第14話 リビングと蝉と小南

 夏休み、それは多くのラブコメ主人公達がヒロインの好感度を上げ男として一歩前進する成長の期間であり、謂わば通過儀礼だ。海水浴に山でキャンプ、花火やプールと夏ならではのイベントにはぼっち系主人公ですら参加している。まあ〝ぼっち系〟は真のぼっちではないからな。〝系〟と種類分けされている理由は単にぼっち系主人公はぼっちであることをブランドとして隠れて充実している存在だから……そう考えると、そんじょそこらの陽キャ共より強キャラだな。陽キャと陰キャを兼ね備えた新たなるキャラ――う~んそれプラマイゼロの無個性ですね。



 冷房をガンガンに効かせたリビングのソファーに寝転ぶ。夏休みに入ってからもう何度見たことか……この天井。



 ――ミ~ンミンミンミンミ~。



 とりあえずラブコメ主人公達は置いとくとして、自分の人生という中では一応主人公である俺の現状が問題だ……なんだこれ? 夏休みに入ってから三週間経つけど日々の生活に必ずと言っていいほど虚無がセットで付いてくるんだけど。ほぼ毎日ソファーの上で虚無ってるんだけど。こんなところお母さんに目撃された日には『あんためっきり遊びに行かなくなったけど……まさかいじめられてるの?』なんて心配されて重苦しい空気に窒息死してしまう。



 いいですか全国の思春期の子を持つお母さん、友達と遊びいかないの? とかいじめられたりしてないよね? などといった重い心配は、例えそうでなかろうと僕達、私達の胸を深くえぐってえるのに時間がかかる傷を残します。時には放っておくことも大切ですからね。念頭ねんとうに入れておきましょう。



 ――ミ~ンミンミンミンミ~。



 今の状態じゃ説得力の欠片もないが俺だってずっと家に引き籠ってるわけじゃない。バイトに出勤したり、遊びに出掛けたり、一応祭りにも行っている…………後の二つは全部野郎とだけど。



 ――ミ~ンミンミンミンミ~。



 いや別に楽しくないわけじゃないよ? ただなんというか清涼感がとぼしいというかいろどりに欠けるというか……とにかく虚しい。これじゃ去年と変わらない工業生の有り勝ちな夏休みだ。



 ――ミ~ンミンミンミンミ~。



「……ちょっとうるさいんですけどー。どうして閉まりきった空間でこうもせみの鳴き声がうるさいのー。自堕落な俺を糾弾してんのかー」



 重い腰を上げ音がする方へと向かう。



「……おいおい冗談キツイぜ……」



 網戸に張り付くは二匹の蝉、なにやら重なり合って『ミンッミンッ』とあえいでいる。



「真昼間から大胆な……が、場所が悪かったな。今の俺は例え昆虫でもイチャイチャしてたら嫉妬する」



 窓を開け網戸を人差し指でピンと弾くと二匹の蝉は勢いよく飛んでいった。



「交尾するならもっと思い出に残りそうな場所でやるんだな。泉のほとりとか」



 二匹を見送り窓を閉め、俺は定位置に戻る。


 そういえば蝉はおすしか鳴かないと小学生の時に先生から聞いたことがある。つまりさっきの交尾も、雄は漏らせどめす喘がず、といったところか……人に例えるならあまりの気持ちよさに声がだだ洩れな男を無機質な瞳で見つめるラブドール――。


 そう不要な考えをしていると、懐にあるスマホが振動した。



『美波だよ! がっくんから教えてもらった!』



 取り出し確認するとLINEの通知……そこには知った名前と聞き覚えのある呼称がしるされていた。差出人はがっくんこと練馬の幼馴染、小南美波だ。



『突然でごめんなんだけど、今から球磨谷駅来れる? ていうか来て!』

『おーい! おーいってば!』

『どうせ見てるんでしょ? 急を要する件だから気付いてるなら早く返して!』



 いやいやいやいや怖い怖い怖い怖い! 教えてもらいましたからのグイグイが常識の範囲を超えちゃってるよ!


 小南の連投に身を震わせていると不意にスマホの画面が切り替わり、でかでかと小南のアイコン画像が表示された。左下には緑色の受話器マーク、反対に右下には赤色の受話器マーク。


 うわぁ……電話かけてきやがったよ……。


 関係の薄い小南からの着信に跳ね上がる警戒心。ここは静観に徹しよう……そう決断した矢先に着信音が切れた。



『もし次の電話も無視したら、あらぬ罪を着せて花川を燃やしちゃうぞ!』



 再び鳴り出した着信音。俺はワンコールもさせずに緑色の受話器マークをタップし、スマホを耳元に近づける。



「すいません燃やすのだけは勘弁してください」

『やっぱ気付いてたんじゃん! 急用だって送ったよね?』

 通話口からでも機嫌を損ねているのがわかる。

「いやそれは…………ほんとすいません」

『ほんとに申し訳ないと思ってる?』



 ……めんどくさ。



「思ってます思ってます。地に頭つけながら電話してるんで、今」

『ふ~ん……ま、いいや。それより今すぐ球磨谷駅来れる? 来れるよね? うんわかった! じゃあ待ってるね!』

「――ちょまだ何も言って…………切りやがった」



 俺はスマホを持つ手を腹の上に乗せ、天井を仰ぎ見る。


 いくら女子とはいえ、小南と会うぐらいだったら南極2号とデートした方がましだな。

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