第9話 最後の十分間

 ベンチに戻るなり俺は吉田達に後半戦での変更点を伝えた。まあ代わるのは俺と小暮のマークだけだが。


 それから新薗にだけは追加で二つ指示してある。必ず桜美は退場すると断言はせず、万が一退場したとしたらというていで。


 内容は実に簡単、一つ目は攻撃時に〝DT〟を解放すること、二つ目は守備時にゴール下に陣取ってもらうことだ、これだけだ。


「万が一……ね」と新薗は疑わしげに眉をひそめていたが、誘発の方法は口が裂けても言えない、よって俺は「あくまでも、もしもの話だ。頭の片隅にでも入れといてくれ」と仮であることを貫いた。


 後半戦はジャンプボールに敗れた建築科のセンターラインをまたいだサイドライン外からのボール出しを機に始まる。


 建築科からボール出しをするのは俺の目の前にいる4番だ。小暮でないことを不審がっている様子だが、俺は気にせず桜美がいる方を敢えて空けて位置を取る。



「春風!」



 ガラ空きとなったパスコースを現役バスケ部が見逃すはずがない、目論見通りにボールは桜美に渡る。


 後は小暮の陰部が覚醒するのを待つだけだが……さすがにこの一回じゃ無理――、



「――ほんとに気持ち悪いッ!」

「うわッ――」



 ………………え?


 あまりの展開の早さに俺は目を疑った。桜美に突き飛ばされ倒れた小暮の膨らんだ陰部を見て。


 いや勃つの早すぎだろおおおおおおぉぉぉおおおッ!



「――ファウル! 建築科8番」



 開始から五秒も経たないうちにファウルを宣告された桜美。一方小暮は動揺から一変、はたと思い出したような顔つきになるや否やうつ伏せになる。


 驚いてる場合じゃない、勘付かれる前に事態を鎮火させねば。


 敵味方関係なく桜美達の元へ駆け寄るのを見て、俺も続いた。



「――春風に何したんだよ小暮ッ!」

「あ? お前どう見たって小暮は倒された被害者だったろうがよ! 何かしたとか決めつけてんじゃねえ!」

「なんだお前? 春風が意味なく突き飛ばしたって言いたいのかよ? 言っとくけど春風はそんな奴じゃないから」

「んならこっちも言わしてもらうけどよ、小暮は故意に問題を起こすような奴じゃねえから! 花川はともかくな!」


 小暮に詰め寄る4番の行く手を阻み、食ってかかるのは悪戸。どうやら先に駆けつけた当時者でない二人が『ナニナニ』言い争っているようだ。というか最後の一言余計じゃない?嘘でもいいから俺も擁護してくれよ。



「……さっきも疑問に思ったが何かやましい理由があるからうつ伏せになってんじゃ――」

「――まあまあ落ち着いて。部外者が目くじら立てて怒鳴り合っても仕方ないでしょ……ここは本人に訊くのが一番だと思うけど?」



 これ以上踏み込まれたらまずいと俺は悪戸と4番の間に割って入った。


 介入した俺にじっと睨みつけてきた4番だったが、反論はしてこない。こいつ自身も俺の提案が最適解だと判断したからだろう、振り返り桜美に真相を問う。



「正直に話してくれ春風。こいつや小暮に何をされた?」

「な……何もされてないよ」

「そんなはず――」

「――あれ? 桜美本人がそう言ってるのに信用しないの?」



 否定の言葉を遮りそう煽ると、4番は苦虫をかみつぶしたような顔で鋭い一瞥を投げてきたがそれだけ、何も言わずに引き下がっていった。


 さて、残るは…………。


 俺はうつ伏せのままいる小暮に元に近づく。その際、隣にいた悪戸に小暮と二人で話がしたいという旨を伝えた。


 悪戸と一緒に離れていく吉田と新薗を確認し、俺は膝を折り小暮にささやく。



「お前の身に起きている異変を俺は知っている、その異変が起因となったことも。それを踏まえた上で取引だ……俺はこの事について口外しない、その代わりお前は手を抜かず本気でやる、どうだ? 応じようが応じまいがどちらもお前にとっては醜態を晒すことになるだろうが、俺に乗った方がましだと思うぞ?」

「花川君はこうなるとわかっていたんだね……違う、こうなるように仕組んだ。そう考えれば筋道が通る。僕に桜美さんの胸を意識させるようにしたことも、倒された後の対処法を事前に教えていたことも、全てはこの瞬間の為だったって」

「ご名答だ」



 俺が認めたことで小暮は後半戦に入って初めて目を合わせてきた。



「前半戦の最後、花川君も今の僕と同じような状況だった。つまり経験者、花川君がバラすなら僕もバラすけど、いいの?」

「俺を巻き込んだところで蔑視べっしされる人間が増えるだけ、お前が受けるだろう扱いは変わらない。それでも構わないというならどうぞお好きに…………まあお前にその覚悟があるのかははなはだ疑問だがな」

「…………」



 抜け道を見つけたとでも思ってたんだろう小暮はしかし俺に強く返されたことで黙ってしまう。



「で、どうするんだ?」

「……知らなかったよ、花川君がこんなにも性格が悪かったなんて」

「あれ? 機械科の奴らは全員周知してるもんかと思ってたが、意外だな」



 嫌味に対し俺がおどけると小暮は静かに笑った。



「わかったよ。本気でやる」

「よし、取引成立だな」



 桜美の退場、それから想定外だった小暮の問題も片付き準備は整った。反撃の狼煙を上げるのだとしたら、今が頃合いだろう。

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