残念系しかいないぞ! ~二年A組学級日誌~

林部 宏紀

屋良と初音の恋路

「好きだ初音。俺と付き合ってくれ」

「……ごめんムリ。私、もうすぐ転校するもん」

「わかってるけどさ、それでも好きなんだ!」

「……じゃあ、次の試合でホームラン打ったらいいよ」

「次の試合ってお前……よし、わかった。本当だな!」


 告白しているのは、屋良 賀集やら かしゅう。若干、名前も名字みたいな名前をしている男前だ。

 されているのは、板井 初音いたい はつね。親の転勤で東京から福岡へ引っ越す美少女。

 初音は転校を理由に交際を断ろうとしているのだが、屋良からすれば、だからこそ今言わねばもう機会はない、といったところだ。

 食い下がる屋良に、考えた末、交際をOKするための条件を出す初音。

 しかし屋良のいる島蘭高校野球部は弱小で、次の試合の相手は、去年甲子園でも活躍した投手を擁する強豪校だ。そして舞台は、弱小相手でも手を抜かぬ全国大会地区予選。

 つまり遠回しに断られたのだが、気付かぬ屋良は、その投手を打つ闘志に火をつける。


 そして、試合当日。1‐0の劣勢で迎えた9回表、屋良が打席に立つ。

 その初球、想いの丈を全て込めたスイングが奇跡的にボールを捉え、打球はフェンスの向こうへと消えていった。

 同点ホームランに沸き返る島蘭高野球部員。


 屋良は興奮のあまり、信じられないと観客席で目を丸くする初音に向かって拳を突き上げながら、勢い良く走り出した。


 しかし、そのまま一塁ベースを踏んだ瞬間だった。

 屋良は突然右モモの裏を押さえながら転がるように倒れ込むと、そのまま仰向けに天を仰ぎながら、力なく呟いた。


「あ~、やった。やったこれ。やったわ~。肉離れになっちゃった。救急車~」


 一転、静まり返る島蘭高野球部員と、能面に変わる初音。


 屋良はホームランなのに代走が出されるという赤っ恥を掻きながら、担架で搬送されていった。かっこ悪かった。これはとにかくかっこ悪かった。

 試合は裏で失点し負けた。初音に交際も断られた。



「他のクラスの奴が起こした問題だろ!」

「先生が責任問われるのおかしいよ!」


 その後のある日のこと、A組の教室は紛糾していた。学年主任でもあるゆえ、クラスの担任教師が、他のクラスの生徒が起こした不祥事の責任を取り、退職させられる運びとなったからだ。

