プロキシ

 何んでこんなアプリインストールしたんだろう。

 紗枝ちゃんのスマホを見せて貰った時は、あのワンちゃんの壁紙をインストールしたかった筈なのに。  

 如何して。

 ゲームなんて興味なかったのに。

 紗枝ちゃんが言ってたな、何か変な声が聞こえるって。

 紗枝ちゃん別れ際に何て言おうとしたんだろう。

 メールしてみようかな。

 後でも良いか。

 あのワンちゃん可愛かった。

 このアプリをインストールしたって知ったら紗枝ちゃんちょっと怒ってたな。

「ふっ、紗枝ちゃん、可愛かった」

 私に気付かれないように必死だった。

 でも私、わかっている。

 紗枝ちゃんは私のことが好き。

 それは友達としてじゃない。

 私も紗枝ちゃんが好き。

 私は男の子が好きだけど、でも紗枝ちゃんとだったら、そうなっても良いと思っている。

 そうよ紗枝ちゃんがはっきりしてくれたら、こんなアプリインストールしなかったのに、何であんたが怒るのよ。  

 私、何怒ってるんだろ、何だか変。

 頭の中に何か居るみたい。

 考えが纏まらない、全然集中できない。

 早くゲーム始めたい。

 真夢に早く登録してもらおう。

 でもこのゲームどうやってインストールしたんだろう。

 思い出せない、真夢のスマホにインストールするのに如何しよう。

「まぁ何とか成るかな」

 突然如何でも良くなった。

 普段から何をやるにもきちんと下調べをし準備してから行動するのにこんな風に適当に考える事なんて無かった。  

 紗枝と分かれて20分程で真夢の家に着いた。 

「ねぇ、このゲームインストールして欲しいの」

「良いよどれインストールするの」

「あのね設定をまず変えて、セキュリティで身元不明のアプリにチェック入れて」 

「身元不明って何か怖いね」

 確かにもう少しソフトな表現は無かったのだろうか。

 真夢は少しだけ躊躇したが雪希の言うとおりにした。

「出来たよ」

「そしたらねブラウザ動かしてアドレスにhttp://xxx.xxx.xxx.xxx/xxxxxxx.appって入れて実行して」  

 さっきまで思い出せなかった手順が簡単に口から出た。

 そればかりか覚えずらいIPまですらすらと。

 頭もスッキリしている、でも中に何か居るような感覚はまだ残っている。

「分かんなぁい、アドレスもう一度言って」

 雪希は真夢の甘えるような声に僅かだが怒りを覚えた、真夢は時折雪希に甘える様な仕草を見せる事が有った、運動以外でなら誰も及ばない頭脳の持ち主だが生来のアイドル気質と言うのかわざと分からないふりをして他人に甘える、普通頭の良い者がやれば嫌味に成るような事も真夢がやると可愛く見えてしまう、生れながらのアイドルなのかもしれない。

