第21話 女心を理解しよう3

 程なくしてショッピングモールに着いた。が、一階に用はないのか理瑚は周りにある店に目もくれず二階へ繋がるエスカレーターに乗る。俺もその後ろに続く。



「まずどの店から寄るんだ?」

「まずというか、寄る店は一つだけなんだよね」

「そうなのか、てっきりあちこち回るのかと思ってたが。てことはその店で爆買いするわけだな?」

「…………」



 何故か黙ってしまった理瑚はエスカレーターを降りるなり一人先に行ってしまう。


 俺に荷物持ちを頼むくらいだ、的外れな発言をしたわけじゃない。だというのに……なんなんだ一体。


 不可解がお似合いな今日の理瑚にじれったくなるが、どっちみち付いて行けば目的がはっきりするだろうと自分に言い聞かせ追行ついこうする。


 二階は女物の服や小物を取り扱う店が多く、必然的に客層はほとんど女性。男の俺にとってはやや息苦しい場所だ。


 一方で理瑚は慣れた足取りで進んでいく。


 お目当ては夏服か?と妥当な予想をした俺は、しかしある店の前で立ち止まった理瑚に見事に裏切られることとなった。


 爆買いする店ってまさか……男子禁制と言っても過言ではない、この聖域せいいきでか?


 恐怖で歯の根が合わず足が震える。たくさんの天使達が羽を休めいこう聖域、その輝きたるやこの世に男として生を受けた俺には神々しすぎて金の玉が縮み上がってしまう。


 しかし聖域とはいえ、踏み入れても決して罰せられることはない。ならどうしてここまで恐れるか……訴えかけてくるのだ。聖域の管理者である店員さんと神である女性のお客さんが一歩でも入ろうものなら『招かれざる者よ、即刻立ち去れ』と冷めたまなこで。


 そう、ここは聖域……またの名を〝ランジェリーショップ〟だ。



「えっと、理瑚? こんな所で止まってないで早く目的の店に行こ、な?」

「ここが目的の店だよ」



 もはや迷える子羊化とした俺は救いを理瑚に求めるが届かず、無情にも審判は下された。


 嘘だろおい、なんでよりにもよってランジェリーショップなんだよ。ここで爆買いするってことはそれすなわち、俺が家までブラジャーとパンティーが大量に詰め込まれた袋を運ぶってことじゃねえか! 立ち入るのですらクソ恥ずかしいってのに…………てか下着爆買いってなに? 備えあれば憂いなしって下着にも通用するの? するか、するよね、そりゃするさ、但し限度はある。


 俺が先を想像して顔面から火が出る思いでいると、前にいる理瑚が振り返り遠慮がちな目を向けてきた。



「実は、買い物もあるっていうの嘘なの。ここに連れてきたのは、お兄ちゃんの為」



 申し訳なさそうにしている理瑚には悪いが俺には許すことも咎めることもできそうにない。というより騙されていたことなんてどうでもいいとさえ思っている。それぐらい、最後の言葉のインパクトが強すぎたのだ。



「全然まったくこれっぽちも話が見えてこないんだけども、俺の為ってどういうこと?」



 理瑚は驚いたように少し目を大きくした。かと思えば今度はなにかを察したように優しい微笑みを浮かべる。



「無理しなくても、私の前では素のままでいていいよ。見て、触れて、そして気に入ったっ物を選んで」

「それってあそこにある品々しなじなを指して言ってる?」

「もちろん」



 もちろばねーよッ! 立ち入ることすら冒涜ぼうとく的だというのに更に見て、触れて、気に入った商品をレジに持ってって〝はじめてのおつかい〟とかできるわけねーだろ! メンタルに膨大な負荷がかかって脆くも崩れ去るビジョンしか見えないわ!


 ここまできて俺はようやく理瑚の真意がわかった。これは完全に風邪を引いた〝あの日〟の尾を引いて発生したイベントだ。



「さ、行こ? お兄ちゃん。今日は私がいるから心置きなく――」

「――話があるからこっちに来なさい理瑚」

「ちょ、お兄ちゃん⁉」



 俺は聖域に入ろうとした理瑚の手首を掴み、少々強引ながらも引っ張て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る