第5話 ゴブリン500体
翌日。朝いちに目が覚めた優斗は、素早く身支度を調える。
荷物持ち以外でダンジョンに潜るのは、久しぶりだった。
きちんと剣が装備出来ているかを確認して、優斗は部屋から飛び出した。
大通りを北に走ると、神殿前広場にたどり着く。
朝早いというのに、広場では既にパーティの勧誘合戦が行われていた。
パーティを誘う冒険者の合間をすり抜けながら、優斗は迷宮神殿を目指した。
「おっ、ユート! これからインスタEに行くが荷物持ちで参加しないか?」
「ユート、こっちはインスタDだ。どうだ? いつもより色を付けるぜ」
透が広場を走っていると、次々と勧誘の声がかかった。
いつも優斗を荷物持ちとして使っている冒険者たちだ。
荷物持ちの仕事は二つある。
一つは、文字通り冒険者たちの荷物を背負うことだ。
ダンジョンでは1日で探索を終えることもあれば、数日地上に戻れないこともある。
もしもの場合に備えて、ある程度の食料を持ってダンジョンに入るのだ。
もう一つは、ドロップ品の回収だ。
魔物を倒すと、倒した魔物はダンジョンに吸収され、代わりに魔石や素材が排出される。
これをドロップと呼ぶ。
このドロップ品を回収するのも、荷物持ちの仕事だ。
その様子から、一部では荷物持ちのことを〝ゴミ漁り〟と言う者もいる。
荷物持ちは、同じ冒険者としてカウントされない役割なのが現状である。
それでも優斗はプライドを捨てて、荷物持ちを行って来た。
強い人についていけば、レベルアップのヒントが得られるかもしれないと思ったことともう一つ。
生きて行く上で、先立つものは必要だからである。
優斗は苦笑を浮かべ、首を振った。
「ごめんなさい。今日はベースに行きます」
「なんだよ。ツイてねぇなー」
「気をつけろよ最弱」
馴染みに冒険者に見送られ、優斗は神殿にたどり着いた。
神殿は、ベースダンジョンを封印するために建てられた装置だ。
神が手ずから作り出した建築物という話だが、詳しいところはEランク冒険者の優斗にはわからない。
神殿の中には、冒険者ギルドが併設されている。
これからダンジョンに向かう冒険者が、素材収集の依頼を受けたり、逆に帰還した冒険者が素材や魔石の販売をギルドで行う。
ギルドに実力が認められると、冒険者ランクが上昇する。
ランクが上昇すると、ギルドで受けられる依頼が増える。
中にはたった一度の依頼で、一年は遊んで暮らせるほどの報酬が貰えるものもあるという話だ。
冒険者ランクはEから始まり、最上級がSだ。
現在、クロノスに存在する冒険者の数は、10万とも20万とも言われている。
その中にあって、Sランク冒険者はたった5名しか存在しない。
それだけ凄まじい実力の持ち主なのだ。
優斗の冒険者ランクは、当然ながら一番下のEである。
ギルドに認められるような実力がないので、仕方がない。
朝から賑わうギルドカウンターを尻目に、優斗はダンジョンの入り口に向かった。
ダンジョンの入り口は、広い部屋の中心にぽっかりと開いている。
中心部の石畳には、魔方陣が刻まれている。これが魔物の流出を防いでいると言われている。
優斗は魔方陣の溝に足が取られぬよう、気をつけて入り口へと向かった。
入り口を降りると、石造りの通路が前方に伸びている。
ここからもう、ダンジョン地下1階だ。
ダンジョンの中には、薄明かりが点っている。
ダンジョン全体が、淡く発光しているのだ。
優斗は腰に下げた長剣に触れながら、慎重に歩みを進めた。
ときどき、壁にゲル状の物体が張り付いているのが見える。
――スライムだ。
時々巨大化して人間を襲うこともある魔物だが、基本的には無害である。
おまけに倒しても、ほとんどの場合なにもドロップしない。