 何時もなら真夢のそんな所が好きで微笑みながら面倒を見てしまう雪希だったが今日は何故か苛々した。

「良い私がやる」

 雪希は真夢のスマホを毟る様に受け取るとアプリをダウンロードしインストールを終えた。「何怒ってるの、怒るなら始めから全部やってくれれば良いのに」

「ゴメン」

「ネ、後はどうやるの」

「ブルートゥースONにして」

「したよ」

「待って私もオンにするから、そしたらアプリ動かして、私の携番出た?」

「出ない、スキャン中だって、あっ出た出た」

「私のほうも出た、これで登録する方が相手の携番をタップするの、私に先に登録させてね」

「いいよ、その為に来たんでしょ」

「うん、ありがとう」

「ネェ、次は私に登録させて」

「アッ、駄目なの相互登録は出来ないみたい」

「そうなの、ズルイ私もやりたい、そうだママのスマホ登録しちゃお」

 そう言うと真夢は居間に降りていった。

「ママぁー、スマホかして」

「何するの」

「通信ゲームインストールさせて」

「雪希ちゃんとやりなさいよ」

「いいから、3人いるの」

「変なの入れないでよ、この間テレビで言ってたわよ、最近はスマホにもウィルスが有るって」  

 母親は40代半ばにしてはこの手の情報にそこそこ詳しかった。

 真夢は母親からスマホを受け取ると直ぐに戻ってきた。

「持ってきた、ネェ、インストールして」

 雪希は母親のスマホを受け取ると真夢の時と同じ手順でインストールしブルートゥースをONにしてアプリを起動する。

「真夢のブルートゥースONにしてある?」

「さっきのままだよ、でゲームを実行っと、出たァママの携番、それでちょんっと」

「登録完了だって」

「後はゲームが言う通りにすれば良いから」

「ゆきちゃん、このゲームやった事有るの」

「えっ無いけど」

「何でそんなに詳しいの」

「何でかな、分かんない」

 確かに不思議だったインストールの手順も真夢の家に来るまでは全く思い出せなかったのに、それに自分のスマホにだって何でインストールが出来たんだろう。  

 紗枝の壁紙を見てから何か変だ。

 紗枝の事が心配だった。

「ママぁー、スマホサンキュー」

 けたたましい声を上げながら居間に降りていく真夢に少しイラついた。

 はっとした、何だか今日の自分は変だ、もう帰ったほうが良さそうだ。

 このままだと真夢と喧嘩になってしまいそうだ。

 雪希は母親にアプリの説明をしている真夢の居る居間に降りていった。

「真夢、私帰る」

「エー帰っちゃうのご飯食べて行きなよ」

「そうよ雪希ちゃん食べて行けば」

 真夢の母は何時雪希が遊びに来ても優しかった、食事も何度もご馳走になった事がある。

 料理の腕前も雪希の母よりずっと上手で美味しかった。

 雪希は真夢の母親が大好きだった。真夢より母親に会うことが目的で真夢の家に遊びに来ているようだった。

 そして真夢の母親に会うと自分のお母さんだったら良いのにといつも思う。

「帰りはパパに車で送らせるから、明日は学校休みなんだからゆっくりして行けば」

 何時もなら二つ返事なのに今日は如何しても帰りたい。

 早くゲームをやりたい。

「有り難う、でもお母さん待ってるから、今日は帰ります」

 真夢の母親は本当に残念そうだった。

「そお、じゃ途中まで送っていくわ」

 真夢の家は雪希の家から歩いても30分くらいの所にあった

「おばちゃん大丈夫、まだ明るいし、この時間なら人通りも多いから」

 早く帰りたかった。

「そお分かったわ、気を付けてね」

「はい」

 真夢の家を後にした雪希は直ぐにゲームを始めようとした。

 スマホの画面には雪希自身の顔が映っていた。

「貴女は誰」

 スマホの中の雪希が話しかけてくる。

「なによこれ、私じゃない」

 何故か凄く嫌な感じがした、一度画面を消しもう一度見ると今度はホーム画面に戻っていた。

 ゲームのアイコンをタップしても何も反応しない。

 まだこの段階で他人の前でゲームをやらせる訳には行かなかった。

 自宅の住所は既に携帯キャリアのサーバーに侵入して抜いてある。

 GPSで計測すれば雪希が何処にいるかは分かる。

 邪魔が入れば洗脳に失敗する、失敗すれば容易く精神は崩壊する。

 今は少しずつ侵入していく事が肝心だ、一度壊れてしまったら元には戻せない。

 ゲームマスターにとって特別な存在の雪希を壊してしまう訳には行かない。

 少しずつ必要な部分に侵入し邪魔な部分を眠らせていく。

 1936年に激越性うつ病患者に施術されたロボトミー手術と言う術式に理屈は似ているが、あんなに乱暴で非人道的な処理では無い、ロボトミーは簡単に言えば、前頭前野と他の部位との連絡線維を切断する乱暴な施術だ、てんかん発作、人格変化、無気力、抑制の欠如、衝動性などの重大な後遺症を伴った。  

 一方此方は刃物の様な野蛮な物は使用しない、スマートフォンに搭載されているサウンド機能とインカメラを使用する。

 現代のスマホのサウンド機能は中々優れていて、人の可聴範囲を超える高周波音も出力できる。

 物には固有の振動数があり外部からその固有振動数と同じ振動を与えてやるとその物を容易に破壊する事が出来る。

 脳にも固有振動数がある細かく見れば脳の部位によって微妙に違う、ゲームをやらせながらこれを探る。  

 ユーザーの反応を見ながら発信する周波数を微妙にずらしていき、ピンポイントで眠らせて行く、同時にインカメラで己の姿を映し出しゲシュタルト崩壊を誘う。 

 繊細な作業故にロボトミーの様に重篤なダメージを与える事も無い、多少の人格変化は訪れるが日常に支障をきたす様な事は無いし時間がたてば元に戻る。  

 全てが終わればユーザーはゲームマスターには逆らえない、寧ろ喜んでゲームマスターに従う様になる。  

 そうなるまで邪魔は入って欲しくない。

 個人差は有る様だが上手くいけば2週間程度で完了する。

 家に帰るとスマホの中の雪希が再び問いかけて来た。

「貴女は誰」

 終了しても少しすると又問いかけてくる。

 アンインストールしても結果は変わらなかった。

 既にゲームマスターはスマートフォンのルート権限を奪いアンインストールも終了も出来ないようにしていた。

「貴女は誰」

 何度か繰り返す度に、気分の悪さは薄れてきた。

「貴女は誰」

 暫くすると自分が何処に居るのか、自分は誰なのか自己認識が曖昧になってきた、既に日にちの感覚を失い始めていた。

 その頃から画面に映るのは男の子の顔になっていた、しかし雪希には其れが自分なのか他人なのか判断が出来なくなっていた。

 ゲームは次の段階に進んだ、今度は男の子が囁く 

「ジュースチョウダイ」

 雪希にとってその声は、天使の囁きの様に心地良かった。

 この声の願いを叶えてあげたい、そう思わせる。

 雪希はキッチンからグレープジュースを持って来た。

「喉が乾いているのね、もう一杯飲む?」

「ジュースチョウダイ」

 雪希はキッチンに下りていった。


 翌日の日曜日は真夢と一度だけ電話で話したきりゲームに没頭した。

 母親は相変わらず休日出勤で家に居なかったから誰にも邪魔をされる事はなかった。

 尤もゲームと言ってもただスマホから響く声の言う事を実行するだけの事だ、殆どは飲食物を持って来る事の繰り返しで後はただスマホの画面を眺めている。

 時折我に返ったように紗枝の事を思い出す、其の度に少しだけ頭の中の霧が晴れたように感じる。其の時は決まってゲームマスターから命令される。

「ジュースチョウダイ」

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