第10話 けれど結果はこの目で見守れない

 旗色が変わり機械科が猛攻を浴びせた。紅一点となった新薗とかせが外れた小暮の〝DT〟や、小暮の害なき個人プレイによって。


 それから守備に関しても、小暮が提案した新薗を中心とする2―1―2ゾーンディフェンスとやらを採用した結果、相手に得点をほとんど許さずに試合を進めることができた。


 試合終了まで二分を切った段階でスコアは33―31、遠く前を走っていた建築科の背はもはや目と鼻の先だ。


 そしてまさに今、4番の放ったシュートがリングの枠に弾かれ、ボールはリバウンドを制した小暮の手中に収まった。


 この攻撃次第で建築科に並ぶことも、あわよくば追い越すこともできる――そんな時だった。



「あ?」



 不意に左肩に重みがかかり俺は足を止める。



「――ッて新薗⁉ おまっ、大丈夫か?」



 首だけを捻り確認すると、そこには上気した顔を歪める新薗が俺の肩に体重を預けるようにして手を置き立っていた。



「……大丈夫よ。少し、立ち眩みしただけ」



 虚ろな目をした新薗は俺の肩から手を離し小暮の後を追おうとするが、足取りはおぼつかない。


 全く大丈夫じゃなさそうなんですが。



「――小暮ッ! パス寄越せ!」



 無理させるわけにはいかない、俺は敵陣に切り込もうとする小暮を呼び止めパスを要求した。


 戸惑う小暮は渋っているようにも見える。逆転も狙えるこの局面を素人の俺に預けろと受け取ったが故の反応。けれど必死さが届いたのか小暮は諦めたようにパスを放ち――俺は飛んできたボールを手の甲で弾き、コート外に出した。



「――メンバー交代お願いします」



 間髪入れず俺は審判に交代を申し出て、新薗の元に駆け寄り座らせる。



「……大丈夫って、言ったじゃない」

「大丈夫じゃない奴ほど大丈夫を言いがちなんだよ……一人で保健室に……は、さすがに不安だな。仕方ない、俺が連れてってやる」

「ちょっと勝手に話を進めな――」

「――と、いうわけだ。俺と新薗は外れる」



 新薗の言葉を最後まで聞かずに俺は周囲に集まっていた他のメンバーにそう告げると、難色を示す吉田が疑問を口にする。



「Bチームは俺達だけのはずだが、花川と新薗の空きを誰が埋めるのだ?」

「Aチームに一回も試合に出てない奴等いたろ? あいつらを入れればいい」

「ルール違反だろ、それは」

「なに、堂々としてればバレやしない。それに試合は終了間際の接戦で盛り上がりは最高潮だ。仮に誰かしら気付いたとしても、お祭り気分に水を差すような真似はしないだろ」



 これは詭弁、だから吉田も納得はしない。けれど他に手がないのも事実、だから言い返しもしてこない。



「……勝てそうか?」



 黙る吉田を無言の肯定と解釈した俺は視線を移し小暮に問いかけた。



「さっきまでは勝ちを確信していたよ。でも、新薗さんが抜けるとなると勢いは間違いなく衰えると思う。勝ちは、約束できないかもしれない……それでも僕は僕のすべきことをするよ」

「そうか。なら後のことは全てお前に一任するから、よろしく」


「……わかったよ」と、呆れた声音ながらも小暮は頷いてくれた。試合についてはひとまず安心だ。


 ……俺は俺のすべきことをしなければな。



「行くぞ新薗」



 俺は新薗の前で背を向け屈み、乗るように指で示した。



「……なんのつもり?」

「見ればわかるだろ。ぶってくから、早く乗れ」

「お、大袈裟よ! 私は一人で歩けるから。あなたは交代しないで試合に出なさい」

「フラフラで真面に歩けてなかったくせによく言う……強がる前に、自分を心配しろ」

「…………でも…………」



 新薗がどんな表情をしているのか、俺にはわからない。けれど振り絞るようにして発せられた声から遠慮が含まれているのがわかった。


 それでも待ち続けていると肩にそっと躊躇いがちに手が置かれ、背中に熱が広がる。



「頼んだぞ」



 俺は小暮達に一言残し、新薗を背負って歩きだす。



「…………は、はずかしぃ」



 好奇の目を向けられているせいか、普段だったら絶対に聞けないだろう新薗の可愛らしい声が鼓膜をくすぐる。



「安心しろ新薗。あんだけカッコつけてたが、俺も今になってめっちゃ恥ずかしくなってきたところだから――ッて痛ッ!」



 右肩に鋭い痛みが走る。



「何故につねった!」

「…………別に」

「でたよそれ」



 拗ねた原因はわからないが口をつぐんだ新薗に会話を強要はせず、静かに体育館を後にした。


     ***


「どうして、ここまでしてくれるの?」



 森閑しんかんとした校舎の中を進んでいると、ふと新薗が訊ねてきた。



「……お前の不調は、俺のせいだからだ」

「花川君の?」

「ああ……俺はお前を頼りにしすぎて、そのせいで知らない内にお前に過酷を強いていた……悪かった」



 試合が再開したのか、遠くから歓声が聞こえてくる。ついさっきまであの場に居たのが嘘のような静寂だ。



「らしくないわね。ほんとうは別の狙いがあったんでしょ?」

「あのなぁ……もう少しは――」



 でかけた言葉を俺は寸でのところで止める。



「まあ……あれだ、球技大会で一位を取るより新薗を助けたって事実の方が、小野町さんの俺に対する心証をより良くすることができると判断したからだよ」

「そう……あなたらしいわ」



 フッと笑った新薗に俺の頬もつい緩む。


 この女は一体俺をどんな人間だと思っているのだろうか……こればかりは本人に訊かないとわからないが、間違いなく言えることは良いイメージは持たれていない、だ。


 そんなことを考えながら歩みを進める。保健室はもうすぐそこだ。

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