第6話 大会とは名ばかりのお遊び5

 決勝戦及び三位決定戦当日、気温は昨日よりもさらに高くだるような暑さ。校内に複数設置された自販機も売切れの文字が目立ち始めてきている。



 外でこれじゃ中は地獄だな。



 体育館へと続く渡り廊下を歩きながら暑さに嘆いていると、近くも遠くもない所からブザー音と歓声が聞こえてきた。どうやら一年の試合は終わったらしい。



 次は二年の番、建築との決勝なわけだが…………さて、どうしたものか。



 桜美を退場させる方法はあるにはある。なんてはことない、ただファウルを退場が確定する回数取らせればいいだけ……けれどそのファイルをどう誘発すればいいかがわからない。



 球磨工球技大会だけのバスケのルールとして『ファウル二回で退場』と本来よりシビアに設定されている。そして初日は時間の都合上、一試合につき十分だったが、二日目の今日は違い十分を2セット行う計ニ十分の試合、けれどルールの変更はない。



 これだけ聞けば退場させるのなんて造作もないと思うかもしれないが、そうは問屋が卸さない。所詮、大会とは名ばかりのお遊び、経験を積んできたわけでもない体育教師一人が審判を務める試合で笛が鳴ることは稀、よって誰の目にも明らかな反則行為でなければならないわけだが……それが極めて難しい。



 あー駄目だ、やっぱ何も出てこない。そもそも相手のファウルを故意に誘うなんて芸当、素人にできるわけがない。かといって唯一の経験者である小暮もあの様子じゃ……。



 悩むばかりで晴れることのない、濃霧の迷宮化とした思考を彷徨い続けるだけの無意義な時間も終わりが近づく。



「……時間切れか」



 正面入口に着いた俺はそう零し、上履きからシューズに履き替える。



 目的はハッキリとしているのに成す為の手段が思い付かない。それはど忘れした時の苛つきや言いようのない焦りに似ていて鬱陶しい。



 結局、自身で自信を持って納得できる答えは見出せず、覚えたのは不快のみのまま俺は館内へと入った。


     ***


 4、5番が小暮の言ってた現役バスケ部、6、7番は素人かそれとも現役ではないだけで経験者か……こればかりは後者でないことを祈るしかない。



 整列中、俺は対面する建築科一同の顔とゼッケン番号を確認する。



 そして…………桜美か。



 最後に8の数字を抱え背負う桜美に目を移す。胸のせいか8の上部分が膨れ上がり逆さ鏡餅みたいになっている。なんと恐ろしい。



「ではこれより機械科二年Bチーム対建築科二年Aチームの決勝戦を始める。礼ッ!」



 審判の号令に従い両チーム頭を下げ、各々がコート内でばらける中、センターサークル内に足を踏み入れたのは新薗と桜美だった。



「今まで男の子ばっかりのチームと試合してきたからなんだか新鮮! よろしくね、新薗さん!」

「え、ええ……よろしく」



 予想した通り、これでもしジャンパーが新薗でなかったなら、きっと桜美も跳びはしなかっただろう。つまり桜美は同性である新薗にマークする気満々ということだ。



 でもまあボール保持権はこちらにあると思っていいだろう。情報技術科の時みたく女であることを武器にはできないが、単純に桜美より新薗の方が身長が高い。跳ぶタイミングを誤りさえしなければ大丈夫なはず。その後どう展開していくかについてもチーム全員に伝えてある。



「おいやめとけって筋肉! 動画はさすがにまずいだろ!」

「いいじゃないか減るもんじゃあるまいし。それにこんな光景、いや絶景を工業で拝められることなんて滅多にないんだよ?」

「そりゃそうだけどよ……モラルに反してるというか、気持ちわりぃというか……」

「そう思うなら一度周りを見渡してごらんよ。僕と同じように彼女達にレンズを向けている人間が多くいるのがわかるでしょ?」

「――げッ……どいつもこいつも欲に従順すぎんだろ」



 ……周りがやけに騒しい。試合開始前の静けさもあってか決勝戦を観に来たギャラリー達の会話があちこちから耳に入ってくる。その中には聞き覚えのある声も含まれていて、さらにピッ、ピッ、と電子音も多く混じっている。



 確認しなくともわかる、聞こえてきた会話の内容から察するに多くが絶景とやらを動画に収めようとしているのだろう。



 そしてその絶景は今まさに皆の前に広がろうとしている。



「「「――おおおおおおおおおおおおおぉぉぉッ!」」」



 審判が真上に放ったボールはやがて勢いをなくし落下、そのタイミングに合わせ二人の女子が右手を伸ばして跳ぶ、これこそ絶景の正体。その証拠に単なるティップオフだというのに体育館内は割れんばかりの歓声、さながら最終局面のような盛り上がりだ。



「――小暮君ッ」



 短い空中戦を制したのは新薗だった。自陣に引き寄せるようにして弾いたボールは小暮へと渡る。



 俺がチーム全員に伝えたこと、まず攻めについては小暮を基点として立ち回る。〝DT〟は使わない、というより新薗のマークが桜美の時点で使えない。効果を発揮せず立ち往生してしまうのが目に見えているからだ。よって消去法で正攻法しかないという結論に至った。



 反対に守りについては建築科にいる現役バスケ部二人の内、一人に小暮が付き、もう一人に新薗が付くよう指示してある。他二人の男は吉田と悪戸が、最後に桜美には俺が。



 このややこしい切り替えの目的は切り札である新薗の有効活用だ。二人いる現役のどちらかを抑制させる為。



 だが新薗と小暮に頼り続けるわけにもいかない。俺も俺で勝ちへと繋がる打開の道を見つけなくては。

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