第12話 生成ダンジョンへ

 翌日。優斗は万全の体調で目を覚ました。

 体力スキルが増えたためか、疲労の回復が早くなった気がする。


 軽く体を伸ばすが、どこにも筋肉痛が残っていない。


「……よし、完璧だ」


 優斗は準備を入念に整えて、自室を出た。


 向かう先は神殿。

 今日はベースダンジョンではなく、鍵を使ったインスタンスダンジョンの攻略を行う。


 先日、24時間耐久狩りにて、優斗はEランクの鍵を入手していた。

 この鍵を手に入れたことで、新しいクエストが出現した。


『インスタンスダンジョンEを攻略せよ』


 このことからクエストはレベルだけでなく、優斗のステータスや、入手したアイテムによっても、新しいものが解放されることがわかった。


 Eランクのインスタンスダンジョンは、最も攻略しやすいダンジョンと言われている。

 初心者冒険者であっても、4~5人のパーティを組めば攻略出来る。


 実力を付けたEランクの冒険者が、時々ソロで攻略している。

 それほど易しいダンジョンである。


 ダンジョンは1層のみで、10に満たない数の部屋がある。

 だが、インスタンスダンジョンに地図はない。

 ダンジョンに入る度に、部屋の配置がランダムで変化するためだ。


 クリア条件は、魔物を全滅させるか、ボスを倒すかだ。


 これまで優斗は、鍵ダンジョンに一人で挑戦したことがない。

 レベルがずっと1だったし、スキルもなかったためだ。


 だがいまは違う。

 レベルは13まで上がった。スキルも沢山取得した。


 Eランク冒険者は、レベル1から10まで。

 レベル13ともなれば、Dランクに片足を突っ込んでいる状態である。


 また、スキルもほとんどがレベル2と、こちらもDランク並になっている。


 ステータスだけならば、優斗はもはやDランク冒険者だ。

 だからEランクのダンジョンも、油断しなければクリア出来るはずだと考えている。


 優斗は念のために、デイリークエストを消化しておく。

 不測の事態が発生した場合に、スキルポイントに余裕が欲しかった。


>>スキルポイント:2→3


 露店で回復薬を1本だけ購入する。

 低級回復薬でも1本1000ガルドだ。


 優斗の生活水準からすると、かなり手痛い出費である。

 だがここ数日で、優斗の蓄えがゼロから一気に2万ガルド以上と大幅に増えていた。

(そのせいで、倒れそうになったことは、決して忘れないよう心に誓っている)


