第13話 強い人になるために
○優斗(18)
○レベル13
○スキルポイント:3→0
○スキル
・基礎
├筋力Lv2
├体力Lv2
├魔力Lv1
└敏捷Lv2
・技術
├剣術Lv2→3
├魔術Lv1
└気配察知Lv2
・魔術
<ライトニングLv1>
どのスキルを選んでも、1つずつしか上げられない。
ならばと優斗は、これまで最も寄り添ってきた剣術を選んだ。
スキルを取得したのはつい先日だ。
だが、長剣とはもう長い付き合いになる。
冒険者は、武器に自らの命を預けるという。
優斗はその流儀に則り、もはや相棒と呼べる長剣に命を託すことにした。
「行くぞッ!!」
気合を入れて、優斗は長剣を引き抜いた。
通路から広間に入る、その前に――。
「ライトニング!」
魔術を発動。
ライトニングが、一番近いコボルドキングに命中した。
「ライトニング!!」
続けてもう1発。
アクティブになった他のコボルドキングに撃ち放つ。
「ライトニング!!」
さらにもう一発。
ここで、軽く息が切れた。
急速に魔力が失われたことで、体が悲鳴を上げているのだ。
それでも、戦えないほどではない。
優斗は24時間戦い続けたことで、自分の限界がどこにあるのか、大まかに掴んでいた。
魔術3発連続使用はまだ大丈夫だ。
4発放つと、しばし動けなくなる。
そのギリギリラインを見極めて放ったライトニングは、3体のコボルドキングの動きを封じた。
まだ、絶命はしていない。
ダメージでスタンしているだけだ。
残る2体のコボルドキングが、優斗目がけて走り寄る。
「うおおおおおお!!」
裂帛の声を上げ、優斗は長剣を力いっぱい振るった。
斬って突いて払って蹴って。
攻撃を避けて、カウンター。
キングからの攻撃を寸前で躱し、回避行動に合せて剣を振る。
剣は、優斗の想像以上によく動く。
スキルレベルを3に上げたためだ。
――これが、Cランクレベルの剣術。
軽く当てただけの攻撃でも、剣は容易くキングの腕を断った。
別のキングが死角から優斗に攻撃を行う。
だが、それは気配察知で把握済みだ。
優斗は危うげなく回避して、キングの足を剣で払った。
ズシャッ! と、両足を後ろに残して、キングが地面に倒れ込む。
ドクドクと、切断面から血が噴き出した。
倒れたキングにとどめを刺して、腕を切ったキングと対峙する。
キングが咆哮を上げた。
これまでで一番の速度で優斗に迫る。
集中力が極限に達する。
一秒が、永遠に引き延ばされる。
キングの接近を、優斗はひらり躱す。
横切る瞬間。
優斗は、長剣を振り下ろした。
――ザシュッ!
キングの首が宙を舞った。
集中力をそのままに、優斗は素早く移動して、まだ身動きが取れないキングにとどめを刺していった。
「…………ふぅ!!」
すべての魔物が絶命したのを確認し、優斗は熱くなった息を吐き出した。
優斗は今日、初めて強敵と戦った。
それも5体同時にだ。
まさか一撃も貰わずに完封出来るなど考えてもみなかった。
だが、冷静に分析すれば、優斗のステータスはほとんどがDランクなのだ。
おまけに剣術はCランクレベルである。
対してコボルドキングは、いずれも強敵だがEランクの魔物である。
完封は幸運だったが、決して勝てない相手ではなかった。
「よかったぁ……」
気が抜けると、うっかり尻餅をついてしまいそうになる。
いま腰を下ろせば、立ち上がるのに苦労しそうだ。
優斗はぐっと堪え、コボルドキングのドロップを回収する。
インベントリに魔石を入れて、ふと優斗は気がついた。
「……あれ、扉が開いてない?」
広間最奥には、ダンジョンをクリアすると開かれる扉が設置されている。
その扉を出れば、神殿に戻ることが出来る。
その扉が、まだ開かれていなかった。
「んん? なにか、やり残したことがあるのかな?」
ボスを倒せば、扉は必ず開かれる。
それがまだ開かれていないということは――。
優斗がその事実に気づいた時、
『緊急クエスト:ユニークボスを討伐せよ(0/1)』
目の前に、スキルボードが浮かび上がった。
「ユニーク、ボス?」
クエストを読み終えたその瞬間、
広間の最奥に、
神殿に通じる扉の前に、
ボスが出現した。
「なんで……」
その魔物を見ると同時に、優斗の体が震えた。
「なんで、Eランクのダンジョンに……|Dランクのボス(コボルドロード)がいるんだ……
現われたのは、コボルドロードだった。
Eランクのダンジョンに、Dランクのコボルドロードが出てきた理由に、優斗は心当たりがあった。
インスタンスダンジョンは、ごくごく希にレアアイテムがドロップする。
そのレアアイテムをドロップするボスが、ユニークボスなのだ。
Dランクのインスタンスダンジョンに、荷物持ちとして参加したことのある優斗は、何度かその姿を目にしたことがある。
キングを支配する者――ロード。
Cランクに手を延ばす冒険者にとって、難関と呼ばれる魔物の1体だ。
ロードの体躯は、キングよりも二回りほど大きい。
戦闘力は、キングの比ではない。
誤って深く潜りすぎた冒険者の頭を、一撃で粉砕したという噂もある。
実際、Dランクのインスタンスダンジョンでは、重症を負う冒険者の姿を何度も目撃している。
優斗よりも格上の、Dランク冒険者がだ!
