第10話 シークレットな報酬は

 冒険者は通常、半日で冒険を切り上げる。

 いくらレベルが上がる冒険者とはいえ、人である以上体力に限界が訪れるためだ。


 ベースダンジョンの奥深くに潜る者は、入念な準備をして数日から数週間潜る。

 こちらも、基本は同様だ。

 朝に行動し、日が沈む頃にキャンプを張る。


 ダンジョン内で休息を取る場合、結界石を用いる。

 かなり高価な代物だが、なければまともな休息が取れず、全滅してしまう。


 最前線に赴く冒険者ですら、十分な休息を取る。

 むしろ、高ランク冒険者ほど休息が重要であることを熟知している。


 ダンジョンから戻った優斗は、ゲッソリした表情で傾き始めた太陽を見た。

 あれからまる一日。優斗は狩りを続けていた。


 剣術スキルの具合を確かめ、魔術スキルの具合を確かめた。

 優斗の体はどこまでも動き、Eランク内のあらゆる敵を寄せ付けなかった。


 これまで苦戦していた4階の魔物だって鎧袖一触、一切寄せ付けなかった。


 だから、うれしくなった。

 うれしくて、ついやり過ぎてしまった。


 優斗にはかれこれ、まる一日以上動き続けた経験が何度もある。

 訓練を続ければいつかレベルが上がると思い、我武者羅になっていた頃は、よくぶっ倒れるまで訓練を続けたものだった。


 だが、ダンジョンの中で倒れそうになるまで戦った経験は、これが初めてだった。


「……つ、疲れた……」


 足を前に進めることさえ苦痛だった。

 こんな風になる前に、何故地上に戻らなかったんだ? と、優斗はこれまで何百回も自分に文句を言い続けた。

 ――主に、疲労で素面に戻ってからずっとだ。


 集中しすぎると、目的以外のことに頭が回らなくなる。

 これは、優斗の悪癖だった。


 げっそりした優斗が、やっとの思いで買取カウンターに到着した。


「いらっしゃいませ。買取の商品をこちらにお願いします」

「……あい」


 優斗は鞄に入れていた魔石を取り出し、そのままドスンとお盆に載せた。


「ええと……少々お待ちください」


 受付が顔を引きつらせながら、お盆ではなく箱を用意した。

 その中で麻袋を逆さにする。

 箱の中に入る魔石が、じゃらじゃらと音を立てる。


「それではギルドカードと、魔石をお預かり致します。査定いたしますので少々お待ちください」

「あい……」


 優斗は耐えきれず、うつらうつら船を漕ぐ。

 どれほどそうしていただろう。

 名前を呼ばれて、優斗ははっと目を覚ます。


「優斗さん。お待たせいたしました。今回の査定ですが、全部で23050ガルドです」

「おお……」


 再び、最高記録を更新した。

 感動しているが、優斗はそれより早く布団に入って眠りたかった。


 運ばれてきたお金を、優斗は何気なくインベントリにしまい込む。


「あ、あの……優斗さん。一つお伺いしてよろしいですか?」

「……あい?」

「ここ数日、すごい数の魔物を討伐されていますが、一体どのようにして魔物を倒したのでしょう?」

「……普通に倒しました」

「…………普通」


 受付が、まるで全世界の学者が手を上げるような難問を耳にしたかのように、難しい表情を浮かべた。


「普通って、なんだろう……」


 ぶつぶつ呟く受付を尻目に、優斗は寝ぼけ眼でボロアパートの一室に戻っていったのだった。


          ○


 目が覚めた優斗は、いまの自分がどのような状況か思い出すのに、しばし時間がかかった。


 先日、優斗はほぼまる一日をダンジョン内で過ごした。

 ずっと狩りをしていたおかげで、地上に戻る頃には脳細胞のほとんどが眠ってしまっていた。


 体も節々が痛い。完全に筋肉痛だ。

 食事は、ダンジョンに潜ってから一度、50ガルドのパンを口にして以来、なにも食べていない。


 お腹が、ぐぅぅ……と不平の声を上げた。


 そのような状態でも、日頃のルーチン通りに体が動くのだから不思議だ。

 優斗は寝る前にデイリークエスト全てを消化していた。


 ランニング10kmをこなすとき、優斗に残されていたのは意地だけだった。

 意地の張り合いならば、優斗は負けない。

 なんせ、10年間もひたすら意地を貼り続けてきたのだから。


 マラソンを終えて筋トレをこなした優斗は、そのまま死んだようにベッドの上で眠りに就いた。


 ――ここまで、優斗は朧気ながら思い出した。


「も……もうちょっと、自重しないとな……」


 さすがに、今回はいくらなんでもやり過ぎだった。

 もし万が一、ダンジョンの中で完全にスタミナが尽きていれば、優斗は今頃死んでいたのだ。


 最低限、十分な状態で地上に戻れるようセーブすべきである。


 さておき、優斗はガチガチになった体を引きずるようにベッドから抜け出した。

 時刻は既に昼を過ぎている。


 体がこのような状態であるため、今日はダンジョンを休みにする。


 顔を洗い歯を磨き、新しい服に着替える。

 身だしなみを整え終えると、優斗はスキルボードを取り出した。


○優斗(18)

