すぽ根
サッカー部のキャプテンを務める2‐Aの
條辺が職員室の扉を開けると、そこにはサッカー部の顧問教師とケンカ騒ぎの当事者・部員の本城、そして、被害を訴える生徒の学校の教師の姿があった。
條辺の顔を見るや、相手校の教師が口を開いた。
「来ましたね、部長の條辺くん。確認なのですが、彼はサッカー部の部員で間違いありませんよね? このことは看過できる問題ではありません。サッカー協会や体育連盟に報告させていただきます」
「だから、違えって言ってんだろ! 俺はもう部員じゃねえんだよ!」
怒り心頭の様子の相手校教師。しかし、その言葉を聞くや、本城は必死にそれを否定する。認めれば部に迷惑がかかる。そのことを理解しているからであろう。
その状況を察すると、條辺は意を決し、相手教師に告げた。
「はい、彼はウチの部の一員です」
その言葉に瞠目したのは本城だった。
「な、なに言ってんだよ條辺。……俺なんてもん練習にも出てねえし、一員なんかじゃねえだろ」
「それはお前が膝を壊したからだろ。俺は、お前が一員じゃないなんて思ったことはねえよ」
「な……いや、お前、ここで認めたら大会に出られなくなるんだぞ? それでもいいのかよ!?」
「それでも! それでも、お前のことを仲間じゃないなんて、口が裂けても言えるかよ!」
「な……」
言葉を失う本城に、條辺はなおも自分の思いをぶつけていく。
「走れなくなって落ち込むのはわかるよ。けど、だからってグレたりなんかすんじゃねえよ! これ以上カッコ悪いところを見せないでくれよ! それでもお前は、俺が憧れたエースの本城なのか!」
「ば、馬鹿だお前は……馬鹿だお前は……」
その言葉を聞き、思わず男泣きの本城なのであった。
翌日、放課後のグラウンドで、パス交換を交わす二人の姿があった。
二人だけの姿があった。
「まあ、俺とお前の二人しかいないんだけどな、サッカー部」
「ああ……」
どの道、大会には出られないサッカー部なのであった。
二人の中ではエース本城。
さて、そんなわけでろくに部活動もできなかったため、條辺は放課後にバイトを始めた。自給が良かったうどん屋で働き始めたのだが、その内にその店の娘さんと恋仲となった。
そのことは店主のお父さんには内緒にしていたのだが、やはり同じ空間の中にいればバレてしまうもの。
閉店後の店内で、條辺と娘は、嫉妬に駆られるお父さんにどやされていた。
「娘との交際は絶対に認めん!」
「お、お父さん、條辺くん良い人だよ。この前だって問題起こした部活の子をまだ仲間だって――」
「お前は黙ってなさい! 部活か。條辺、お前、部活をしているのか?」
とりなす娘に取り合わず、父は條辺を詰問する。
「い、いえ、したくてもできなかったといいますか」
「見たことか。部活は人を育てる。部活もしていない奴のことを認めることはできん」
「お父さん、テニスで国体に出たことが自慢なの。だから部活にこだわってるのよ」
部活してないだけで全否定!? と驚く條辺に、娘が補足する。
「その意味を教えてやる。條辺、ワシとコートに出ろ。そうすればわかるはずだ。もし、お前が一度でもワシからポイントをとれたなら、娘とのことを認めてやろう」
そうして、條辺はお父さんとテニスをすることになった。
「條辺、娘のこと本気なら、何度でもとことん食らい付いて、ワシからポイントを奪ってみせろ!」
「わかりました」
そう告げたお父さんのサーブで、ゲームは始まる。
トスしたボール目掛け、力強くラケットを振り抜く。
が、空振り。
タイミングが早すぎた。
「ま、まぁ、久しぶりだからな」
お父さん、誤魔化すようにそう言いながらボールを拾うと、もう一度そのボールをトス。力強くラケットを振り抜く。
も、空振り。ボールは虚しく、ポトリと地に落ちた。
お父さん、ダブルフォルト。
と、お父さん、キリッとした顔を作って、條辺に言った。
「お前の勝ちだ。どうやら娘に対する気持ちは本物だったようだな。お前の本気は伝わった。娘のことを頼む」
「お父さん!? 俺なんにもしないで終わったんだけど!? なんかムリヤリ綺麗にまとめて締めようとしてるけど!」
條辺のツッコミを無視し、お父さんは誤魔化すように、さっさとコートから去っていった。
その後、條辺がうどん屋の後継者になったと思い込んだお父さんの熱血指導が始まることとなった。しかし……
「いいか條辺、ウチは水沢山から湧き出た名水を取り寄せて、うどんを打っている。この水を使った麺でなければ――」
「へぇ、そうですかお父さん。では、ここにそのこだわりの水を入れたコップと、そこの蛇口で水道水を汲んだコップとがあるんですけど、飲み比べたらわかりますか?」
「バカにするな。ワシをこの道何年だと思ってる。ぐびっ、ぐびっ……うん、全くわからん」
天然ばかりが炸裂していた。
「ごめんね、ウチのお父さん、ちょっとアレなところがあって……」
「うん、気付いてた」
ため息の娘と失笑の條辺。
その後、二つの水を使ってそれぞれうどんを打ってもらい、食べ比べてもらったのだが、
「うん、全くわからん。やっぱ水は水やね」
もうやだこのなんちゃって頑固職人親父、と條辺は思うのであった。
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