「か……勝てない」
優斗の体が、どうしようもなく震える。
逃げよう。
そう思ったが、体が思うように動かない。
恐怖のあまり、優斗の腰がぺたんと落ちた。
前方にいるロードの口が、歪んだ。
次の瞬間だった。
「――えっ」
優斗の目の前に、ロードの足があった。
刹那の間に、ロードが優斗に接近し、蹴りを見舞ったのだ。
「――ガハッ!!」
優斗はロードの蹴りを受け、まるで蹴鞠のように広間を転がった。
幸い、蹴りは直撃しなかった。
寸前のところで体が反応し、防御態勢となったのだ。
それはスキルのおかげか、はたまた生存本能か。
地面を転がったことで、体中が痛む。
優斗は慌てて、回復薬を取りだそうとする。
インベントリを開いて、回復薬のマス目に指を伸ばす。
だが、指が震えて、うまく触れられない。
「な、なんで……早く……早く!」
優斗が苦戦している間に、ロードがすぐ傍まで接近していた。
拳を握りしめるロードを、絶望の中で優斗は見上げた。
次の瞬間。
ロードが尋常成らざる速度で、優斗の顔面に拳を叩き込んだ。
優斗の視界で、バチバチと星が弾けた。
衝撃が脳を揺さぶる。
思考が一気に、真っ白になった。
――ぷつり。
優斗の意識が、遠くに飛んだ。
『ねえ、ユートはどうしてそんなに訓練してるの?』
赤髪の少女が、木箱の上で足を力なくブラブラさせた。
丁稚のマリーの眼が腫れている。
今日もまた、店長にドヤされたのだ。
『……ねえ? ねえってば!』
いつまでも木剣を振るう優斗は、マリーに肩を揺さぶられてやっと、自分が話しかけられていることに気がついた。
『えっ?』
『だぁかぁらぁ……。なんで、そこまで訓練出来るのって。ユート、弱いんでしょ?』
『弱いからだよ』
『ユート、強くならないんでしょ?』
『強くなるかもしれない』
『怖い魔物に、食べられちゃうよ?』
『そうかもね』
『じゃあ、どうして訓練するの? 成長するかわからないのに、ずっと辛い訓練をして、魔物に食べられにいくのが冒険者なの?』
『違うよ。魔物を倒すために訓練するんだよ。命を落とさないために、辛い訓練をするんだ』
――訓練が辛ければ辛いほど、きっと、強くなれるから。
優斗はマリーの目を見て言った。
楽なことばかりじゃ、絶対に強くならない。
辛い思いをしても、乗り越えられれば、人は必ず強くなる。
なにがあっても、泣かない人になる。
なにがあっても、諦めない人になる。
なにがあっても、乗り越えられる人になる。
そうやって人は、少しずつ強くなる。
『僕は、必ず強くなるよ』
泣かない人になるために。
諦めない人になるために。
乗り越えられる人に、なるために。
難しい顔をしたマリーを見て、優斗は再び素振りの訓練に戻った。
優斗の意識が飛んでいたのは、コンマ1秒にも満たなかった。
その間に、優斗はなにか大切なことを、思い出した気がした。
先ほど貰った攻撃で、頬の裏がズタズタだ。
口の中が血の味がする。
だが、体の震えは止まった。
ロードが再び拳を振り上げた。
恐るべき速度で接近し、ロードが拳を振り抜いた。
だが優斗は、それをひらりと躱した。
躱されたことで警戒したか。
ロードがバックステップで間を開けた。
優斗の体が、動くようになった。
――いや、元々体は動いていたのだ。
体を縛っていたのは、優斗の心だ。
心が負けていたから、優斗は動けないと思い込んでいた。
優斗は、思い出した。
これまで特訓した日々を。
どうして辛い思いを続けて、特訓を行って来たのかを。
強くなるためだ。
そして強い敵を、倒すためだ。
――人は強くなれるんだってことを、教えたい人がいるから。
