第15話 勘違いって怖い

 電車に揺られること五分、目的地である球磨谷駅に到着した。


 さすがは球磨谷……まじで暑い……。


 人の流れに乗って電車を降りると待ち受けていたのはむっとする熱気。車両内が快適だったが故にどっと倦怠感けんたいかんが押し寄せてくる。


 こんだけ暑けりゃカキ氷屋も繁盛はんじょうするわな。


 前に夕方のニュースで球磨谷駅近くにあるカキ氷屋が特集されていたのを思い出す。


 たしか『若い女性に大人気! 行列のできるカキ氷屋を徹底取材!』だったかな。暑い中リポーターが並んでる女性客にインタビューして得られた答えが『ここのカキ氷、映えるんですよ!』とか『ここのカキ氷ちょー可愛くて』だの…………いや味はッ⁉ ってテレビに向かって突っ込み入れたのが懐かしい……つい先週のことだけど。



「――あ、やっと来た! もうッ! どんだけ待たされたと思ってんの?」



 改札を抜けてすぐ近くのコーヒーチェーン店の前にいた小南は、俺を見つけるなりぷんすか言わせて迫ってきた。



「え、連絡もらってから速攻で来たんですけど」

「速攻って……こっちは十五分も待ってたんだけど?」

「いや俺も家から十五分かけて……て、小南さん連絡してる時もここにいたって事じゃないですか。そりゃ待ちますよ」

「グダグダ言わない! あたしが呼んだらどんな状況だろうと五分以内なの!」



 ……めんどくさ。



「……今、めんどくさいって思ったでしょ?」

「別に、そんなことないですけど」

「嘘、ちょー顔にでてたんだけど…………なに? 燃やされたいの?」



 手に腰を当て俺の顔を覗き込んできた小南。ちょっと、詰め寄り方考えてね、パーソナルスペース考えてね、俺の目の置き場も考えてね!


 上目遣いで睨みつけてくる小南から俺は視線を移し、静観しているもう一人に助けを求める。



「驚いたわ。あなた達、仲が良かったのね」



 小南を見つけた時からずっと気になっていたもう一人の人物……それは新薗だ。



仲睦なかむつまじくしている瞬間あった? どっちかって言うと無理難題を押し付けてくる勝手気ままな上司と部下の――グフォッ!」

「――誰が横暴な社長よッ!」



 お腹いたあぁ……くそこの女、腹殴ってきた上に嫌味すらも勘違いしてやがる。なんで役職最上位の代表取締役になってんだよ、例えでだした上司で社長連想する人間初めて見たぞ。



「えーっと、実はね、冬華……」



 暴力的から一変、改まった態度で新薗に向き直る小南。何故だろう、嫌な予感しかしない。



「あたしと花川って、別に仲が良いってわけじゃないんだよ。花川はきっと、あたしとなんか会いたくないって心では思ってる…………当たり前だよね。こいつから見たらあたしは〝振られた女〟なんだから」

「全然違いますね捏造ですね。そもそも告白した記憶もないですからね? こっちは」

「でもさ、振った振られたでギスギスするの、あたし嫌なんだよね…………言っちゃえばあたしの我儘わがまま。花川はそんなあたしの我儘に無理して付き合ってくれてるんだよ」

「もうこの際なんで言わせてもらいますけど、興味のない人間に対しても少しは耳を傾けてくださいお願いします。ほんと、心からお願いします」



 俺の必死な訴えが小南の耳に届いてくれたのか、彼女はおもむろに振り向き寂しそうに笑った。



「我儘につき合うのが辛かったら……いつでも言って。怒ったりしないからさ」

「まさに今が辛いんですがッ! こんなの風評被害と変わらないでしょ! ――これは違うからな新薗、小南さんの謂わば病気みたいなもんで…………ってあれ? 新薗、さん?」



 ただならぬ雰囲気、いや冷気を纏っている新薗。瞳には静かなる怒気を宿しているようだ。



「私に協力させておきながら別の女の子とも関わりを持とうとしていたなんて……いいご身分ね、反吐がでるわ」

「だから違うんだって――」

「――花川を攻めないで冬華!」



 否定の言葉を遮りしゃしゃり出てきた小南。ついに話す権利も剥奪はくだつされたちゃったよ俺。



とがめたりするのは間違ってるよ。だって、誰かを好きになる気持ちってどうしようもなく制御が効かないもんじゃん……ね?」

「それは…………」



 思い当たる節でもあるのか照れたように身をよじらす新薗。



「…………わかったわ」

「うん、ありがと!」



 え、ごめんなにがわかったの新薗さん? 俺からしたらなに一つわかってないよ?



「よし! この話はこれで終わり!」



 よし! じゃねよ、終わってねえよ現在進行形で勘違いは継続してんだよ! 


 と、心中で突っ込みを入れながら俺は頷く。これ以上この無駄な話題に時間を食うのはごめんだ。誤解は後で解くとしよう。



「それで、だいぶ遠回しになりましたけど、用件はなんですか?」

「そだったそだった、花川に話があるんだけど……ここじゃなく落ち着いた場所に移動したいんだけど、お勧めある?」

「じゃあファミレスで」



 パッと思い浮かんだ場所をそのまま小南に伝える。



「却下。それより行ってみたい店があるんだけど……」



 あるなら訊くなよ、無駄に恥ずかしいだろ。



「先週ニュースで取り上げられてたカキ氷店なんだけど……どう?」

「私も観たわ。可愛い動物をモチーフにしたカキ氷……気になってたのよ」

「冬華も!? あたしもあたしも!」



 新薗と小南は意見が合ったことで盛り上がり、そのまま二人して俺を置いてけぼりにする。


 奇遇ですねそのニュース俺も観ました。知ってます? あのお店って連日大盛況で平気で一時間とか並ばされるんですよ? こんな猛暑の中ですよ? そこまでしてカキ氷を食したいんですか? 俺は遠慮したいです。てか全然落ち着いた場所に思えないんですけど、その辺の説明をお聞かせください小南さん!



「ぼさっとしてないで行くよ~花川~」



 ……説明を……。

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