第11話 沢山貰っているから……

「おっ、今回の袋は軽いな」


 麻袋に触れた感覚から、お金でないことがわかった。

 優斗はひと思いに、麻袋の口を開いた。


「ん、腕輪?」


 中から現われたのは、無骨な銀色の腕輪だった。

 じっと観察するが、腕輪にはなにも描かれていない。

 模様すらなかった。


「うーん? なんだろうこれ。――あっ、そうだ!」


 思いついた優斗は、腕輪をインベントリに収納した。

 収納した腕輪がインベントリに現われる。

 それを、優斗はタッチした。


『体力の腕輪』


 名前から体力が上昇しそうなアイテムであることがわかった。


「クエストの内容からも、なんだかそれっぽいな……」


 インベントリから取り出して、優斗は試しに腕輪を填めてみた。

 腕輪は、優斗の腕にピタリと填まる。

 どうやらサイズ変更の術式が内部に刻印されていたようだ。


「体力の腕輪っていうから、体力が上がるのかと思ったけど……うーん?」


 優斗は体を動かしてみる。

 体力が上がったと言われれば、上がったように感じる。


 スキルレベル2アップよりは効果がないが、そこそこは上昇してくれるようだ。


 僅かであれ、能力を底上げするアイテムは、かなりの値段で取引されている。

 その僅かな差が、ダンジョン内で生死を分けるためだ。


 この体力の値段も、売ればかなりの額になる。

 それこそ、優斗が10年は暮らしていけるだけのお金になるに違いない。

 無論、この生活水準を維持したままという前提だが……。


「けどこれ……体力クエストが終わったあとに貰ってもなあ。いや、有りがたいんだけどさ……」


 24時間戦わせるクエストならば、先にこの報酬を頂きたかった優斗であった。


          ○


「あら、ユート珍しいわね」

「おっ、マリーも来てたんだ」


 夕食時。

 仕事が終わったマリーは、大衆食堂であるゴールドロックに足を運んでいた。


 このゴールドロックはクロノスで、『安い・早い・そこそこ美味い』と有名な大衆食堂だ。

 マリーはこのお店の馴染みで、毎日のように足を運んでいる。


 というのも、下宿先には食堂がないためだ。

 マリーには料理の心得がなく、下宿先にも火を扱う設備がない。

 そのため、ほぼ全ての食を外で済ませている。


「ところでユート。今日はお金あるのぉ?」

「もちろん!」


 ユートの表情を見て、マリーは「おや?」と思った。

 彼はいつも生活苦に喘いでいる。万年Eランクで、収入が非常に少ない。


 彼が稼いだお金のほとんどは、安アパートの家賃に消えている。

 一日二食しか食べない彼の食費は、1食あたり50ガルドと、マリーの十分の一以下である。


 そんな彼を、マリーは時折このゴールドロックに誘う。

 いまだに50ガルドの安パンしか食べない、欠食児童の如き姿のユートが心配になるからだ。


 栄養が足りなくて身長がろくに伸びていない。

 そんな彼が空腹に負けてダンジョンで倒れたらと思うと、マリーは気が気でない。


 ゴールドロックは、何を選んでも1つ300ガルドだ。番頭になったマリーには、なんでもない価格である。


 だからマリーはユートを誘い、お腹いっぱい料理を食べさせてあげている。

 それがマリーが出来る、ユートへの精一杯のエールだった。


「どうしたのよ? もしかして、悪いことしたんじゃないでしょうね?」

「してないよ。してない、してない」


 ユートは子どものように首を振る。

 彼が悪いことをするような人間でないことは、マリーはよくよく知っている。


 どんなに腐っても、彼は成長出来ないことを、誰のせいにもしなかった。

 どんなに苦しい時でも、彼は一度も悪事に手を染めたことがない。


 マリーに一言「お金を貸して」と言えば、あっさり解決するようなことだって、彼はずっとずっと、抱え込んできた。


(もっと素直になればいいのに……)


