仲良し、平野と水野

 放課後、塾の時間までの時間潰しをするために、今日も今日とて暇人女子高生が空き教室に勝手に集まった。


 第一の暇人の名は、平野奈美ひらのなみ。普通な顔立ちをした、普通のセミロングの中背の少女。お調子者っぷりは並ではない。

 そして第二の暇人の名は、水野美音みずのみおと。セミロングの黒髪ポニーテールの、背が小さく愛らしい顔立ちをした少女。


 彼女達は余っているイスに腰を掛け、机に肘を置いて、今日も他愛のないことを駄弁っていた。


「みおとんって、かわいーよね」

「な、なによ急に」


 いつものように大した目的もなく集まるや、なにやら意味深な笑顔でそんなことを言ってくる平野に面食らう水野。


「先程拾ったみおとんの手帳なのだが、ここの自作ポエムがもう……」

「ちょっ! いつの間に!? 人の物を勝手に!」


 思わせぶりな様子に警戒する水野の前で、平野は一冊の手帳を取り出し、焦った水野が止める間もなく、開いて中身を読み始めた。



 意識し始めたのは海の日。水面からあなたが飛び出した瞬間、ハートの浮き輪波にさらわれた。

 あなたに渡すクッキーだけに、恋のドロップを一粒のせてオーブンへ。熱く溶け出してくっつくように。

 告白のタイミングはブランコで靴を飛ばした後。見えないガラスの靴をはかせられた。

 帰りのトレイン乗れない。突然の大雨も恋のジェイル。



「ああああああああああ!!! さぶいぼが! さぶいぼがあああああああああ!」


 全身をかきむしりながら地面をのた打ち回る平野。

 そんな彼女に、殺気を含んだ白眼視を送る水野。


「けしからん。けしからんな。こんなけしからん詩は野放しにはしておけん。よし、この詩を、ベースはそのままに、よりブラッシュアップされたものに書き直してやろうではないか」


 さらに、ひとしきり水野の詩をくさすだけでは飽き足らず、平野はそう言ってペンを取り出すと、その詩に修正まで施し始めた。

 そうして平野により書き直された詩が、こちら。



 本当の自分らしさ探して、ありのままの自分を愛したかったから、すっぴんで出掛けたら顔を笑われた。


 ソース顔と言われるが、みんなオブラートに包んでくれているようだ。私の顔は、はっきり言ってブルドッグに似ている。そんな意味でソース顔かい。


 安全ピンで地肌に直接名札を突き刺すという行為でさえ、己の存在をアピールすることができなかった、過去の私。


 そんな私から変わるの。飾らない心で真っ直ぐに整形外科へと向かうよ。



 この後、ピクリとも動かなくなった平野の体が、水野により校舎裏に捨てられる光景が目撃されたという。



 その後のとある日曜日、平野、水野の二人は、OGの先輩と待ち合わせをした公園に来ていた。使い終わった参考書を譲ってもらう約束をしていたのだ。


「みおとん、わかってるとは思うが、これから来る貫田ぬきた先輩にたぬきという言葉は禁句だ。太ってて名字も貫田だからといって、たぬきと言っては絶対にいけない。わかったか」

「わかってるよ。そんなこと誰も言わないよ」

「よし」


 そうこうしている内に来る貫田。一段と太ったもよう。


「おう久しぶり」

「お疲れ様です先輩」

「まーちょっと座って話そうか」

「はい」


 立ち話もなんだしと、公園内のベンチに向かう貫田。


「あ、待ってください先輩。……これでどうぞ」


 と、そこで平野は気を回し、先輩の服が汚れないよう、ポケットからハンカチを取り出し、ベンチの上に敷いた。


「おー気が利……ん?」

「ん?」


 しかしその時、貫田と平野はハンカチの真ん中に小さな紙切れがくっ付いていることに気が付いた。そこに書かれていた文字は――



  『A‐23 たぬき』



 数日前に行ったソバ屋の半券であった。



「たぬきの指定席みてえになっちまってんじゃねぇかよ――――!」



 激怒したたぬきの右ストレートが、平野の顔面を打ち抜いた。


「ぐへぇ――――――っ!」


 吹っ飛ばされ、白目を剥いて失神する平野。

 その様を見た水野、あれほど気を付けろと言っていたのに、どうしてこうなる、と平野に呆れた視線を向けるばかりであった。



(お読みくださりありがとうございました。続きます)

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