第14話 真っ先に報告したい人

 ダンジョンを出た優斗は、ふらふらになりながらも買取カウンターを目指した。


 今回の戦いは、かなりギリギリだった。

 もし、なにか一つでも手を間違えていれば、あっさり逆転されていたに違いない。


 思い起こすと、どれほど綱渡りだったかを認識させられ、背筋がぞっとする。

 だが、優斗は勝利した。


 今回の戦いで優斗は間違いなく、冒険者として1皮剥けた。

 ステータスでは表せないなにかを獲得した。その実感が、優斗にはあった。


 ギルドの買取カウンターに到着した優斗は、早速インスタンスダンジョンで手に入れたアイテムを販売する。


 魔物のランクが高くなると、ドロップに素材が混ざるようになる。


 今回はEランクだけでなく、Dランク以上の魔物が出現した。

 そのため、魔石だけでなく、素材もドロップしている。


 今回はコボルドキング5体分の皮と、コボルドロード1体分の牙を入手した。

 Eランクのインスタンスダンジョンとして、かなりの売り上げになりそうだと、優斗はワクワクしながら査定を待った。


「大変お待たせいたしました。今回の査定ですが、その前に二・三伺ってもよろしいですか?」

「えーと、はい」


 なにを尋ねられるのか?

 優斗は首を傾げつつ、了承する。


「ギルドカードを確認致しましたところ、Eランクのインスタンスダンジョンにチャレンジしたことが、記録に残っておりました。こちら、お一人でチャレンジされたのでしょうか?」

「はい」

「Eランクのダンジョンでは通常、ボスが1体しか出て来ません。今回お持ち頂いたアイテムは、ダンジョン攻略5回分か、6回分に相当します。かつ、Eランクのダンジョンでは現われない、コボルドロードの牙までユートさんはお持ちになりました。これらは、どちらで入手されたのでしょうか?」


 受付は、これが盗品ではないかと疑っているのか。

 優斗は慎重になって答える。


「今回僕が入ったEランクのダンジョンですが、どうやらユニークダンジョンだったみたいで、コボルドキングが5体。その後に、コボルドロードが1体出現しました」

「――ッ!?」


 優斗の言葉で、受付が目を見開き、はっと息を飲んだ。


「そのぉ……大変失礼なことを伺いますが、本当にユートさんだけで?」

「はい。一人でクリアしました」


 受付の台詞に、優斗は苦笑した。


(きっと僕のことを知ってるんだろうなあ)


 優斗はここまで10年もレベルが上がらず、Eランクの底辺を彷徨っていた。

 そのことを、この受付は知っているのだ。


 この受付が『最弱の冒険者が、インスタンスダンジョンをクリア出来るはずがない』と思っているだろうことを、優斗は容易く想像出来た。


 受付は、まるで鉄の玉を飲むみたいに、喉までせり上がっていただろうなにかを呑み込んだ。


「…………わかりました。それでは、手続きを致します」

「手続き?」


 査定は既に済んでいる。

 お金も、既に受付に運び込まれていた。


 これ以上、なにがあるのか?

 優斗が首を傾げていると、受付が奥から戻って来た。


「お待たせいたしました。今回のユートさんの功績を勘案した結果――」


 そう言って、受付が色の違うギルドカードを差し出した。


 これまで優斗は、銅製のカードを所持していた。

 長年使っていたため、所々サビが浮いていた。


 そのカードが、銀色のものに変化した。


(このカードの色は……)


「本日より、冒険者ランクDに昇級いたしました。ユートさん……おめでとうございます」

「あ……ありがとうございます!!」


 優斗は思い切り頭を下げた。

 まさか、ランクが上がるとは思いも寄らなかった。


 受付の台詞は、ずっしりとして重たかった。

 彼女もまた優斗の昇級に、なにかしらの思いを感じているのだ。


 その重みは、優斗がこれまで積み重ねて来た、10年分の重みだった。


 優斗は、目頭が熱くなる。

 だが、涙がこぼれそうになるのをぐっと堪える。


 優斗の雰囲気に感化されたか。

 受付が指先で軽く目元を拭っていた。


          ○


 武具店の営業が終了し、マリーは店じまいを行う。

 そんな中、雑踏に紛れて遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「マリー! マリィィィ!!」

「……なによぅ、こんな時間に」


 マリーの名を呼ぶのは誰あろう、優斗だ。

 こんな時間に、お店の正面から現われるなんて珍しい。


(武具を買いに来たのかしら?)


