第22話 女心を理解するのは難しい……というより無理じゃね?
「ここに座りなさい理瑚」
来た道を戻り、エレベーター脇にポツンと設置されたベンチに理瑚を座らせる。
「急にどうしちゃったのお兄ちゃん? それになんでお母さん口調?」
困惑する理瑚の問いに俺は答えず、潔白を示す。
「俺、別に女装趣味とかないからな」
「…………そうなの?」
少しばかり目を見開き、驚きを表情にだす理瑚。驚くということはつまり意識し信じていたということ。知らなければ『なに言ってるの?』と訝しむはずだ。
「そうだ。信じてくれ」
「……じゃあお兄ちゃんの部屋にブラがあったのは?」
ブラ……それこそが理瑚にとって俺が女装趣味があると決定づけた物品。無理もない、兄の部屋にブラジャーがあったのだ、嫌でも連想してしまう。
「理由は話せない」
信じてくれと言っておきながら都合の良い発言だと自分でも思った。けれど話せない。転校生が渡した男子生徒から奪い取った物ですなんて。要約しても救えないのに経緯などもってのほか……あまりにも下品過ぎる。
「……じゃあ昨日ブラを着けてた理由は?」
「……………………え?」
思考が、停止。頭が、真っ白。
「着けてたよね? 透けて見えてたよ」
「す……け……て?」
「うん。あれだけ濡れてたんだもん、透けちゃうよ」
透けちゃうよが頭の中で
――透けブラしちゃってたってことおおおおおおおおおおぉぉぉッ⁉
心中でそう叫んだ。
ブラジャーを身に着けるのが初めてだった俺は透けてしまうなんて事態を
「着けてた理由は?」
「……り、理由は、話せない」
これもまた言えない。女心を理解する為だとは口が裂けても。
「それじゃあ納得できないよ」
しかし絞り出した声も虚しく理瑚に払われてしまう。
「でも、証明してくれたら信じるよ」
「証明?」
導きとも取れる理瑚の言に俺は希望を込めて訊き返す。
「そ……夏休み中にお兄ちゃんの彼女を家に連れてきて。で、私の前でイチャイチャしてるところ見せて。そうしたら健全な男子高校生だって信じるよ」
が、希望の光はいとも容易く砕け散り、霧散する。
「あの……彼女と呼べる存在がいない場合はどうすれば?」
「それなら安心して。期限は夏休み中だから、いなければ作ればいいよ」
「いやいや、そんな無茶な。冗談だろ?」
あまりの難題に俺が笑って返すと理瑚もにこやかに微笑みながら立ち上がった。
「それくらいしてもらわないと納得できないよ」
そう言って理瑚は俺の横を通り抜けていく。
「私、先に帰ってるね。お兄ちゃんは……少し自分を見つめ直したら? 都合よく言っとけば丸め込めるだろうなんて浅はかな考えを持っている自分とか」
長い時間を兄妹として過ごしてきた俺にはわかる。理瑚が笑いながら猛烈な毒を吐く時は、かなりお怒りだということを。だが、お怒りの理由がわからない。
一人残された俺はさっきまで理瑚が座っていたベンチにそっと腰を下ろす。
一番身近な、いや身内である理瑚の気持ちすら俺にはわからないのに、女心なんて理解できるわけがなかった。
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