惨事のヒロイン

 二-A所属の色部あやめは、放課後体育館裏にて、他クラスの男子に告白されていた。

「こんな私なんかで本当にいいの?」

「な、なに言ってるんだ! いいに決まってる!」

「……あなたは、私の過去を知らないから好きだなんて言えるのよ」

「えっ?」

 そう言うと、あやめは過去の出来事を語り始めた。


 色部あやめは、高い戦闘の才能を持つ少女達が集められた、警察の秘密特殊部隊に所属している。その部隊は主に裏社会の地下組織と闇で戦っていた。

 しかしある日、仲間の一人の少女が敵組織に捕らわれ、裏の科学による洗脳を施され、敵として部隊の前に現れた。


「お願いユーリ、目を覚まして!」

「だめだジュリ隊長、こうなったらユーリと戦うしかないわ!」


 仲間が呼び掛けてもユーリの洗脳は解けない。かくなる上はと彼女と戦う指示を求められた隊長のジュリであったが――


「私には……私にはできない!」


 彼女はそう悲痛な声を上げると、背を向けてその場から逃げ出していってしまった。

 彼女には耐えられなかった。なぜならば、以前にも同じ形で仲間のリナと戦うことになり、彼女を失っていたからだ。


「ジュリ!」


 そんな彼女のことを案じてその背を追ったのが、二-Aの色部あやめであった。


「ジュリ、辛いのはわかるわ。でもあなたでないと、ユーリには太刀打ちできない」

「あやめ……私にはもう……」


 そして、離れた物陰で泣き崩れるジュリを励ますあやめだったが、ジュリの答えはノー。と、その時だった。


「甘えたこと言うんじゃないわよ!」


 突如として響いてきた声に、ジュリはハッと顔を上げる。と、そこにいたのはリナの幽霊であった。


「ジュリ! 悲しみを生む根源を絶ちたいのなら、敵の組織と戦いなさい。今、ナミが一人でユーリと戦って苦戦してるわ。また一人、仲間を失うことになるわよ。これはあなたにしかできないことなの! 私達のリーダーでしょう、ジュリ!」


 他ならぬリナに叱咤されたことで、ジュリは涙を拭き、立ち上がった。


「リナ、わかったわ。あなたがそう言うなら、私――」


 しかしそこで、あやめがふいに口を開いた。




「ジュリ、ごめん。私、ジュリの彼氏のりっくんとキスした」





 …………………………。



 …………………………。



 …………………………。




 全てが凍り付いてしまったかのような沈黙の後、ジュリはこの世の終わりを見たような絶望に染まった顔で、あやめに言った。


「なんで今言ったの? なんで今このタイミングで言ったの? 私……もういや、もういや、もういやぁあああああ―――!」


 あやめのせいでジュリは錯乱状態に陥り、戦線復帰が不可能となった。せっかく出てきたリナの霊も、それに落胆し全てを諦め、無言で無表情でこの世を去った。


 一方、激戦を繰り広げるナミとユーリ。しかし力の差は顕著で、しだいにナミは押され、ついに追い詰められる。地に倒れたナミの額に、銃口を突き付けるユーリ。

 ここまでかと観念したナミであったが、しかし、一拍待っても引き金が引かれることはなかった。そこで、ナミはハッと気が付いた。銃を持つユーリの手が震えていることに。


「今、今の内に、早く……」


 さらに、ユーリは振り絞るように、そう口にする。


「ユーリ、あなたまさか、必死に洗脳に逆らって!? あぁユーリなんて子なの。待ってて。今、楽に……」


 それを聞き全てを悟ったナミ、手に持つ銃をユーリに向け、静かに引き金を引いた。


(ユーリ、あなたこそ、私達の一番の友達だった!)


 地に倒れたユーリの姿を見たナミは、うずくまり頭を抱えて、天まで響かんばかりの慟哭を上げた。


「あああ――――っ! ユーリ―――――っ!」


 と、そこにあやめが駆け付け、そんなナミに言った。



「ナミ、ごめん。私、あなたの彼氏とキスした」



 ナミはさらに号泣し、怒号を上げた。



「なんでこのタイミングで言うのよおおおおお――――!」



 これが2-A、色部あやめの過去である。




「こんな私でも本当にいいの?」

「いいわけがねえだろうが―――! なんなんだ、なんなんだよあんた! 戦いに関与しようとしないのに傷口だけえぐりまくっていってさ! そんな人だと思わなかったわ! 告白はなかったことにしてくれ!」


 最低な女、色部あやめの自白により、男子は前言を撤回することになった。そりゃそうだ。


「そう、それならそれでいいわ。だって私、恋愛においては、追いかけられるより追いかける側でいたい性質だから」


「どの口が言ってんだよ!」


 しかし、なおも反省はしていない様子のあやめなのであった。救えねえ。

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