 マリーは首を傾げる。

 だが、こちらに走り寄るユートの表情からは、品物を探しに来たという雰囲気は感じない。


「マリー、見て、見てっ!」

「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ。なにがあった――」


 ユートが子どものようにはしゃぎながら、マリーに一枚のプレートを見せた。

 それは、冒険者になった者が必ず手にする、ギルドカードだ。


 このカードはギルドが保証する、冒険者の強さの証明書だ。

 実際には冒険者が死亡したときの、認識票である。


 ダンジョンで冒険者が死亡した場合、その体もろともダンジョンに呑み込まれる。

 ただし、このギルドカードだけは違う。

 特殊な素材を元に作られたギルドカードは、ダンジョンに吸収されると同時に、神殿にある聖台から排出される。


 ギルドカードは、跡形も無くなる冒険者が唯一この世に残せる、生きた証なのだ。


 それを見せつけられても、冒険者でないマリーはちっともうれしくはない。

 だが、今回ばかりは違った。


 ユートが持っていたギルドカードが、これまでと違う色に変化している。


「Dランクになったんだ。僕、今日からDランクの冒険者になったよ!」

「…………ッ!!」


 その言葉を聞いた瞬間に、マリーの感情があふれ出した。


 大粒の涙が、マリーの頬を伝う。


「……よかったね、ユート」

「うん」

「おめでとう」

「……ありがとう」


 かつて木箱の上から眺めていた、木剣を振るい続ける少年に、マリーは強く憧れた。

 いつまでも、純粋なまでに理想を追い続けるその姿が、とても格好良かった。


 その少年が10年の歳月を掛けて、やっと一つ、成長した。

 とはいえ所詮Dランクだ。

 一番下から数えて、二番目の実力である。


 それでもマリーは、心の底から祝福する。

 何故なら彼は、絶望的な戦いに挑戦し続け、最終的に勝利をつかみ取った者なのだから。


          ○


 Dランクに昇級したその日は、マリーに報告した後、ゴールドロックで祝賀会となった。


 祝賀会が終わり、いつもより食べ過ぎたせいで苦しいお腹をさすりながら、優斗は自室に戻ってきた。


 ベッドに倒れ込んだ優斗は、これまでの人生で最高の気分だった。

 なんせ、ずっと追い求めていた成長が、このようにハッキリとした形で現われたのだから。


 このまま幸せな気分のまま、眠りに就きたかった。

 だが、優斗は体を起こしてスキルボードを取り出した。


「そういえば、クエストを攻略してたんだった。ステータス、沢山上がってるかなあ……?」


○優斗(18)

○レベル13→16

○スキルポイント:0→10

○スキル

・基礎

 ├筋力Lv2

 ├体力Lv2

 ├魔力Lv1

 └敏捷Lv2

・技術

 ├剣術Lv3

 ├魔術Lv1

 └気配察知Lv2

・魔術

 <ライトニングLv1>


 レベルが3、そしてスキルポイントが10も増加していた。


「おお、すごい!」


 今回上昇したのは、Eランクダンジョンクリアと、突発クエストを諸々クリアしたためだ。

 特に緊急クエストの難易度は、優斗のレベルからみて、非常に高かった。


 そのため、報酬も他のクエストと比べてかなり高く設定されていたのだ。


「おおー、なんのスキルに振ろうかなあ……」


 スキルポイントは10。

 剣術に振れば、レベル5まで上げられる。

 スキルレベル5ともなれば、一流といって差し支えのないレベルになる。


 ただし、剣術だけを上げても、それ以外がおろそかになってしまう。

 技術はあるのに、腕力も素早さもない攻撃は、さしたる脅威にならないはずだ。


 全体的にまんべんなく上げてこそ、ハイレベルなダンジョンでも通用する冒険者になれるものである。


「ライトニングのレベルも上げてみたいなあ」


 しかし現状、優斗の魔術系スキルは両方ともレベル1だ。

 この状態でライトニングのレベルを上げても、魔力が足りず、魔術が発動出来ないという事態に陥る可能性がある。


「ああ、どうしよう!」


 どのスキルを振るか考えていた優斗は、「そういえば」と指をなぞってインベントリを表示した。

 もしかしたら今回のクエストで、なにかしらの報酬が用意されているのではないかと考えた。


「おっ、やっぱりあった!」


 想像した通り、インベントリには一つ、『緊急クエスト達成報酬』なる袋が入っていた。


 ワクワクしながら優斗はインベントリから袋を取り出した。

 取り出した袋は、ずしりと重かった。


「お金……ではないか」


 手にした感覚からいって、ガルドよりも重たかった。

 優斗は袋の口を開いて、中身を確かめる。


「ん……なんだろう、これ?」


 中から出て来たのは、銀色の塊だった。

 まるで岩山からそのままくりぬいてきたような形をしている。


 鉱石に対して人一倍興味を抱く者ならば、これを見て目を輝かせるに違いない。

 非常に立派な鉱石だ。


 だが優斗は、残念ながら鉱石には興味がない。

 これが金色ならば良い。金鉱石であれば、かなりの額で販売出来るためだ。


 しかし、銀色。

 どう見ても金鉱石の類いではない。


 優斗は僅かに落胆する。


「ひとまず、名前だけでも確認するか」


 優斗は再度、鉱石だけをインベントリに収納した。

 インベントリに表示された鉱石をタップした優斗は、


「な――ッ!?」


 表示された名前に、喫驚した。


「ミ、ミスリル鉱石ッ!?」

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