いま、優斗の前には強敵がいる。
コボルドロードは、間違いなく強敵だ。
いま考えるべきは、それが〝自分より強いか弱いか〟じゃない。
この分厚い壁を、〝どうやって乗り越えるか〟だけだ。
「うおぉぉぉぉ!!」
優斗は獣のような咆哮を上げた。
体に残留した怯えを、その一声で振り払う。
すらり、長剣を抜いて正眼に構えた。
すると心が急速に落ち着いていく。
精神が安定し、集中力が増していく。
一秒が、永遠に引き延ばされる。
「――すぅ」
優斗が息を吸い、止める。
次の瞬間、優斗は全力で地面を蹴った。
長剣を頭上から振り下ろす。
これはあっさり躱された。
回り込んだロードの反撃。
これを急ブレーキで回避する。
勢いをねじ曲げ、回転、斬り払い。
ロードが慌てて頭を下げた。
そのタイミングに、優斗は合せた。
「――ギャッ!?」
下がった頭の下から優斗が、つま先を立てて蹴り上げた。
ロードの体が縦に伸びる。
そのままバランスが崩れるかに思えたが、ロードは即座に態勢を整えた。
――強い。
ロードは、やはり優斗が想像していた通り強かった。
いまの蹴りは、相手の動きにばっちり合ったものだった。
それでもバランスを崩しきれないのだ。
ロードの体力は、相当高い。
優斗はそれからロード目がけて、次々と攻撃を繰り出した。
ロードは優斗の攻撃を避け、あるいは爪で防ぐ。
うっかり踏み込みすぎれば、ロードの反撃が待っていた。
優斗はじっくりと、焦らずロードを削って行く。
ロードの体に、無数の傷跡が刻まれていく。
対して優斗は、最初に貰った一発以外、攻撃は食らっていない。
それはロードの攻撃が躱しやすいためではない。
ロードの攻撃は、優斗の態勢を1撃で崩せる力がある。
1度でも食らえば、致命的だ。
だからこそ、優斗はロードの攻撃を全力で躱していた。
二十、三十と、攻撃が積み重なっていく。
その間、どちらも一歩も引かなかった。
優斗の攻撃が、ロードの脇腹に入った。
僅かにロードの体が傾ぐ。
――やった!
遂に訪れた大きな隙。
それに、優斗は食いついた。
だが、
「――ッ!」
にやり、ロードが口を歪めた。
――罠だ。
優斗は慌てて、踏み込んだ足で急停止する。
だが、間に合わない。
死角から伸びるロードの爪が、優斗の顔に迫る。
「――クッ!!」
それを、優斗は思い切り首を逸らすことで回避する。
だが、回避し損ねた。
僅かにロードの爪が優斗の頬を掠った。
首を反ったことで、優斗はバランスを大きく崩した。
明らかに失態だ。
このチャンスを、逃すロードではない。
ロードが続けざまに、左の爪を優斗に伸ばした。
攻撃が届く、その前に――。
「ライトニング」
――タァァァン!!
優斗の剣の切っ先から、魔術の閃光が瞬いた。
ライトイニングを受けたロードが、筋肉を痙攣させ踏鞴を踏んだ。
これで、逆転だ。
優斗は態勢を整えて、長剣を振るう。
それでもロードは、諦めていなかった。
崩れたバランスを巧みに用いて、バックステップ。
攻撃が、躱された。
だが、優斗は諦めない。
「ライトニング」
――タァァァン!!
再び魔術がロードを襲う。
ロードが、硬直した。
長剣を引きよせ、優斗はロードの胸に切っ先を向ける。
これで、最後だ。
「ライトニング」
――タァァァン!!
魔術連続使用の限界である三発目。
それと同時に、優斗は長剣をロードの胸に押し込んだ。
>>緊急クエストをクリアしました。
>>クリア特典を獲得しました。
>>各種ボーナスが加算されます。
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