幽霊っ娘

「なあレイジ、お前の隣の席、転校した初音の席だから空席のはずなんだが、よ~く見ると半透明の女の子が座ってるように見えないか?」


 ある日の休み時間、教室にて、突然屋良が元・板井初音の隣の席に座る男子、織田レイジに怪談話を切り出した。


「は? いやいや、誰も座ってないじゃん」

「いや、目を凝らしてよ~く見てみると見えてくるんだって。未練がましく初音の席をじっと見詰めていた俺だから見付けることができたのだ!」

「え~威張ることじゃないだろ。……うわっ! ホンマや! ホンマに半透明の女の子が座っとる!」


 言われた通りにしてみると、レイジ、本当に体が透けた女の子の姿を目視してしまった。

 亜麻色の短めの髪をした、小柄な可愛らしい女の子だ。島蘭高校の制服を着て、しれっと混じるかのように空いている席に着座していた。


「初めまして。天野アリサといいます。もうすぐで高校生になるはずだった中学三年生の地縛霊です。死因など生前のことは記憶にないのですが、高校生になることを楽しみにしていたことは覚えています。なので、ちょうど空いている席があったここに、勝手に混じらせてもらっています」

「え、ああ、そうなの? 初めまして。それは構わないと思うけど、入りたくないと評判のクラスだけどウチでいいの?」

「いえいえ、透明人間として混じる分には、とても楽しいクラスです」

「そう。よかった。好きなだけゆっくりしていってね」

「はい、ありがとうございます」


 有志として参加しましたとばかりのドヤ顔で、当然のようにそう話しかけてきたので、レイジもつい当然のように答え、言葉を交わしてしまう。


 一度見えてしまったら、次からは自然と視認できるようになった。

 それから、席が隣な誼で、レイジはアリサと他愛ない会話を交わすようになった。


「ウチの制服着てるけど、それはどうしたの?」

「着るものは好きにカスタマイズできるのです」

「へ~、便利なんだな。アリサはここに寝泊りしてんの? ってか、アリサって寝るの?」

「寝ます。保健室のベッドで勝手に寝ています。夜の保健室はちょっと怖いですが、まぁ私もオバケですし」

「新たな七不思議が生まれそうな話だな……」

「不思議といえばです。姿が見られないのをいいことに、私はここで様々なしょうもないイタズラをしてきました。たとえば、テーブルの上に置かれた味噌汁を、少しだけすすーっと動かしたりしました」