○レベル12→13

○スキルポイント:1→5

○スキル

・基礎

 ├筋力Lv2

 ├体力Lv0 NEW

 ├魔力Lv1

 └敏捷Lv2

・技術

 ├剣術Lv2

 ├魔術Lv1

 └気配察知Lv2

・魔術

 <ライトニングLv1>



「……ん、あれ? レベルとスキルポイントが上がってる。新しいスキルも増えてる……」


 先日を再度思い返すも、優斗にはこれらの記憶が一切なかった。


「もしかして、なにかクエストを達成してたのかな?」


 クエスト一覧をチェックする。

 しかし、クエストは一度達成すると、一部例外を除いて表記が消えてしまう。


 例外はただ一度だけ。

 スキルボードを取得したときの、EXクエストをクリアした時のみだ。


「たぶん、なにかしらのクエストはクリアしたんだろうなあ……お? インベントリになにか入ってるな」


 インベントリの一番上に、2種類アイテムが入っていた。

 一つは、先日ベースダンジョンで魔物を討伐していた際に入手した、Eランク向けのインスタンスダンジョン用の鍵だ。


 この鍵は、ベースダンジョンで魔物を倒すとごく希に入手出来る。


 インスタンスダンジョンは、攻略すればおおよそ決まった素材やアイテムが入手出来る。

 素材を販売すればEランクが1万ガルド。Dランクは5万ガルド、Cランクは10万ガルドの収入が得られる。

 無論、クリア出来ればの話だが。


 インスタンスダンジョンの最後には、ボスが待ち受けている。

 ごくごく希に、ボスを倒した際にレアアイテムが入手出来る。


 インスタンスダンジョンでレアアイテムを入手して、ベースダンジョンの奥に挑む。

 それが、迷宮都市クロノスに暮らす冒険者の、スタンダードなパターンだ。


 しかし皆が皆、インスタンスダンジョンをクリア出来るわけではない。

 ダンジョンはクリア出来ないけどお金が欲しい者は鍵を販売し、ボスでレアアイテムを狙う冒険者が、その鍵を購入するという図式が生まれている。


 鍵の値段は、確定収入の8~9割が相場だ。


「これ、どうしよう? 売るかなあ……」


 それも手だと優斗は思う。

 だが、一度は自分の力でEランクのインスタンスダンジョンを攻略してみたい気持ちもある。


「まあ、後々考えるか」


 鍵のことは後回しにして、のこるもう一つをタッチする。


「ん、『24時間耐久魔物狩り報酬』……うわぁ、僕そんなに動いてたんだ……」


 優斗は自分のことながら、さすがに気持ち悪いと思ってしまった。


 今回クリアしたクエストは、優斗がレベルアップして出現した。

 報酬の名称から、そのクエストが『24時間魔物を倒し続ける』だったと考えられる。


 それを確認しないまま、優斗は知らずうちにクエストをクリアしたと……。


「さすがに、24時間魔物を倒し続けるってクエストは、知ってたらやらなかったかもな……」


 そこまで優斗は愚かではない、と考えている。

 ――実際には、自らの認識より愚かだったのだが。


 今回入手したスキルは、体力だ。

 まさに、24時間戦った優斗に相応しいスキルである。


 優斗は早速体力にポイントを割り振った。


>>スキルポイント:5→2

>>体力Lv0→Lv2


 すると、先ほどまでクタクタだったはずの体が、一気に普段通りの活力を取り戻した。


「おお、さすが体力スキル……。疲れはあるけど、まだまだ動けそうだ」


 だからといって、今日は休むと決めている。

 少しウズウズしているが、優斗はダンジョンには行かないぞ! と再度決意を固めた。


「次は、この報酬だなあ。なんだろう。お金じゃなきゃいいなあ」


 報酬のアイコンに触れて、インベントリから取り出した。

 空中に出現したそれを、優斗は手でキャッチした。

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