人に歴史あり

「初めまして。黒須真美くろすまみといいます。今日からみなさんの担任を務めさせていただきます。よろしくお願いします」


 ある日、退職した前任に代わり、新任の先生が担任としてA組にやってきた。歳の頃は三十代前半。美人で凛々しく、聡明そうな容姿をした先生が現れたことに、クラスみな驚嘆の声を漏らしながら、拍手で迎える。


「では、さっそく先生のJK時代の姿を見ていきましょう」

「えっ!?」


 しかし、そこで事態は急展開。クラスのスピリチュアル女子・細木聖子がそう言いながら取り出した巨大な水晶玉に、先生の過去の様子を映し出し始める。と、先生は一転、慌てて素っ頓狂な声を上げる。

 まず、高校入学後すぐの自己紹介の様子が、水晶に映し出される。



「みなさん始めましてだワン。黒須真美だワン。真美は前世がワンワンで――」


 制服+犬耳カチューシャ&付け尻尾姿のJK黒須真美が、痛いセリフを吐く光景が、そこにはあった。



「やめろおおおおおおおおおおおお!」


 教室に、目を血走らせた黒須先生の地鳴りのような叫びが轟くが、先生の体は力自慢の女子相撲部員・鳳ちゃんに羽交い締めにされて身動きが取れず阻止できない。


「しっかり者に見えたのに、先生、昔は不思議ちゃんキャラ(笑)」

「イタい(笑)これはイタい(笑)」

「クール美女の先生の過去がコレというギャップ(笑)」


 教室が爆笑に溢れ、先生が顔真っ赤になる中、犬耳JK真美のハイライト動画は続く。

 次は、黄昏の中、埠頭で男子生徒と二人での一幕。



「真美、本当は自分に自信がないんだワン。だから、あなたに好きになってもらう資格なんてないんだワン」



 腹を抱えて笑い転げる生徒達。


「そのキャラで本当は自分に自信がないってなに(笑)」

「ずるいよ先生(笑)」

「なんの闇なの(笑)わけわかんねえ(笑)」


「やめろおおおおおおおおおおお!」


 顔真っ赤で地獄の底から轟くような叫びを上げる先生。

 次は黄昏時の教室で、女子の友人との一幕。



「ごめんね真美。私、真美が彼のこと好きだって知ってたのに……」


 申し訳なさそうに言う友人。と、真美はそんな彼女の頬を張り、語気強く言った。


「私達、親友でしょ美貴。どうして隠してたの。私にそんな遠慮なんていらないわよ」


 と、美貴はありがとう、と呟き、涙声で続けた。


「どうして私達、同じ人のことなんか好きになっちゃったのかな……」


 それに、二人は感極まり、抱き締め合って泣きじゃくった。


『うわああああ―――ん!』


 続けて、先にも出てきた男子生徒との一幕。


「言っとくけど、私が振られたわけじゃないから。私があんたを振ってやったんだからね。ったく、私に気ぃ遣うんじゃないっつの。じゃ、さよなら。美貴とお幸せに」


 去り行く真美。黄昏の中に、犬耳と尻尾が付いたシルエットが震えていた。



「先生、シリアスになるとワン語尾パージして普通に喋るの、マジ腹痛いです(笑)」

「そのキャラでしっかり青春をするな(笑)」


 笑いすぎて呼吸困難になる生徒達。


「ひゅう……やめ、やめろおお……ひゅう……」


 一方、先生も恥ずかしさのあまり、もうほとんど息をしていなかった。


 しかし、篤実な先生は、それでも離職せず担任を全うしたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る