者を確かめたかったのよ。なんたって、武具素材として最高峰だもの」
最高峰の武具を打つために、使い手にもそれなりの格を要求する、というところか。
ダグラは優斗を見て、ダメだとは言わなかった。
(ということは、使い手として認めて貰えたっていうことかな?)
最高の鍛冶師に認めて貰えるなど、誉れ高いことだ。
「あっ! 僕の長剣……ダグラさん、持っていっちゃった」
「あれと使用感が同じ武器が欲しいんでしょ? 店長はあの長剣を参考に新しい武器を打つから、しばらくうちで預かることになるわよ」
「そ、そんな……」
武器がなければ、マトモに狩りが出来ないではないか!
優斗は落胆する。
「1週間以内に完成するはずだから。その期間は休息日だと思って諦めるのね」
「……はぁ」
自分の剣を元に作ってくれとオーダーした手前、返してくれとは言いにくい。
仕方ない。
優斗は剣の奪還を諦めるのだった。
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