スライムはダンジョンの汚れを食べて生きている。
その生態から、スライムはダンジョンの外でも用いられている。
残飯処理や下水浄化に用いられているのだ。
スライムは人類と共存出来る、数少ない魔物だった。
スライムを無視してしばらく歩くと、前方に二体の魔物が出現した。
二足歩行をする、緑色の生物――ゴブリンだ。
「よしっ!」
このゴブリンを五百体倒さなければならない。
優斗は気合を入れて、ゴブリンに向かっていく。
「ゲギャ!!」
「ギャギャギャ!!」
ゴブリンが優斗を威嚇する。
初心者なら僅かに躊躇するような大声だ。
だが、既にゴブリンに慣れた優斗にはまるで通用しない。
優斗は流れるような足さばきで前に出て、長剣を一閃。
一撃目に左のゴブリンの首を跳ねる。
続けざまに、右のゴブリンを袈裟斬りにした。
「ガァッ!!」
どさっとゴブリンが通路に倒れ込む。
首をはねた方は即死だ。
袈裟斬りにした方も、次第に動きがなくなり、死亡した。
すると、ダンジョンが息を引き取ったゴブリンを、呑み込んだ。
まるでそこだけ沼地になったかのように、ゴブリンが床の下へと沈んでいった。
ゴブリンかすっかり消えると、通路の上に2つ、小さな石が出現した。
これが、魔石だ。
「……ふぅ」
優斗は息をつき、ドロップした魔石を回収した。
「さすがは、レベル5だ。全然、体の感覚が違う」
ゴブリンを一瞬で倒してしまった優斗は、自らの動きに驚いていた。
レベル1の初心者冒険者であれば、ゴブリンの相手はやや苦戦するものだ。
しかし、対ゴブリン戦を積み重ねた優斗は、レベル1であっても、余裕をもってゴブリンを仕留められた。
それは優斗に、特別なスキルがあったためではない。
ゴブリンの攻撃モーションや、動き、癖、反撃の兆しなど、すべてを頭に叩き込んでいるからだ。
いわば、優斗の努力の賜である。
今回の戦闘では、優斗はこれまで通りゴブリンを討伐出来た。
だが、これまでとはまったく違い、自らの接近速度や剣速が明らかに上昇していた。
またゴブリンを斬りつけた際の、あまりの手応えの無さに、優斗は驚いた。
「これが……レベルアップの力」
すごい、と優斗は思った。
レベルが上がれば、こんなにも狩りが楽になるのか……とも。
まるでこれまでの優斗は、体中に重りを巻いて戦っていたかのようだ。
それをすべて脱ぎ去ったかのように、あらゆる動作が軽快になった。
「よしっ!」
この調子ならば、ゴブリン討伐五百程度造作もなくクリア出来る。
優斗は気合を入れ直し、足早にゴブリンを索敵するのだった。
スキルボードのクエスト欄を見ながら、優斗はゴブリンを倒し続ける。
これまで優斗は、必死になって魔物と戦ってきた。
もちろん今日だって、必死になって戦っている。
けれど、こんなに希望を感じながら、剣を振った経験は一度もない。
いつまで剣を振り続ければ良いのか。いつゴールが現われるのか。
なにもわからないまま闇雲に戦っていた頃と比べると、体は疲れきっているのに、剣はいつまでも軽かった。
どれほど時間が経過したか。
「……五百!!」
優斗はようやくゴブリン五百体の討伐に成功した。
「はぁ……はぁ……ああ……疲れたぁ」
さすがに、ぶっ続けで索敵と討伐を繰返した体は、疲労の限界だった。
優斗はへなへなとその場に座り込む。
鞄から水が入った革袋を取り出し、いっきに煽る。
討伐数が四百を超えてから、はやくゴールにたどり着きたくて、優斗はそこから一度も休憩を入れていなかった。
カラカラに乾いた体に、水が染みこんでいく。
「さて、クエストの方はどうなってるかな?」
優斗は早速スキルボードを取り出した。
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