 担任が良い先生であったため、A組生徒達は憤慨していた。


「よし、ストライキだ! 学校に立てこもって、先生の処分を解くまで続けるぞって訴えるんだ!」


 そして、クラスの中心人物である屋良がストを主張すると、それにクラスの全員が気勢を上げて賛同。

 クラスがある校舎最上階の三階へ続く二つの階段を、机、イスを主としたバリケードで塞ぎ、立てこもりを開始した。



「お前達! 何をやってるんだ! 今すぐ出てきなさい!」


 と、数十分後、異変を嗅ぎ付けた教師達がバリケードの前に押し寄せ、A組生徒達の説得を始める。


「先生方、これは僕達のストライキです! 出てきてほしかったら僕達の先生の処分を撤回してください!」

「何を言っている! なにがストライキだ、そんなもんは認めんぞ!」

「先生の処分を解くまで俺達は戦い続けるぞ!」

『そうだそうだ!』


 だが、熱を上げる生徒達の士気は高く、徹底抗戦の姿勢。バリケードを解こうと近付こうものなら、用意した投石をもって阻止する構えだ。

 しかし、その時だった。



「あ~、やった。やったこれ。やったわ~」



 リーダーの屋良がふいに腹を押さえて倒れ込み、仰向けに天を仰ぎながら呟いたのは。



「ごめんみんな。もうちょうになっちゃった」



 続けて述べられた言葉を耳にすると、みな狐につままれたような顔をして黙り込んだ。

 場はしばらく、時が止まったかのような静寂に包まれた。


「え、え~。ここまでやって……せめて一日くらい我慢しろよ」

「我慢はできない。バリケードどけて! はやくバリケードどけて! 痛いからはやく病院行きたいからはやくバリケードどけて! バリケードどけてぇ!」


 その末、一人の生徒がそう屋良に取りなしてみるも、屋良は即答でそれを拒絶。

 バリケードは解かれ、屋良は病院に搬送され、生徒達は全員身柄を確保され、ストは僅かな時間でお開きとなってしまった。

 なお、その後、担任教師は「恥ずいわ」と言って自ら辞任を選んだという。



 時は流れ、島蘭高文化祭が開催された。

 メインステージの上には、女子軽音部のメンバー。客席には元メンバーの板井初音。

 初音の転校が決まってからというもの、バンドには紆余曲折あった。バンド活動に本気で青春を傾けてきたメンバーはみな、初音の転校の報告に涙した。

 そしてその後、新メンバーを迎えることになったのだが、バンドの仲の良さ、結束力を知っていた新任の彼女は、自分が初音の代わりを務めるプレッシャーに押し潰されそうになった。

 初音はそんな彼女に想いの全てを託し、日々付きっきりで指導した。

 そんな日々を乗り越え、バンドは、初音に見せる、彼女を送り出す涙のステージを今日迎えていた。


「この曲を、一番大事な人に贈ります。聞いてください。『一番大事な瞬間』」


 ボーカルの口上と共に曲は始まる。出だしは新メンバーのドラムだ。初音と特訓した、課題だった難関のイントロを彼女は見事に乗り越え、曲はAメロへと入る。


『うんぴ体操第一~! 慌てて入るも紙が無かった時のポーズ! 便器のフタに力なく背をもたれ天を仰ぎ~』


「あ、ごめん、電話鳴っちゃった」


 その時、突然、客席の初音のスマホが奇妙な歌を鳴らし、メンバーは思わずそれに硬直。演奏はそこでストップした。


 一番大事な瞬間が…………


 メンバーは、いや、会場中の全員が、放心状態で何も言わず、ただじっと初音の顔を見詰め続けていた。時が止まってしまったかのような静寂が、会場を包み込んでいた。

 ステージは、そのまま無言で、強制的に幕が下ろされた。

 初音の転校の日程が、少々早まることになってしまったという。



 その後のある日のこと、屋良は登校後すぐに、よく当たるのでお気に入りの占いアプリを起動した。


「なになに、『今日はつつがない一日となることでしょう』か。いいね。悪くないね」

 吉日の知らせに、朝から上機嫌となる屋良であった。



「ちくしょう! 初音の転校の時期なんで早まってんだよ! 理由聞いても誰も教えてくれねーし! とにかく列車に乗る前に捕まえねーと!」


 しかし、午後に入ってすぐのことだった。クラスメイトから、ふいに初音の転校が今日になったことを聞き、屋良は授業を投げ出して駅へと激走していた。

 今日を逃したら、もう二度と直接言葉を交わす機会はないかもしれない。そう思ったら、屋良は居ても立ってもいられなかった。まだまだ彼女に伝え切れてない言葉がたくさんあるような気がして、しゃにむに走った。


「うぐっ!? なんでこんな時に腹が……急に走ったからか、くそっ! まだ時間はギリあるか」


 しかし、そんな時に限って腹が痛くなってしまい、たまらず屋良は公衆トイレに寄った。

 勢い良く個室に駆け込んで用を足し、そしてそこで気が付いた。

 ホルダーにトイレットペーパーがない。

 紙どころか、トイレットペーパーの芯の筒すら、そこには存在していなかった。



 つ つ が な い 一 日 と な る こ と で し ょ う



 良く当たるアプリの文言を思い出し、そんな意味でつつがない一日かい、と屋良は力なく便器のフタに背をもたれ、天を仰ぎながら呟いた。


「あ~、やった。やったこれ。やったわ~。間に合わね~わ~。ごめんな~初音~」



 十年後、同窓会で再会した二人は、このお互いの失敗談で大笑いし、それをきっかけに交際を開始することになるのであった。



(お読みくださりありがとうございました。続きます)

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