 マリーは運ばれてきたサラダをフォークで刺しながら、むすっとしてユートを見る。


 彼が助けてくれって口にしたときは、いつだって助ける準備は出来ていた。

 けれど彼はいつまでも、助けてくれなんて、口にしなかった。


 そこが良いところであり、ヤキモキするところでもあるのだが……。


「折角だから、今日もアタシが奢ってあげるわよ」

「いいよ。今日は僕のお金で食べに来たんだから」

「でも、ユートはサラダしか食べてないじゃない……」

「だってここのサラダ、すごく沢山盛り付けられてくるから」


 ユートは栄養価よりも、1皿のボリュームしか考えていなかった。

 たしかにゴールドロックでサラダを頼むと、お腹いっぱいになるくらいの量が運ばれてくる。


 だが所詮、サラダはサラダだ。

 それだけでは、お腹に力が入らない。


「お肉食べなさいよー、お肉ぅ」

「みんな同じ値段だけど、お肉ってひと皿に1切れしか入ってない高級品だよ!? そそ、そんな贅沢なものは注文出来ないよ……」


 お肉を薦めると、いつもこうである。

 マリーはため息を吐き、手を上げた。


「すみませーん。お肉5皿お願いします」

「ご、5皿も食べるの!?」

「ユートが食べるのよ」

「えっ、でも……」

「もう注文しちゃったんだから、ちゃんと食べなさいよぉ?」

「ひえぇ!」


 嫌がるユートには、こうやって強引に奢るしかないのが現状だ。


 ユートは肉が嫌いなわけではない。

 彼にとっては肉が高級品だから、遠慮しているだけなのだ。


 マリーが注文すると、ユートは反省する犬のように申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、ちゃんと肉を食べてくれる。


 そんなユートを眺めていたマリーは、ふと彼の変化に気がついた。


「……ん? ねえ、ユート。少し顔が変わった?」

「へっ? ひあ、ほう?」


 ユートはステーキを口いっぱいに頬張りながら首を傾げた。

 その様子は、昔のままである。


 だが、彼の顔つきのなにかが変化したようにマリーには思えた。

 10年間、ユートを見続けたマリーだからわかる。


 彼の中で、なにかが大きく変化した。

 それがなんなのか、マリーにはわからない。


 だがもしかしたら――とマリーは思う。

 もしかしたら、ユートは自分の殻を破ったのではないか? と。


「今日はユートが食べた分も、アタシが奢って上げるからね」

「いや、いいよそんな」

「遠慮しなくていいのよ。アタシ、稼ぎはたっぷりあるから!」

「ぐぬぬ……」


 稼ぎを口にすると、ユートは手も足も出ない。

 当然だ。

 自慢ではないが、マリーはユートの月収の十倍以上貰っている。


 だから気軽に、奢ってあげられる。

 この1点のみが、マリーがユートに与えられる唯一のものだった。


(アタシは、ユートから沢山貰ってるのになあ……)


 食事を終えた後。

 夜は危ないからと、いつものように下宿まで送って貰ったマリーは、ユートの背中を見送りながら嘆息した。


 彼のために、なにかしてあげたい。

 だが現状出来るのは、お腹をすかせたユートに食事を奢るくらいだ。


 もっと、彼の背中を間近で支えたい。

 だがマリーに出来ることは現状、なにもない。


「……だったら」


 マリーは空を見上げて呟いた。

 ひとつ、マリーには案があった。

 だがそれを実行に移せなかった。


 ――お金が足りなかったのだ。


 だがユートの表情が変わった。

 彼はきっと、殻を破ったのだ。


 だったらと、マリーは奮起する。

 あと少しで、満足の行くお金が貯まる。

 頑張れば十分手が届く場所まで来ている。


「あとは、気持ち次第ね……」


 マリーは胸に手を当てる。


 自分に力をくれたユートの背中と、

 そして、彼がずっと手にしているボロボロになった長剣を、マリーは瞼の裏に思い浮かべるのだった。

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