 ここでケチって不測の事態に備えないのは、冒険者として手抜きである。

 優斗は万年Eランクの冒険者だ。いくらステータスが上がったからといって、精神的な余裕が生まれているわけではない。


 まだまだ、メンタルはEランクだ。

 少々注意深すぎるが、冒険者は命をかけている。

 注意深すぎるくらいが、丁度良い。


「……うーん。どっちに仕舞おうかな?」


 優斗は回復薬を、ツールポーチとインベントリのどちらに収納するかしばし考えた。


 ツールポーチに収納すれば、いざというとき即座に取り出せる。だが、戦闘中に壊してしまう可能性がある。


 対してインベントリならば、どれだけ暴れても回復薬が壊れる心配はない。だが取り出す時に若干時間がかかる。


 最前線で戦う冒険者の中にも、インベントリと同じ<異空庫>スキルを持つものがいる。

 そのため、優斗と同様の悩みを抱えている者がいる。


 このような悩みを解消するのが、荷物持ちである。


 荷物持ちは、戦闘には加わらない。

 そのため、回復薬を手にしていても破損する不安は少なく、いざという時に状況を見て即座に回復薬を取り出してくれる。


 その状況判断が良ければ良いほど、荷物持ちとして重宝される。

 ――優斗がまさに、そうだった。


 さておき、優斗にはお金はない。

 荷物持ちの雇用は問答無用で却下である。


 しばし悩んだ優斗だったが、冒険者としての感覚よりも、極貧ドケチな性分が勝った。


「千ガルドもする回復薬が、使う前に壊れたらもったいないしね!」


 回復薬を戦闘で割ってしまわぬよう、インベントリに収納する。


 準備は、整った。

 優斗は満を持して、神殿内にある生成の間に向かった。


「ここに来るのも、久しぶりな気がするな」


 生成の間は、ベースダンジョンの隣に位置している。

 少し前は、優斗もこの生成の間を毎日のように訪れていた。


 ――当然、役割は荷物持ちとしてだが。


 生成の間には、5つの扉がある。

 入り口は石造りで、奥に行くに従って金属にかわり、もっとも奥の扉は細工も豪奢な白金の扉に変化する。


 生成の間には既に、いくつかの冒険者パーティが待機していた。

 それらパーティは優斗とは違い、奥の方で入念に打ち合わせを行っている。Dランク以上のダンジョンに向かうのだ。


 優斗は5つある扉のうち、もっとも入り口に近い扉に向かう。

 ここが、Eランクのインスタンスダンジョン精製用の扉だ。


 その前で、優斗は鍵を取り出した。


「……ふぅ」


 Eランクのダンジョンには、これまで何度も入ったことがある。

 経験は、それこそちょっとした冒険者よりも多く積んでいる。


 だが、戦闘員ではなかった。

 今回優斗は戦闘員として、初めてダンジョンに挑む。


 心臓が胸を叩く。

 優斗は、緊張していた。

 だが、怯えてはいない。


「……はは」


 優斗は、笑った。

 自分が攻略側になって、Eランクダンジョンに踏み入る。

 夢にまで見た日が、遂にきたのだ。


 まるで初めてダンジョンに足を踏み入れる時のような高揚感が、優斗の体を熱くする。

 優斗は意を決して、扉に取り付けられた鍵穴に、鍵を差し込んだ。


 差し込んだ鍵を捻ると、僅かに扉が開かれた。

 それと同時に、差し込んだ鍵が消滅した。

 鍵は、一度しか使えないのだ。


 優斗は僅かに開いた扉を、ゆっくりと奥に押していく。


 扉の向こう側は、石造りの通路だった。

 大体どのダンジョンも、通路からスタートする。


 優斗はゴクリと、唾を飲み込んだ。

 ここに足を一歩踏み入れれば、攻略が済むまで戻って来られない。


「……よしっ!」


 僅かにためらった優斗だったが、気合とともにダンジョンに足を踏み入れるのだった。




 ダンジョンの中は、熱くもなく寒くもない。

 動き回るのには最適な温度だ。


 優斗は剣に手を置きながら、ゆっくりと足を進める。


 通路を進んで行くと、初めて広間に行き着いた。

 広間には、コボルドが5匹いた。


 力と素早さがゴブリンとキルラビットを足して割ったくらいの魔物だ。


 そのコボルドを見て、優斗は確信する。


「いけるっ!」


 その言葉通り、優斗は長剣を抜いて広間に足を踏み入れた。

 瞬間、コボルドが優斗に反応した。


 Eランクダンジョンの一般モンスターは大抵の場合、広間に入るとアクティブになるタイプである。

 そのため、弓術師のいるパーティは、通路から弓を放って完封出来る。


 無論、ボスには通用しない戦法だが、ボスまで体力を温存出来るという意味ではかなり有効な戦い方である。


 優斗も、やろうと思えば通路からライトニングで完封出来る。

 だが、それでは魔力を使ってしまう。


 コボルド5匹くらいならば、油断しなければ問題ない。


 優斗は襲いかかるコボルドを、次々と切り伏せる。


 斬り下ろし、斬り上げ、回転斬り。

 首を突き、返す剣で一刀両断。


「……ふぅ」


 残心を解いて、ひと息。

 優斗は血振りして、長剣を鞘に収めた。


 コボルド5匹を斬り伏せるのに、優斗は一分もかからなかった。


 これまでも、優斗はコボルドを倒した経験がある。

 だが、1匹討伐するのに、最低でも1分はかかった。

 相手の隙を突くのに、レベル1の優斗ではそれだけの時間が必要だったのだ。


 やはり、レベルアップとスキル取得の恩恵は凄まじい。


「はあ……よかった。ちゃんと体が動く」


 優斗は、僅かに不安だった。

 インスタンスダンジョンに入った途端に、これまで得てきたレベルやスキルが元に戻ってしまうのではないか……と。


 スキルボードを得てから、一週間ほどが経過している。

 それでも優斗はまだ、これが自分のものになったのだという、実感が得られなかった。


 すべてが嘘だったかのように、消えてしまうのではないか。

 そんな不安を、時々強烈に感じるのだ。


 もしこのダンジョンで力が消えたら、優斗には逃げ場がない。

 絶体絶命である。


 だから、力が消えなくてよかった。

 優斗はほっと胸をなで下ろした。


 ドロップした魔石を拾い集め、優斗は拳を握りしめる。


「よしっ、次々行こう!」


 そこから優斗は、3つの広間をクリアした。

 広間には、コボルドが3~5体いた。


 いずれも指一本触れさせることなく、優斗はコボルドを完封した。


「この調子なら、ボスはコボルドキングかなあ」


 ランダムで変化するインスタンスダンジョンだが、それぞれ特色がある。


 ゴブリンばかり現われる場合は、最奥ではゴブリンキングが待ち構える。

 キルラビットばかり現われる場合は、キルラビットクインだ。


 出現する一般モンスターの、上位モンスターがボスになるのだ。


 今回のダンジョンでは、コボルドが出現した。

 これまでの経験から考えると、コボルドキングが出現するはずだった。


 優斗がそう考えながら、最後の広間に近づいたときだった。


「……ん、なんだ?」


 気配察知で捕らえる雰囲気が、これまでのコボルドとは明らかに違う。

 これが、ボスなのだろうことが優斗にはわかった。


 だが、何故その気配が〝5体分も存在している〟のか?


 恐る恐る、優斗は広間を確認する。

 すると、


「う、嘘でしょ……?」


 優斗は唖然とした。

 広間には、コボルドキングと思しき魔物が、5体も存在していたのだ。


 通常、ボスモンスターは1体しか現われない。

 コボルドキングがボスならば、1体しかいないはずなのだ。


「なんで……5体もいるんだ……」


 優斗の頭から血の気が引いた。

 それでも冷静に、状況を見極める。

 

「……行けるか?」


 優斗は自分に尋ねた。

 心は、無理だと頭を抱えていた。

 けれど体は、行けると叫んでいる。


 どちらが正しいか、優斗にはわからない。

 結果を確認するためには、命を賭ける必要がある。


「…………ふぅ」


 しばし、悩んだ優斗だったが、覚悟を決めた。

 ここで膝を抱えていても、ダンジョンから出られるわけではない。


 既に優斗は、足を踏み入れたのだ。

 攻略しなければ生還出来ない、インスタンスダンジョンに……。


 ならば、答えは最初から決まっている。

 決まらなかったのは、覚悟だ。


 その覚悟を、優斗は決めた。

 スキルボードを取り出して、残ったポイントを割り振った。

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