「しょーもなっ! あれ自然現象じゃなかったんだ! お前の仕業だったのかよ!」

「次は、政治家に取り憑いて不適切発言を言ってやろうかと思っています」

「イタズラの域を超えてる! なんでそんなことを!?」

「空いたそのイスに私が座ってやろうかと思いまして」

「なんで幽霊なのに政治家になろうと思ったの!?」

「だって、よく言うじゃないですか。これからは政治に透明性が求められる時代だって」

「そんな透明性誰も求めてねえから!」


 二人は、そんな他愛ない会話を交わす間柄となっていった。


 そんな中のある日、アリサが「放課後の寄り道を体験してみたい」と言うので、放課後、レイジはアリサをファミレスに連れて行ってあげることにした。


「放課後に寄り道って、なんか憧れていたのです」

「あ~なるほど。寄り道で店に入るのって、高校にならないとやらない感じするもんな」


 道中、そんな会話を楽しみながら、二人はレストランにやってきた。しかし、店員に案内された席に行くと、レイジはそこでとんでもないものを目にした。


 その席に、可愛い女の子の萌え絵がプリントされた抱き枕が鎮座していたのだ。


「なにこれ!? どういうことっ!?」


 うろたえるレイジに、アリサ、得意のドヤ顔で――


「私が屋良さんに頼んで用意してもらっていたのです。レイジさんが誰も座っていないように見える席に向かって喋るのは不自然ですから」


「いや、それもそれで不自然でしかないんだけどね! 抱き枕とファミレス来るとかどんだけ寂しい奴なんだよ俺!」


 ドヤ顔で犯行を自供するアリサに瞠目しながらツッコミを入れるレイジ。慌てて抱き枕を捨てに走った。


「レイジさんはハタからは誰も座っていないように見える席に向かって喋ってて恥ずかしくないですか?」

「ん~? ま、クラスに似たようなことしてるやつがいたから大丈夫だよ。桑瀬ってやつなんだけどさ、どんなやつかっていうと……」

「へぇ~面白い人ですねぇ……」


 それから、雰囲気だけでも楽しもうと、二人分のポテトとドリンクをテーブルに並べて、二人はまた他愛のない話を交わした。


 その後、店を出ると、「こっちですこっちです」とせがむアリサに連れられ、レイジは小さな公園に足を踏み入れた。

 そしてそこにある桜の木―すでに花は散っていたが―の前に立つと、アリサが懐かしそうに口を開いた。


「この木を見てください。これは生前私が弟とよく見に来ていた桜だったりはしないのです。私は一人っ子です」


 まさかのフェイントに引っ掛かり、思わずずっこけるレイジ。


「思わせぶりな切り出しだったから真面目に聞こうと思ったら!」

「さすがは私! 自分の個性を活かせています! 今の私なら誰でもしんみりと話を聞いてくれるのです!」

「そんな悪用の仕方はやめろ! 不可避だわそんなん! タチ悪いわ!」


 また得意のドヤ顔でしてやったりと語るアリサと、たしなめるレイジ。

 と、その時だった。


「……ア、アリサ?」


 そこに中年の女性が現れ、目を見開き震えながら、アリサの名を呼んだ。


「……お、お母さん?」


 と、アリサもまた、はっと目を見開いて女性を見詰め、確かめるように、そう口にした。


「アリサ――――!」

「おかあさ―――ん!」


 そして二人は駆け寄り、抱き合う――寸前でクルッとターン。二人してレイジを指差し、人を食った笑みを浮かべ、声を揃える。


『フェイントでした~』


 それにはまた盛大にずっこけるレイジ。


「この方は屋良さんのお母さんでした~。私は親のこととか覚えてません~。や~い、また引っ掛かった~」

「だから不可避なんだわそういうやつ! やめろ! そしてノリ良すぎるでしょ屋良のお母さんも!」


 満足気な二人に、たまらずツッコミの語気を強めるレイジなのであった。


 そんな愉快な出来事があった次の日の朝。教室にて、レイジと屋良、れっきとした空席となっているアリサの席を見て、小首を傾げながら話していた。


「あれ? レイジ、今日アリサちゃんいないな」

「ああ、だな。どうしたんだろ。寝坊かな?」

「……そういや、昨日お袋づてにアリサちゃんからヘンな伝言頼まれてたんだよな。なんか『楽しかったです。ありがとうございました』ってお前に伝えてくれってさ」


 それを聞いた瞬間、背筋が凍り付くような感覚を、レイジは覚えた。


「まさか、あいつ……」


 次の瞬間、レイジは弾かれたように駆け出した。

 そして、焦燥に駆られるまま乱暴に教室の引き戸を開き廊下に飛び出すと、引き戸の脇で人を食った笑みを浮かべてレイジのことを指差しているアリサの姿が視界に入り、レイジは盛大にずっこけた。

 振り向くと、屋良まで小馬鹿にした笑みを向けて自分を指差していることに気付き、レイジはさすがに抗議の声を張り上げた。


「だからそういうの不可避だからやめてくれって言ってんじゃねえかよ! そして屋良! 親子揃ってなんなんだ! お前ん家火つけてやるからな!」


 それにケタケタと笑うアリサと屋良。

 それを見てレイジ、なんなのこの娘、からかい上手すぎてかなわねぇ、とぱたりと大の字に倒れる。


「レイジさんで遊ぶのは楽しいのです。またアリサと遊んでください」

「……ああ、それはいいけどさ。でっていう? 『で』っていう?」


 満面の笑みのアリサと、苦笑いのレイジ。二人は長い付き合いとなったという。

 

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